魔法解呪術 ユリス・ウェイクフィールド著③
未だ本棚の奥からはガタガタと物音がして、中のものが出たがっているようだった。
エセルは「魔法解呪術」の本から目を上げて、本棚へと向き直る。
一体何事かと興味を持ったエキナリウスがエセルの足元に集まってきていた。マールなど、エセルの肩まで登ってきて、心配そうにエセルを見つめていた。
心配しているのはエキナリウスだけではない。ウィディが声をかけてきた。
『ユリス殿……実践がいきなり三重封印魔法の解呪とは、ハードルが高すぎないか? しかもこの封印魔法、解呪に失敗したものを襲撃する魔法がかけられているようだぞ。もっと簡単な魔法で試した方が……』
『甘いっ! 弟子の成長を促すには、ハードルは高い方がいいのよっ。大丈夫! 失敗しても、ちょっと化け物に食べられるだけだわっ!』
『それは無事にはすまないだろう』
『大丈夫よっ! ここには治癒魔法について書かれた本だってあるんだから!』
『本はあっても、使い手がいないだろう。言ってることがめちゃくちゃだな』
『なんとかなるわっ!』
『ユリス殿は勢いだけで生きすぎだ』
ウィディはこめかみを抑えて頭を左右に振った。
エセルはそんなやりとりを見て、くすりと笑う。
「ウィディさん。心配してくれてありがとう。でも、多分大丈夫。応用解呪ルーン、理解したから」
『……素人の根拠のない自信はひどい結果を引き起こすぞ』
それでもウィディはそれ以上止めることはなく、腕を組んで傍観する姿勢をとった。
エセルはふたたび、キッと本棚を見つめる。
一見するとただの本棚だが、よく見ると棚の隙間と隙間に文字が刻まれていた。読める。
本棚を封印するルーン、そして封印解除を妨害するルーン、解除を試みた者に反撃するルーンの三つのルーン文字が刻まれていた。
三重封印魔法。応用の解呪ルーンでしか解けない魔法。失敗すると反撃される。
エセルはスーハーと何度か深呼吸して気持ちを落ち着けた。
ユリスの声がエセルのとんがった耳に響く。
『まず初めに、封印魔法に対する普遍的な解呪ルーンの呪文』
「【ルーンの力を示せ。其の封印を解く魔法をここに示す】」
魔力を帯びた言葉が発されると、キィィィンと高い金属音がして、本棚が青白く光った。
『次。解呪妨害に対抗する呪文』
「【其の妨害に意味はなく、後悔を生むのみ。今ここに力を示す】」
今や本棚は眩いばかりの光を発していた。本棚全体がガタガタと音を立てて揺れ、収まっていた本たちが驚きバサバサと飛び立っていく。
ユリスが本棚の騒音に負けない大声を出した。
『最後、反撃のルーンを無効化する呪文!』
「【我は汝の敵ではなく、汝の味方、友である。力を鎮め我を受け入れよ 多重封印解除!】」
最後の言葉を叫ぶと、ピシリと空間に亀裂が走り、そしてガラスが砕け散るかのように高い音を立ててバラバラに砕け散った。
先ほどまでの暴れっぷりが嘘のように本棚は静まり返り、刻まれている文字は効力を失った。空っぽの本棚が扉のようにギィと開くと、中から一冊の本がよろよろと出てくる。
他の本に比べると傷みや劣化が少なく、あまり読まれた形跡がないようだった。
『あぁ、やれやれ。やぁっと出られた』
本から飛び出した作者は、エセルがこれまでみた中で誰よりも年老いていたが、同時に誰よりも気品があった。
頬の皮膚が垂れ下がっていて、髪は頭頂部でひっつめにしている。化粧の施されていない顔立ちは老いてなお美しく、何よりもきらめく瞳が美しい。右手を後ろ手に腰を叩き、左手には長い杖を持ち、立っているのもやっとの様子だった。
老人はエセルを見上げ、唇を持ち上げてふふっと笑った。口の端の片方だけを持ち上げた、歪んだ笑みだった。
『まさかあんなにも強固な封印を施されるとは夢にも思わなかったわ。助けてくれてありがとう、お嬢さん』
「あなたは……?」
『あら、あたしったら自己紹介もしないで喋り出しちゃってはしたなかったわね。あたしの名前はリリー・ハンロットよ』
老人の自己紹介を聞きながら、エセルの目は老人の体を透かしてタイトルを読み取っていた。シンプルな茶色い革張りの表紙に、銀色の文字でタイトルが刻まれている。
「魔法都市ダームスドルフの繁栄と滅亡」、そう書かれていた。
『魔法都市ダームスドルフ最後の宮廷筆頭司書にして、初代魔法図書館館長、そして魔法司書ウェネーフィカ・ゲルニカの師匠よ』




