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魔法図書館の日常  作者: 佐倉涼@もふペコ料理人10/30発売
第一章 エルフの少女と魔法図書館

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エセルの新しい生活③

 エセルの体はみるみるうちに回復していった。

 それもこれも、ロフとロネの甲斐甲斐しい世話のおかげだった。

 目を覚ませばすぐに体調を聞いてくれ、あたたかい食事を用意してくれ、体を拭いて綺麗にしてくれたり、着替えを持ってきたりしてくれる。

 それにしても、なぜ見ず知らずのエセルにこんなにも優しくしてくれるのだろうか。

 不思議で仕方がないエセルはある時、菜の花と豆をミルクで煮込んだスープを食べながら、ロフとロネにおそるおそる尋ねてみた。


「……あの……どうしてこんなに親切にしてくれるんですか……?」

「フィカさまのご命令だからです」

「なのです」

「フィカさんはどうしてわたしを助けてくれるんだろ……?」


 全く思い当たる理由がなく、ただただ不思議だった。

 しかしロフとロネは全く不思議でも何でもないという様子だ。


「フィカさまは、困っている生き物がいたら助けるですよ?」

「見た目と口調は威圧的ですけど、とっても心優しいのです!」

「え……そうなの?」

「そうです。フィカ様は死にかけのロフのことも助けてくれたのです」

「ロネのこともなのです!」

「そ、それって、わたしもフクロウさんやネコちゃんと一緒、ってことなのかなぁ?」

「そうです!」

「なのです!」

「…………」


 彼らがいうには、自分という存在は、フクロウやネコを助けるのと同じようなノリで助けられたらしい。

 それはちょっと、どうなんだろうと思わなくもないが、とにかく助けられたのは事実だ。


「えへへ……ロフさんとロネさんも、ありがとう」

「呼び捨てでいいです! いっぱい食べて元気になるです!」

「なのです!!」


 柔らかなベッドの中で眠れるというのは、なんて幸せなんだろうと思った。


 数日経ってもう少し元気が回復した今。

 ベッドの上に起き上がり、エセルは一人考える。

 自分は一体何者で、どこから来たのか。どうして今、フィカの家でお世話になっているのか。

 考えても考えても答えがでず、過去の記憶は靄に包まれたかのように掴みどころがない。


「わたしの名前はエセル……のはず。だよね?」


 それすらも曖昧で首を傾げた。

 フィカに名前を聞かれた時、「エセル」という単語が浮かんできた。しっくりしているので、合っているのだと思う。


「種族はエルフ族、らしいけど」


 正直これはよくわからない。ただ、エセルの外見的特徴はエルフ族のものと合致しているらしい。そして「エルフ」と言われた時に違和感はなかったから、多分自分はエルフ族なのだろう。


「年齢は……うぅぅん……わかんないなぁ」


 見た目的には人間族の九歳ほどらしいのだが、本当にそうなのか確信はなかった。でもきっと、そのくらいの歳だ。エセルはフィカよりも色々なことを知らないし、体も小さいから。


「住んでいたところ……」


 これに関しては全くわからない。考えるほどに「故郷」というものがでてこないのだ。ただ、フィカの家のようなところには住んでいなかった気がする。

 けど、森は落ち着くので、森のようなところに暮らしていたような気がしなくもない。


「わかんないとこだらけだなぁ」


 それでも、わかっていることもある。

 例えば、今寝そべっているのはベッド。床は木張りで壁には窓が嵌まっている。窓に使われているのはガラスで、ガラス窓にはカーテンが掛かっている。窓の横には木でできた棚。

 それからフィカの家で出る食事。スープに入っているのはにんじんやじゃがいもといった野菜たち。パンも一緒に出される。どれもとても美味しい。エセルが苦手と言ってから、肉は入らなくなった。そんな食事をエセルはスプーンやフォークを使って食べる。

 そんな感じで、ものの単語は出てくるのだ。知らないものはかつての生活で見たことがないものなのだろう。生きていく上で基本的なものは知っている。

 つまり、エセルをエセルたらしめる『記憶』の部分のみがすっぽりと抜けているというわけになるのだ。


「うぅ……どうしてだろう……」


 心細さから、ついつい毛布をキュッと握りしめ、涙声になってしまった。

 自分が誰でどこからどうやってきたのかがまるでわからない。

 それは、足元がおぼつかなくなるような不安。自分が世界から孤立してしまったかのような孤独感が押し寄せてくる。


「エセル、大丈夫です?」

「困ったことがあるのです?」


 エセルの様子を見たロフとロネが心配そうに顔を覗き込んできた。慌ててエセルはごしごしと目元を拭って、無理やり笑顔を作った。


「ううん、なんでもない」

「本当です?」

「無理しないで欲しいですの」

「大丈夫だよ、ほんとにっ」


 ロフとロネは見ず知らずのエセルにとても良くしてくれる。フィカも優しいし、迷惑をかけるわけにはいかなかった。ここでエセルが泣いても、困らせるだけだ。

 そうわかっているけれども、やっぱり寂しさは込み上げてくる。

 溢れそうな嗚咽と涙を無理やり飲み込み、エセルは言った。


「今日の晩ごはんは、ハーブたっぷりのスープがいいな」

「お安い御用です!」

「ロネたちに任せるなのです!」


 ロフとロネは「そうと決まれば早速作るですの!」と言い、部屋から出ていく。

 これまでのこと、これからのこと。

 不安だらけだけれど。

 ともかく体を回復させて、この家の人たちに恩返しがしたい……エセルはそう思うようになっていた。



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