宮廷図書館②
エセルとフィカは並んで更なる上階を目指した。
フィカの言う通り、上に行くにつれて損傷が少なくなっている。本棚は原型をとどめているものが多いし、はっきり本の形をしているものもあった。
「この辺りで、残っている魔法書を探しましょ」
「わかった」
同じ場所を探しても仕方がないので、二手に分かれての捜索だ。
エセルは早速、高度を下げて先ほど見つけた本に近づき手に取ってみた。しかし本はエセルの手に触れた瞬間、ページが剥がれ落ち、ボロボロと崩れてしまった。
「こ、壊れちゃった……!」
「こんな場所に放置されているから、劣化がひどいのよ。低い階の本棚に差さっている本は普通の本だからダメよ。魔法書は自分の意志で動けるから、もっと上階か、わかりづらい場所に隠れてるわ」
なるほど確かに、魔法図書館内の魔法書も自由に勝手に飛び回る。となれば、宮廷図書館の魔法書も燃えない様に自力で逃げたと考えるのが自然だろう。
見上げるとフィカは遥か天井付近の本棚を調べているようだったので、エセルもそこまで高度を上げて近づいてみる。フィカは真剣な顔で本を検分していた。
「……これもダメ。これも、これも。これも話になんないわね」
「あのー、この本とか無事そうだけど、ダメなの?」
フィカが本棚に差し戻した本をフィカは手に取った。
少し煤けてはいるが、まだちゃんと本の形をしている。先ほどの本の様に手にしてもボロボロに崩れることもない。
しかしフィカは、視線を本棚に固定したままにべもなく言う。
「それ、ただの印刷本だから一番ダメなやつよ」
「一番ダメ?」
「原本でも写本でもない、大量印刷されたうちの一冊。内容も当時の流行を反映した大衆向けの娯楽小説で、昔から読まれてきた文学的価値のあるものじゃない。わざわざ回収して修復して魔法図書館に保管する価値がないものなのよ」
「え……そんな本があるの?」
エセルはびっくりした。
本というのはすべからく尊く、貴重なものだと思っていたから、「価値がない」という発言はすぐに受け入れられるものではなかった。
表紙をそっと撫でて、煤を払ってタイトルを読む。
『エクレバー冒険記』と記されていた。下には、船に乗った少年と頭上を竜が飛ぶ絵が描かれている。
ちらりと目を上げれば、フィカはもくもくと本を確認する作業に没頭していた。
エセルは少し迷ってから、手にしていた本をそっとケープの内側にしまい込み、それから魔法書を探す作業に戻った。
「魔法書、魔法書……でもフィカさん、よく考えたらわたし、魔法書と普通の本の見分けがつかないや」
エセルははっとした。
宮廷図書館にある本は長らく人の手入れがなく放置されていたせいか、ほとんど魔力切れを起こしている。だから魔法書であっても動かない。
元々魔法司書をしていて本に関する知識があるフィカならば、魔法書と普通の本の見分けがつくだろうが、エセルはそうはいかなかった。
「大丈夫よ、エセルちゃん。背表紙を見て」
フィカは書架に収まっていた本を一冊抜き取ると、赤く塗った長い爪で背表紙を示した。
「ここにラベルが貼ってあるでしょ? 原本には原本、写本には写本、印刷本には印刷とちゃんと書いてあるの」
確かにフィカの持っている本にはルーン文字で【印刷】を表す文字が小さな紙に書いて貼られている。
「じゃ、この背表紙を見ればいいんだね」
「そういうこと」
「ありがと、フィカさん」
見分ける方法を聞いたエセルは早速作業を再開する。
宮廷図書館は縦にも横にも魔法図書館とは比較にならないほど大きいので、書架のひとつひとつを調べるのに時間がかかった。
「原本、写本、印刷本は部屋が分かれて保管してあるんだけれど、非常事態で魔法書が勝手に移動しちゃったもんだから、どこに紛れてるのかわかんないのよね。こうして一つ一つ確かめる以外に方法がないのよ」
