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魔法図書館の日常  作者: 佐倉涼@もふペコ料理人10/30発売
第二章 エルフの少女と滅亡の魔法都市

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はじめての魔法都市③

『どこに行ってしまったの? 私のかわいいぼうや……』

「エセルちゃん、アタシの後ろに隠れて。絶対に出てこないように」

「うん」


 フィカは右手を胸の辺りまで上げ、掌を上に向けた。ボゥ、と炎が生み出され、インクを垂らしたような暗がりを照らす。


『……そこにいるの? ぼうや。早く逃げないと、見つかったら殺されてしまうわ』


 フィカは暗闇にも不気味な声にも全く動じず、一歩を踏み出す。踵の高いヒールが瓦礫を踏み、パキリと音が鳴った。

 闇からぼんやりと人の姿が浮かび上がる。青白い姿は、魔法書から浮かび上がる作者のそれに似ていた。けれど、今目の前にいるのは、もっと姿がおぼろげで、ハッキリと人の姿を取ってはいない。エセルはこの世のものならざる青白い姿に、不思議な感覚を覚えた。

 フィカは通路をずんずん進み、魂が具現化したかの様なその存在に向かって行く。全く迷いのない足取りだった。


「アンタも、アンタの子供も、もうとっくにこの世には存在しないわよ」


 距離が十分に縮んだその時、フィカは炎の塊を投げ放った。右手が切れ味鋭く前方に突き出され、炎の塊は青白い姿に真っ直ぐ飛んでいき、着弾する。

 絶叫が聞こえた。


『ああぁぁぁあああ、熱い! あいつらが! あいつらが攻めてきたんだわ!』


 ボウッ、ボウッと、数えきれないほどの青い光がエセルとフィカの周囲を取り巻く。

 光は、口々に叫んだ。


『敵だ!』

『我らの都市を守れ!』

『戦えるものは前へ! 戦えぬものは逃げるのだ!』


 エセルが怯む間もなく、フィカが両手に炎を灯しながら指示を飛ばした。


「エセルちゃん、炎の魔法!」

「は、はい! 【ルーンの力を示せ。炎よ宿れ】!」


 エセルが呪文を唱えると、エセルの掌にも炎が生み出される。


「走って抜けるわ。悪霊が襲いかかってきたら、迷わずに火を投げつけること。行くわよ!」


 フィカはヒールの高い踵で地面を蹴り、走り出した。エセルも置いていかれるわけにはいかないので追随する。埃を巻き上げ、瓦礫を蹴散らし、エセルたちは一本道を疾走した。

 青い光、いや悪霊たちは、絶えずエセルたちを取り巻いて襲いかかってくる。エセルは必死に炎を投げつけて応戦した。

 炎が被弾するたびに、悪霊は怨嗟の声をあげて退き、逃げ惑う。


『うううぅううううあついあついあつい』

『悔しや……我らがなにをしたというんだ』

『守れ! 守るのだ!』

「…………!」


 エセルは恐怖よりも悲しみを感じていた。彼らがどうして悪霊になってしまったのか。どうして魂が未だこの地に縛り付けられたままなのか。その理由を知っているからこそ、彼らの叫びが心に痛い。

 彼らは戦っているのだ。

 この地に攻め込んできた、連合軍の人々と。三百年経った今も、都市を守ろうとしているのだ。

 炎を投げ飛ばすエセルの手は震えていた。彼らを燃やすのは、本意ではなかった。

 だってエセルもフィカも エセルもフィカも彼らの敵ではない。それでも、都市を守れなかった彼らにはそんなことさえわからない。ただただ、命ある者を恨み、後悔のままにいく手を阻む霊と成り果ててしまった彼らには。


(ごめんね……!)


 悪霊は炎に照らされメラメラと燃えて行く。エセルは、こんなことをしたいわけではない。

 一番最初に現れた女の人の霊が、炎によって燃えていく。


『あぁ……坊や……ぼう、や、ボ……ウヤ……』


 声が煙の中へと消えて行くのと同時に、道を抜けた。


「ケホ、ケホッ」

「大丈夫かしら」

「うん、なんとか」


 一本道はエセルとフィカが投げた炎にまみれて煙だらけだったので、力一杯走ったエセルは煙を大量に吸い込んでいた。肺が痛い。


「もう、あの霊たちは、追ってこない……?」

「道に詰まってた奴らはね。でも、他の場所にも悪霊がわんさかいるから、油断はしないほうがいいわ。さ、水を飲んで。ちょっと休んだら行くわよ」


 フィカが魔法で出してくれた水を飲み、呼吸を整えてから再び立ち上がる。


「ねえ、フィカ」

「んん?」

「さっきの青白い姿の人たちだけどね、悪霊なんかじゃないと思う」

「…………」

「あの人たち、悲しそうだった」


 道すがら、エセルは思ったままのことを言ってみた。

 フィカは相変わらず前を行っているので、エセルからは背中しか見えず、どんな顔をしているかわからない。


「たぶんね、悪い霊じゃないと思うよ」


 都市に住む、普通の人たちだった。

 魔法が使えるだけの、普通の人。


「エセルちゃんは、怖くなかったの?」

「怖いより、悲しかった」


 それがエセルの本音だ。フィカはやっぱり振り返りもせず、「そう」と言った時に何を考えていたのかわからない。


「エセルちゃんは、優しいのね」


 それっきり会話は途切れ、靴裏が石の礫を踏み砕く音だけがしばらく響き渡った。

都市の内部は無数に通路が伸びていて、階段を登ったり降ったりとかなり複雑だった。フィカがいなければ絶対に迷子になってしまっただろう。

悪霊との邂逅は数回あった。

その度に炎で燃やして撃退した。

彼らを燃やすたびに、まるでエセルの心が焼かれたみたいに辛かった。

心をすり減らしながらも都市の奥へ奥へと行き、ようやく目的の場所に辿り着く。


ーー滅亡した魔法都市、ダームスドルフの宮廷だ。


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