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魔法図書館の日常  作者: 佐倉涼@もふペコ料理人10/30発売
第一章 エルフの少女と魔法図書館

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生活に密着した護符の作り方 ケレス・アーティカ著④

 指先から、まるで氷水に浸かったかのようなひんやりとした感触が這い上り、全身を包み込む。

 水風呂に入っているのかと錯覚するくらいの寒気、真冬に外に丸裸で出てしまったかのような無防備な感覚に陥る。エセルは全身をカタカタと小刻みに震わせた。


「……ケ、ケレスさん。これなんか変だよ……! 寒い! 不安な気持ちになる!」

『魔力が遮断されたからだ。魔力に弱い人間族にとっては己の身を過剰な魔力から守ってくれるこの上もなく頼もしい護符だが、絶えず空気に満ちる魔力を吸収して自分のエネルギーにしている者が魔力吸収阻害の護符を持てば、まあ、そうなる。最悪魔力が足りなくなって倒れるぞ。早く手放したまえ』

「ひええ!」


 エセルはパッと小枝を手放した。

 先ほどまでの寒気はどこかに行き、全身に血の巡りを感じる。指先が温かくなり、手を握ったり閉じたりしてからホッと息をついた。


「ふうう、危なかった」

『君は魔力と相当相性がいいと見える。さすがはエルフ族だな』

「うん……とにかく、これで護符が作れることはわかったね」

『使わないときは護符の魔力を切っておくといい。【力を閉じよ】と唱えるのだ』

「わかった。【力よ閉じよ】」


 呪文を唱えると、小枝から漏れる青白い光がなくなった。指先で触れ、しっかりと握りしめても、今度は寒気も感じない。


「よぉし。早速フィカに見せに行こうっと!」


 出来上がった護符を手に、エセルは立ち上がった。

 ケレスは左胸に手を当てて厳かに言う。


『うまくいくように祈っている』

「ありがとう!」


 木屑に興味を示したのか、エキナリウスたちもやってきて、机の上に乗っかるとつぶらな瞳でエセルを見上げてきた。


「チチイ?」

「マール! 木屑欲しいの? あげるよ」

「チチッ! チイ!」


 本食い虫をたっぷりと食べてますます丸々太ったマールが木屑を物欲しそうに眺めていたのであげることにした。


「さっそくフィカに見せてくる!」


 椅子から勢いよく飛び降りて、エセルは走って図書館を抜け、森の中へと駆け出した。

 森の中から黒猫のロネがこちらに向かってフヨフヨと飛んできている。


「エセルさま? ちょうどお迎えに来たところなのです」

「ありがと! じゃあ急いで帰ろう!」

「何をそんなに急いでいるのです?」

「フィカさんにね、見せたいものがあるの」


 だだだぁーっと走るエセルと飛んでついてくるロネ。

 森を駆け抜け、ウィステリアのトンネルを抜けて、フィカの家まで飛ぶように走った。途中驚いた小人が慌てて隅に寄っていたり、舞い飛ぶ花々が道を開けてくれたり、逆に発光する妖精たちが面白がってついて来たりした。それらを気にせず、エセルは一心不乱にフィカの家までひた走る。

 やがて見慣れた三角屋根のフィカの家が見えてくる。煙突から煙が出ているので、ロフが夕食の支度をしてくれているのだろう。エセルは速度を緩めずに、そのままの勢いで玄関扉の取っ手を掴み、中へ駆け込んだ。


「フィカさん、見て見て! わたしっ、魔力吸収を防ぐ護符を作ったのっ!!」


 右手に握りしめていた小枝を大きく掲げて、リビングでくつろぐフィカの膝へと転がり込むと、フィカは赤い目を大きく見開き固まった。


「魔力吸収を防ぐ護符、ですって?」

「うんっ。護符作りの本を読んで、ケレスさんに手伝ってもらいながら、作ったの」


 ずーっと走って来たので、一呼吸一呼吸置きながら説明をする。 

 フィカはなぜか眉間に皺を寄せ、何も言わず、エセルが握りしめていた護符を手に取るとじっくりと眺め始めた。


「……正しく文字が刻めているわね。これならきちんと発動するわ。初めて作ったにしては上出来だわ」

「これでメイホウの森に人間さんが入っても大丈夫だね!」


 エセルは空想した。

 護符を持ったたくさんの人間族が魔法図書館を訪れ、思い思いの本を手に取って読書をする。

 時には作者の話を聞き、時には利用者同士で感想を言い合ったり本を薦めあったりする。

 そしてエセルも人間に混ざって本を読んだり話したりするのだ。

 それはなんて素敵な光景なのだろう。大勢の人で賑わった図書館は、今以上に魅力的な場所になるに違いない。

 しかしそんなエセルの空想を破ったのは、フィカの冷ややかな声だった。


「ダメね。許可できないわ」

「え……」


 思いもよらなかった言葉と、見たことがないほど冷たいフィカの表情。


「魔法図書館に他の人間は入れられない」

「ど……どうして? 魔力の問題は、これで解決できるはず」

「あのねえ、エセルちゃん。アタシはこう見えて、ずっと魔法図書館を管理しているのよ。そんなアタシがこの方法を知らないとでも思った?」

「あ……」


 確かに言われてみればそうだ。

 フィカはメイホウの森に住んでいて、魔法図書館の管理をしている。魔法だってたくさん知っている。そんな人が、少し探せば見つかる本の内容を見落とすはずがない。


「エセルちゃんが魔法書の作者の話を聞いて、こうして解決手段を探してくれたことにはお礼を言うわ。でもね、アイツらがなんと言おうと、アタシは人間族を図書館に入れる気はないの」

「……どうして……?」

「嫌いだからよ」

「嫌い?」

「そう。アタシは人間族が大っっっっ嫌い。図書館に入れるなんてとんでもないわ。話はこれでおしまい。夕食にしましょ」


 フィカはこれ以上話したくないとはっきり態度で示して来た。首を振り、エセルの作った護符を突き返してくる。エセルはそれを受け取るしかない。

 ロフとロネが主人の意図を察して夕食の準備をする。

 暑い季節にぴったりの、冷やしたトマト煮込みがメインだった。野菜と一緒にひよこ豆がたっぷりと入っていて、パンにつけて食べるとお腹がいっぱいになる、エセルも大好きな品だ。

 けれども、大好物を前にしても心は踊らなかったし、その後のフィカとの会話も弾まなかった。

 重苦しい雰囲気の中で口に食べ物を押し込むだけの時間は辛い。

 さっさと食事を終わらせたフィカは自室に引っ込んでしまったので、エセルも自分の部屋に行く。

 靴を脱ぎ、ベッドにぼふんとお腹からダイブすると、弾みでスプリングが軋んだ。

 両手で護符を握りしめ、見つめる。


「……どうして……」


 エセル以外誰もいない部屋でポツリと呟く。


「どうして、フィカは人間さんが嫌いなんだろう……」


 同じ種族なのに。

「大っっっっ嫌い」と吐き捨てるように言ったフィカの赤い瞳は憎しみに満ち満ちていて、「どうして」とそれ以上追求できなかった。あんな表情は初めて見た。

 ローラスにきついことを言っていても笑っていたし、冗談なのだとわかる。エセルにはいつも優しくしてくれる。

 そんなフィカの、あの表情……。


「……怖いよう」


 枕に顔を埋めてくぐもった声でそう言った。

 慣れない彫り物をしたエセルは、そのまま眠ってしまったのだった。



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