エセルの新しい生活④
「血色よし。肌ツヤよし。目の充血もないわね」
「はい」
エセルは今、フィカに両の手のひらで頬を包まれ、顔の状態をジロジロと見られていた。
フィカの家に滞在するようになって十日。
エセルの体調は日に日に良くなっていて、丸一日起きていても平気なくらいに回復していた。ロフとロネの案内に従って、フィカの家の周りを散歩したりもしていた。
フィカはエセルの状態に満足したのか、手のひらを離すと笑みを浮かべた。
「よし。さすがはアタシの薬湯だわ。良く効いたのね。じゃあ、エセルちゃん、そろそろもう少し外に出てみましょうか」
「はいっ」
エセルはフィカの提案に一も二もなく頷いた。
来たばかりの頃は体が全然言うことを聞かず、食べては眠るを繰り返していただけだったのだが、ここ二、三日は体調もバッチリで、寝すぎた反動かベッドに入っても寝付けないことも多かった。
ロフとロネの案内でちょっとだけ森に入ってもみたが、「この先はダメです!」
「フィカ様に怒られてしまうのです!」と言われ、遠くには行けていない。
体が回復したエセルは、ここが一体どういう場所で、何があるのか知りたくてたまらなかった。
「じゃあその前に、着替えね。はいコレ、エセルちゃんの体に合うサイズの服を用意しておいたから着替えてちょうだい」
そうしてフィカは、というよりフィカの言葉を聞いたロフとロネがばさりと服を披露してみせる。
空中で使い魔二匹が広げた服は、深い瑠璃色のワンピースだった。
「どう? エセルちゃんの瞳の色に合わせてサファイアブルーの生地で仕立てさせてみたわ。ポイントはワンピースの上に羽織るケープとケープを留めるリボン、それから袖と裾のフリルね。デザインはアタシのドレスローブに似せたけど、エセルちゃんに似合うように装飾は控えめにしたのよ。代わりにフリルとリボンで可愛らしさを出したってわけ」
エセルはワンピースを見て、目を輝かせる。
「すごい……! あの、すごく可愛いです」
「でっしょお? アタシのセンスが光るわよね?」
「ロフの仕立てのよさもあるです!」
「ロネだって、がんばったのです!」
フィカがにーっこりと笑顔を浮かべ、衣服を両端で持つロフとロネも胸を張った。
「じゃ、早速着替えるわよ」
エセルは現在着用している、フィカのものであろう寝巻きを脱ぐ。これはこれで着心地がとてつもなくよかったが、サイズが全くあっておらずブカブカだった。特に胸の辺りがたるんでスースーする。裾も引きずってしまう。
そんな寝巻きを脱ぎ捨てて、新たな服を着る。
フィカとロフとロネに手伝ってもらって着たその服は、エセルにピッタリのサイズだった。
「仕上げに靴と帽子ね」
ロフが靴を、ロネが帽子を持ってくる。
「靴は森の中でも歩きやすいように編み上げのショートブーツ、帽子は服のデザインに合わせてベレー帽にしたわ。どう?」
最後に、部屋の隅に立てかけてあった鏡で全身を確認する。
そこには真新しい服に身を包んだエセルの姿があった。
「エセルちゃん、可愛いです!」
「似合ってるですの!」
「そうかな……?」
エセルはえへへ、とはにかんだ。
くるっと一回転すると、ワンピースの裾についているフリルが揺れる。
お揃いのベレー帽という名前らしい帽子に付いている飾りもしゃらんと揺れた。
うっとりするほど可愛いデザインの服だった。
しかも可愛いだけでなく、とても着心地がいい。靴も全く窮屈ではなく、エセルの足に完璧にフィットしていた。コレならいくらでも歩けそうだ。「ありがとう」とエセルが礼を言うと、フィカもロフもロネも満足そうにしている。
「さて、新しい服を着てやることといえば……お茶会ね!」
「おちゃ、かい?」
「そう。お茶を飲んで楽しくおしゃべりする会のことよ。さあ行くわよ」
フィカは張り切ってそう言うと、くるりと踵を返してすっかりとエセルの部屋となりつつある物置部屋の扉を開け、リビングへと出た。
フィカの家は全体的に落ち着いた雰囲気を醸し出している。
広めのリビングは隅にタイル張りのキッチンが備え付けられていて、その近くには木製のテーブルと椅子が一脚。それから反対の部屋の隅には暖炉と、ゆらゆら揺れる肘掛け椅子。肘掛け椅子はふかふかのクッションが敷かれていて見るからに座り心地がよさそうだった。
リビングの床には絨毯が敷かれていて、踏みしめふたびエセルの体重を受け止め、柔らかく押し返してくる。
天井には色とりどりのガラスを使ったランプが吊り下がっており、常時暖かな光を発していた。
奥には扉があり、おそらくフィカの寝室につながっているのだろうが、エセルはその扉を開けたことはない。
フィカはリビングを横切って、玄関扉を開けた。
歩幅の小さいエセルはやや駆け足でフィカの後についていく。
「お茶会、リビングでやるんじゃないんですか?」
「お茶会は晴れた日の午後に、青空の下でやることにしているのよ」
そう言ってフィカは迷いのない足取りでずんずんと進んで行ったので、取り残されないようにエセルも着いていく。
森は、落ち着く場所だった。
背丈の高い木は寄り添うように生え、しかし陽光は十分地面に届いている。
足元には可憐な青い花をつけた花々が生えているのだが、それらの花は茎を離れてまるで蝶のように飛び、エセルたちの周りをゆったりと舞いながらついてくる。
驚きはなかった。むしろ、花が飛び回るのはごくごく自然のことと思えた。
じゃれつくように飛び回る花々に笑みを漏らしながら、エセルはフィカの後ろを歩いた。
そしてやがて開けた場所にたどり着く。
大きな石造りの建造物があった。外壁は植物で覆われていて森と一体化している。記憶のないエセルだったが、このような建物を見たのは生まれて初めての気がする。
四角く細長い建造物は、木々にも負けないくらい高く、空に向かってそびえ立っている。
口を開けてその建造物を見上げていたエセルだったが、フィカに「こっちよ」と言われて我に返った。