生活に密着した護符の作り方 ケレス・アーティカ著②
「さて、と。図書館内にいるとうるさくて頭が痛くなるから、アタシは午後は家で薬を作ることにするわ。お茶会は今日はなし。エセルちゃんも一緒に帰りましょ」
「わたしは、もうちょっと図書館にいる」
「あら、そ? なら帰りにはロネを寄越すから、一緒に帰ってきなさい」
「うん」
「じゃあね」
ひらひらと手を振りながらフィカは自宅のある方向へと戻っていく。
「私も少し森の中で気持ちを落ち着けます。エセルさんも、無理はしないでくださいね」
「うん」
エセルは椅子から飛び降りると、図書館の中へと戻っていった。
図書館内に戻ると、本たちが一斉にウワッと押し寄せてくる。
『お待ちしておりました』
『どの本から読みますか?』
『オススメはもちろんワシの研究書……『深淵なるルーン文字――便利な魔導具の作り方』どうじゃ? 興味をそそられるタイトルじゃろう』
『ゼッペル爺さんの本は難しすぎて欠伸がでちまうよ』
『やっぱこれだろ! 魔法都市ダームスドルフ歴史書。全四十巻!』
『変化の術をお気に召したのなら、もう一度私の本を読むという手もありますが?』
『一度読まれたウィディは黙っていろよ』
『そうよ、次は私の本だわ』
『いいえ私よ!』
「ちょ……」
魔力を戻したばかりの魔法書たちがエセルの視界に入ろうと、押し合いへし合いを繰り広げている。他の魔法書に比べてかなりアグレッシブだ。きっと長い間魔力がなくなりじっとしていたので、こうして自由に動けるようになって嬉しいのだろう。
それにしても目の前で喧嘩するのはやめてほしい、とエセルは思った。
「あのっ……わたし、考えたんです。この図書館に、他の人間さんも来て、たくさん本を読んでもらえばいいんじゃないかなって」
本たちはエセルの言葉にピタリと喧嘩をやめた。
『ほう。ようやくその気になったか』
『うむ。知識を伝達するには、やはり数が必要だからな』
『ここで埃をかぶっていても仕方がないわい』
「でも、魔法図書館のあるメイホウの森は魔力が濃くて普通の人間さんには入れないらしいんです。だから、それをなんとかする方法を考えなくちゃいけなくて」
フィカは「無理」と一刀両断したが、エセルは納得いかなかった。
魔法図書館には見上げるほど高い本棚にぎっしりと本が並んでいて、さまざまなことが書かれている。それは何も、フィカが好んで読んでいる物語だけではなく、役に立つ知識が書かれた実用書だってたくさんあるのだ。
だからエセルは、諦めてしまう前に、方法を模索したい。そのために、フィカと一緒に家には帰らずに図書館に一人残ったのだ。
本は、魔法書たちは、読まれることを望んでいる。
より多くの人に。一冊でも多くの本を。
そうした欲求は、エセルにだってわかる。
エセルは魔法図書館に来て初めて、本に出会った。文字を書き記すという文化を知った。
素晴らしいことだと思った。
本を開けばそこには別世界が広がっている。
心温まる妖精と虫の話。
ユニコーンと清らかな乙女の話。
激しく闘う騎士の話。
人間と心を通わせたい蛇の話。
どれもが胸を震わせる物語で、読み終わった後は誰かに伝えたくなって、作者に一生懸命感想を伝えた。
そうすると作者は、にこにこと目尻を下げて言うのだーー「喜んでもらえてよかった」と。
本ってそういうものなのだと思う。
誰かに読んでもらいたくて、書き記して残してあるのだと思う。
「わたしは、魔法図書館の本を、人間さんにも読んでもらいたい」
きっとそれが、本にとって一番嬉しいことだから。
『――ならば、吾輩の出番のようだな』
朗々とした声が響いた。他の本たちが場所を譲り、できた道を通って一冊の本がエセルの前にやってくる。
白い表紙に黒い文字でタイトルが書かれている本だった。
「生活に密着した護符の作り方――自分の身は自分で護る」というタイトルを読み取ったところで、本から作者が姿を現す。
厳格そうな男の人だった。左目に片眼鏡をかけており、目つきが鋭く、なんだか睨まれているようだ。歳は人間換算で四十代ほどだろう(本をたくさん読み、作者と触れ合ったおかげで、エセルは人間の外見年齢がなんとなくわかるようになっていた)。
『初めまして。吾輩、ケレス・アーティカと申す。護符作りに関しては、本著の右に出るものはないと自負している。どうだろうか?』
「あ、はい。じゃあ」
おずおずと本を手に取ると、本はひとりでにパラララっとページをめくっていき、あるページでピタリと止まった。
章タイトルには「魔力虚弱体質のための、魔力吸収を阻害する護符の作り方」と書いてあった。
「これ……ピッタリ!」
エセルは早速内容を読む。
「えっと……魔力吸収を抑えるためのルーン文字を鉱石または聖なる木に刻み、呪文を唱える。すると文字が魔力を帯び、装身者の身を過剰な魔力摂取から守るであろう」
あとは魔力吸収阻害のルーン文字羅列、呪文、それからどんな鉱石や木に刻めばいいのかが書いてある。
一番効果が高いのがダイアモンド。次にルビーやエメラルド、サファイアと宝石名が並んでいる。
それから金や銀や水晶。銅でもいいがこれは効果が一段と落ちる。
これらが手に入らない場合は、魔力の満ちた湖に石を沈め、満月の翌日に回収してから使うといいと書いてある。
「でも、石、石かぁ……硬いから文字を刻むの大変そう。っていうか、刻めるのかなぁ?」
『小型ナイフやノミという道具を使って刻むのが一般的だ』
「フィカに言えば貸してもらえるかな」
『貸してくれるだろう』
「あっ、小枝でもいいって書いてあるね」
さらに文字を追っていくと、石ではなく木の枝でもいいと書いてあることに気がついた。
「石より枝の方が文字を刻みやすそう。イチイの木……知ってる! 森の中で見たことあるよ。よぉし」
エセルは両手をぎゅっと握って拳にした。
「イチイの木を探して、小枝を拾ってきて……それからルーン文字を刻んで魔力吸収を邪魔する護符を作るっ」
やれるだけやってみたいのだ。
そうしたらフィカも考えを変えてくれるかもしれない。
「行ってくる!」
『期待して待っていよう』
ケレス・アーティカは片眼鏡をくいと押し上げ、勢いよく走り去っていくエセルの後ろ姿を見送っていた。




