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魔法図書館の日常  作者: 佐倉涼@もふペコ料理人10/30発売
第一章 エルフの少女と魔法図書館

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30/81

生活に密着した護符の作り方 ケレス・アーティカ著①

 ヒソプの布を使った魔力戻しは順調だった。

 布に含まれる魔力は限りがあり、魔力を本に分け与えてしまうとただの布になってしまうのだが、再び月湖の水に浸けながら唄を唄えば布は魔力を吸い上げる。

 そうして布を使って魔法書の魔力を戻していき、たくさんの本を救う。

 魔力が戻った本たちはのびのびと図書館中を飛び回り、作者たちがあちこちで雑談を交わす。

 図書館内は明らかに、以前よりも活気に満ちていた。

 しかし、思いもよらない事態が発生していた。


『エルフの娘さん。他の利用者はおらんのかね』

『司書殿。なぜこの図書館はこんなにも人が少ないんだ?』

『久方ぶりに目覚めてみれば……相変わらず辛気臭い場所だわねえ』

『ややっ。常に研究者や学者でいっぱいだった宮廷図書館はいずこへ』

『……わしはいつの間に引っ越しをしたのかのう』


 魔力切れで長年眠りについていた本の作者たちが、好き勝手に喋るのだ。

 特に激しいのがウィディだった。彼は先頭を切ってフィカに詰め寄り、ここにある貴重な文献はもっと読まれるべきものだと演説し、お陰様で他の魔法書たちもその思想に乗っかって図書館全体がかつてないほど活気付いている。

 エセルたちが図書館に入ると、バサバサバサとコウモリのように飛来しては『読んでくれ、読んでくれ』と迫ってきたり、『他の読み手はいないのか』とつきまとわれたりして、エセルもフィカもローラスも辟易とした。フィカはもう、何十回も同じ説明を繰り返していた。


「……だぁかぁらぁ、ここにはアタシと、エセルちゃんと、あとはドライアドのローラスしかいないのよ!」

『だからなぜそんなにも人がいないのかと聞いている』

『書物というものは読まれてナンボ』

『左様。今を生きる人々に知識を伝えなければなるまい』

『埃をかぶっていては、ないものと同じですぞ』

「あぁーもう、うっさい!!!!」


 わーわーぎゃーぎゃーと好き勝手言う本の作者たちに、とうとう痺れを切らしたフィカが叫んだ。

 怒りに任せてテーブルに拳を打ち付けて、勢いよく立ち上がり、肩で風を切りながら外へと出る。


「フィカ」

「フィカさん、待ってっ」


 ローラスとエセルも慌ててフィカの後に続いた。

 フィカは図書館前のテーブルに近づくと、乱暴に椅子を引き、ガッタンと座る。


「フィカ様、どうしたです?」

「まだお茶会の時間じゃないのです」

「いいから、レモンバームを使ったお茶を淹れてちょうだい」

「はいなのです」


 ロネがくるりとその場で回転すると、お茶のポットとティーカップもくるくると回りながら出現した。

 空中で傾いたポットの注ぎ口から、湯気を立ててお茶が出る。前足をサッと出したロネがティーカップでお茶を受け止め、静かにテーブルに置いた。


「どうぞなのです」

「あんがと」


 雑にお礼を言ったフィカがティーカップに口をつけ、一口のみ、フーッと長い息をついてから眉間を揉みしだいた。エセルは一連の流れを眺めつつ、定位置となっているフィカとローラスの間にある椅子を引いて腰掛ける。エセルの前にもロネがお茶を置いてくれたので、お礼を言ってからカップを持ち上げた。レモンバームを使ったお茶はすっきりとした飲み口で、喉を通って全身にスーッとした清涼感を運んでくれた。

 いつもながらに水を飲んでいるローラスが気遣わしげにフィカを見た。


「フィカ、図書館内であんな大声を上げるなど、貴女らしくもない。魔法書たちは魔力が戻ったことで少し興奮しているだけです。時が経てば落ち着くでしょう」

「わかってないわね、ローラス。そんな単純なことじゃないのよ」


 瞑っていた目を開け、至極面倒くさそうにフィカが手を振った。


「あの本たちはね、読み手に飢えてるの。何百年もずっと埃をかぶって棚の隅でじっとしてたんだから、そりゃそうなるに決まってるわよね。想定していなかったアタシのミスよ」

「……魔力戻し、いけないことだった?」



 疲れた様子のフィカを見て、エセルは自分のやったことは間違っていたのだろうかと不安になった。

 エセルの気持ちは単純だ。

 本が動かないのは寂しい。作者の姿が見てみたい。

 そんな思いで魔力戻しの方法を考え、実行に移した。

 しかしエセルが余計なことをしたせいでフィカに負担をかけてしまったのだとしたら、本意ではない。

 フィカはエセルを見て、それからちょっと頭を撫でてくれた。


「そんな顔しないで。エセルちゃんのせいじゃないわ。むしろ感謝しているんだから」

「本当に?」

「ええ。ヒソプの布がなければ、いずれ図書館内の全ての魔法書の魔力が切れてただの本になっていたわ。だから魔力戻しの手段を教えてくれてありがとう。けど、それとは別に、あの本たちをどうにかしなくちゃいけないのは確かね」

「やはり利用者を増やすしか方法はないのではないでしょうか」

「ダメよ」


 ローラスの意見をフィカは即座に却下した。


「あの……どうしてダメなの? この森に、他の人間さんはいないの?」


 エセルは以前から疑問に思っていたことを口にした。

 今まで読んだ物語から、人間族は集まって生活をするのだという知識をエセルは持っていた。

 畑を耕し、動物を育て、家を建てて暮らす。家族、近所の人、友人、恋人。国の中心には王様がいて、規則に基づいての暮らしを送っているのだ。

 だからフィカの生活は、そうした「人間族の暮らし」から外れているのだとエセルは薄々勘づいていた。いくら魔法が使えても、人間族は普通、こんな孤立した暮らしを送らない。もしそんな人がいるなら、それは「変わり者」「頑固者」「偏屈」などと呼ばれるのだとエセルは本から教わっている。


「メイホウの森に人間族は住んでいないわ。ここは魔力が強すぎて、普通の人間族だと森に一日いただけでぶっ倒れちゃうのよ。人間って、魔力慣れしてないからね」

「フィカさんは?」

「アタシは平気。ダームスドルフの住民はね、魔力を操る術を身につけてるから、むしろ魔力のある場所は快適なの」

「フィカさんは人間族だけど、他の人間さんとは違うの?」

「そ。アタシってば特別な人間なのよ。オホホホホ」


 機嫌を直したのか、フィカは手の甲を口元に当てて高笑いをした。


「この辺りに、他の人間さんはいない?」

「メイホウの森を出たところに人間族の街はあるわよ。アタシもよく買い物に使ってるわ。でも普通の人間だから無理なの」

「…………」


 何かいい方法はないかと、すがるようにローラスを見た。しかしローラスも首を横に振っている。

 八方塞がりだった。


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