「原本が保管されていたのはどこなの?」
「隣の部屋よ。興味ある?」
エセルがコクコク頷くと、フィカは「ついていらっしゃい」と言って先導してくれた。
天井近くにぽっかりと丸い穴が空いていて、隣の部屋に行ける様になっていた。
「いちいち隣に行くために降りるのが面倒臭いから穴を開けたんですって」
「へええ、魔法使いさんって考え方が面白いね」
浮遊魔法に慣れてきたエセルはフィカに続いて穴を通った。確かにこうすれば、すぐに隣の部屋だ。
「作り自体はさっきまでいた部屋と変わらないね。本は……一冊もなさそう」
「運び出せるだけ運び出したっていうのもあるし、火に怯えて逃げちゃったっていう理由もあるわ」
フィカは肩をすくめる。
なるほどあれだけ自由に動ける魔法書なら、有事の際には勝手に逃げるだろう。
「もしかして図書館の中だけじゃなくて、お城とか、都市の方に逃げ出しちゃった魔法書もある?」
「あるでしょうねえ」
「わああ、探すの大変だね」
「そうなのよ」
ここまでの道のりだけで、都市がとても広いというのはわかった。本を探すのはそれこそ一苦労だろう。けど。
「なんだか宝探しみたいで、楽しくなってきたっ」
エセルは拳を握りしめ、やる気をみなぎらせる。そんなエセルを見てフィカはちょっと笑った。
「そう思ってくれるなら、ありがたいわ。じゃあ、さっきの部屋に戻って探すとしましょうか」
「うんっ」
本はたくさんあるということを、エセルは改めて思い知る。この焼け落ちた建物内いっぱいに本が収まっていたのだとしたら、凄まじい光景だろう。
綺麗だった時に来てみたかったなぁと思ってしまった。
(人間さんはどうして、人間さん同士で争うんだろう。どうして仲良くできないんだろう)
結局、半日かけて探し出せたものはなかった。
「魔法書、見つからなかったね」
「そんなものよ。全然見つからない時の方が多いわ」
肩を落とすエセルとは対照的にフィカはあっけらかんとしている。
「そうなの?」
「そうよ。そもそももう、アタシが結構見つけ出しちゃってるからね。地道に探す以外に方法はないわ。ところで、今日はどうだったかしら? 怖がるかもしれないから、連れてくるのは良くないと思っていたんだけど……」
エセルは首をブンブン横に振る。
「わたし、こわくないよ。だからまた来たい。わたしも、魔法図書館のお手伝いしたいから」
「もーっ! 相変わらず可愛いことばっかり言ってくれるわね!」
フィカはエセルを抱き寄せて、これでもかと頬擦りをした。エセルがあうあうしていると、今度は頭をくしゃくしゃっと撫でられた。ベレー帽がずれ、中にいたマールが「チイッ」と抗議の声を上げたところでフィカが我に返る。
「っと。こんなことしてる場合じゃないわね。日が落ちる前に都市を出ないと……」
「どうなるの?」
「夜の気配を感じた悪霊たちが何千人も襲いかかってくるわ。そうしたらアタシたち、一巻のおしまいよ。悪霊の仲間入りしたくなかったら、さっさと出ましょ」
帰りは駆け足だった。
あれだけ焼き払ったのに、霊たちは命の匂いに惹きつけられるかのようにやってくる。
その度に炎をぶつけながら、エセルたちは先を急いだ。
やがて都市の出入り口が見え、立てかけてあった箒を手に取って跨る。
「【ルーンの力を示せ。飛翔】!」
呪文を唱えて勢いよく床を蹴ると、エセルの体は空中に飛び出した。浮遊魔法とは比較にならないスピードで空を進み、あっという間に都市を後にする。
既に日は傾いていて、平野は茜色に染まっている。
「このまま家まで帰るわよー」
「うん」
「チチィ」
「マールも、今日はわたしのベッドで一緒に寝ようか」
「チチィ!」
ベレー帽の中にずっと隠れていたマールが機嫌良く鳴いた。
得たものは、多かったなと思った。




