魔法解呪術 ユリス・ウェイクフィールド著②
「えっ、何?」
『奥の部屋のようだな。行ってみるとしよう』
「うん」
エセルと変化の書のウィディを筆頭に、他の魔法書たちも一緒になってそろそろと図書館の奥に進む。
「普通の本棚に見えるけど……奥から音がするね」
『隠し扉だろう。魔法で封じられているな。解呪のルーンが必要だ』
『それならあたしにおまかせよっ!』
ウィディの言葉で弾むように転がり出てきたのは「魔法解呪術」というタイトルの本だ。
本の作者は初老の女性で、ボブカットにした髪と三角のメガネが印象的だ。作者名にユリス・ウェイクフィールドと書かれている。ユリスは腕まくりをしてから、件の本棚を睨み付ける。
『あたしにかかればどんな魔法だってあっという間に解呪できちゃうんだから! でも、今はこんな姿だからちょっと無理ね。あなたがあたしの本を読んで、解呪をするのよ』
「わたし? うん、わかった」
『この本棚に仕掛けられている魔法は手強いわ。ちょっとやそっとの解呪ルーンじゃあ解けやしない。二百三十九ページ、ルーン魔法解呪における応用術の章を熟読することね』
パラパラッとページがめくれて該当のページが現れた。ページに隙間なくびっしりと細かな文字が書き連ねており、なんというか読むの大変そうだ。
「えぇっと……えっと……」
目をぐるぐるさせながらどうにか読もうとしたが、ダメだった。何を書いているのかさっぱりわからない。見かねたウィディが口を挟んでくれる。
『ユリス殿。まずは基礎から学ばねば応用を理解できないと思うが?』
『確かにっ! 冴えているわね、ウィディ。じゃあまずは、基礎のページからいきましょう!』
またしても勢いよくページがバララララッとめくれて、初めのページに戻った。
半透明姿のユリスはページの上を行ったり来たりしながら、内容をかなりの早口で誦んじ始める。
『序章。解呪とは。そもそもルーン文字の解呪というのはこれまで、行使されたルーン文字と全く同じ呪文を唱えてぶつけ、魔法を相殺することを解呪と呼んでいた。しかしこれは厳密には解呪とは呼べない。詠唱ならば相手の呪文を一言一句聞き漏らさずに記憶しなければならないし、記述された護符や魔導具ならば同じ文字を刻みつけなければならない。あまりにも時間がかかるし煩雑な方法であると言わざるを得ない。術者本人にも再現不能な暴走した魔法にはどうやって対応する? 今や失われてしまった古代の魔法に対しては? 文字列がわからないから解呪できない、では済まされないのだ。そこで本著では、もっと簡単に、誰でも解呪が可能なルーン魔法について解説する。基礎を覚えれば応用は容易く、汎用性が高いので覚えておいて損はない。閉ざされた秘密の扉を開けたい時、強力な攻撃魔法を無効化したい時。本著の内容が読者の方々の役に立つであろう。では次ページより実際に解呪の基礎について学んでいくこととする……』
ユリス・ウェイクフィールドによる解呪ルーンの授業が午前いっぱい延々と続いた。
実際問題、解呪のルーンは基礎さえしっかりと押さえれば比較的応用も簡単だった。
要するに解呪に必要なルーン文字を記憶してしまえばいい。
対攻撃魔法、補助魔法、あるいは封印魔法など、対応する魔法毎にルーンの文字列が用意されていて、全てを学ぶには時間が足りないが、今現在必要なのは封印魔法を解呪するためのルーン魔法だ。
エセルはユリスと一緒に封印魔法の解呪方法について集中的に学んだ。
単純な鍵のかかった扉を開ける魔法から、複雑な封印魔法の解呪まで、早口なユリスの言うことを一言一句聞き漏らさないように努力した。幸いエルフ族であるエセルの耳はとても優れているので、ユリスの倍速で流れる講義もきちんと聞き取れ、どうにかこうにか理解できた。
『……つまり、この本棚を覆っているような三重封印魔法に関しては、単に解呪のルーンを三回重ねがけすればいいというわけではなく、より強力な解呪ルーンを組んでぶつければいいというわけになる。ここまでおわかり?』
「はい!」
『じゃあ実際に試してみましょう』
「はい!」
エセルはユリスに元気に返事をした。




