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魔法図書館の日常  作者: 佐倉涼@もふペコ料理人10/30発売
第一章 エルフの少女と魔法図書館
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エセルの新しい生活②

 エセルが眠りについた後、フィカは一人家を出て、ローラスの元へと向かった。

 フィカの家はローラスの住処としている場所から徒歩でしばらく歩いた場所にある。そこそこ近く通いやすい、そんな場所にフィカはわざわざ家を建てたのだ。

 森の中、道などあるはずもないのに、何十年も通い続けたおかげで自然に草木が斜めになり、大地は踏み固められ、道無き道が出来上がっていた。

 そこを通ると石造りの巨大な建造物が見えてくる。

 森の木々に紛れるように立つその建物の外にローラスはいた。

 ぼうっと空を見上げているようだった。いつものことである。

 フィカにいち早く気がついたローラスは、緩慢な動作で空を見ていた首を戻し、フィカへと視線を向ける。薄茶色の髪が日の光にあたり、金色に光って見えた。

 顔立ちがフィカとは別の方向に整っているローラスは、立っているだけで絵になる……のだが。フィカはローラスの足元に目をやり、唇をへの字に曲げた。


「足。木になってるわよ」

「この方が効率がいいので。やはり栄養は大地から摂取しなければ」

「いつ見ても奇妙な感じがするわ」

「そういう種族なので多めに見ていただきたいですね」


 ローラスは穏やかに微笑みながら、しゅるしゅると足元をサンダル履きの人間の足へと変化させた。葉っぱと木の蔓で作り上げた簡素な編み上げサンダルだ。

 ローラスは人間族ではなかった。

 その正体は樹木人ーーいわゆるドライアドと呼ばれる種族だった。

 魔力を豊富に蓄えた樹木が人型を取れるようになった存在である。

 珍しく、かなり希少で、そして性根が木なので非常にのんびりおっとりとしている。木の姿で過ごすこともしばしばあり、よく鳥や昆虫に巣を作られていた。

 見た目人型になったローラスは、フィカにおっとり問いかけた。


「彼女はどうしていますか?」

「寝てるわ」

「そうですか……何か情報はありましたか?」


 フィカは首を横に振る。


「名前だけ。エセルっていうらしいわ。あとは全部忘れてるみたい」

「エセル?」

「そう。何か知ってる?」


 ローラスはフィカ以上に長生きで、さまざまなことを知っている。エセルをエルフ族と一眼で見抜いたことから、エルフ族のことを知っているのではないかと思いそう問いかけた。

 フィカとて、エルフ族というのは伝承でしか聞いたことがない。

 長く尖った耳を持ち、人ならざる美貌を有する、魔法に秀でた種族。

 フィカが知っているエルフ族の情報というのはただそれだけ。

 メイホウの森近辺にエルフ族は存在していない。エルフ族は人間族と交流をほぼ持たないので、具体的にどこに住んでいるのか知っている人はいないのではないだろうか。

 だが、ドライアドであるローラスならば話は別だ。

 付き合いは長いが身の上話をあまりしない二人なので、実のところ互いのことをよくわかっていなかった。ローラスはフィカの問いに眉をひそめる。


「いえ……ですが、エセルというのはエルフ語で『エルフ』を意味する言葉なので、固有名詞としてはあり得ないな、と」

「それは確かに変ねぇ……あの子が、自分の名前じゃなくって覚えている単語を言っただけなのかしら? まあどちらにしろ、今のアタシ達にはわからないけれど」

「……そうですね」


 なおも思案げな顔を見せるローラス。フィカは肩をすくめた。


「名前については考えても仕方ないわよ。とりあえず回復を待って、保護ね」

「そうですね。傷つき、記憶を失った幼子をそのまま放置することはできません」

「そうそう。それで、まああの子が嫌がらなければの話だけど」

「だけど?」

魔法図書館ここの仕事を手伝ってもらったらどうかしらって」

「ここでーー?」


 振り返り、二人は見上げる。

 背が高く、四角い巨大な石造りの建造物。外壁という外壁が蔦と、そこから生える植物で覆われた、古い古い建物。家ではないそれは、どちらかというと「塔」と呼ぶのにふさわしい。

 ローラスは困惑の表情を浮かべる。


「なぜフィカは、そのような発想に至ったのでしょうか」

「そりゃ簡単なことよ。管理人のアンタが、仕事をサボるからに決まってるでしょ」

「サボってなどいませんが」

「アンタにサボってるつもりがなくても、アタシからするとそう見えんの。アンタ、鳥とか虫が住み着くと、巣立つまで何ヶ月もずっと木の状態でいるでしょ? そうするとその間の仕事は全部、ぜーーーーんぶアタシが一人でやる羽目になるのよ。アタシには他にもやることがごまんとあるってのに! わかってんの?」


 フィカは万感の思いを込めて言葉を吐き出す。

 事実、フィカがかけられている苦労というのは並ではない。

 ローラスが木の状態で過ごしている間、魔法図書館に存在する希少かつ濃い性格の書物達を相手に、たった一人で立ち向かわねばならないのだ。愚痴も言いたくなる。

 ローラスはフィカの勢いにたじろいだ。


「う…………で、ですが、小さな命が住み着いてしまっては、人型になるわけにもいきませんし。いきなり住み着いていた木が人型になって動き出したら、困るでしょう」

「だから他の人材が必要なのよ。人型のね! ロフやロネじゃ繊細な魔法書の相手なんてできやしないんだから」

「確かに貴女の言うことも一理ありますが……」

「でしょう? ということで、はい、決まり。あの子が元気になったら、是非とも魔法図書館で働いてもらうわ。エルフの子供なんだし、きっと優秀なはずよ」


 フィカは来るべき日を想像してウキウキしているようだった。

 しかしローラスは肩を落としている。


「何よ? サボってるって言われて落ち込んでるの?」

「いえ。そうではありません。……エルフの子供という存在がどうにも引っ掛かるような……」

「ふぅん? どんなところが引っ掛かるの?」


 フィカとローラスは長い付き合いになるが、フィカはこの樹木人が何かを憂いたり思案したりするところをほとんど見たところがない。

 そんなローラスが、何かを心配している。

 フィカは興味も手伝って問いかけてみたが、ローラスは「うぅーん」と唸り、そのまま長考にはいってしまった。

 これはとんでもなく長くなる、とフィカは直感する。

 ドライアドのローラスは、フィカの感覚からすると、長すぎるほどに長く考える。

 下手すると日付を跨ぐわこれ、と思ったフィカは、その場に根が生えたように突っ立って考え出したローラスを放置することに決めた。

 踵を返して自宅には向かわず、森の奥に薬草を摘みに行く。

 普段ならロフとロネに任せているような仕事だが、本日二匹にはエセルの看病をしてもらっているので自分で行く。


「早いとこ元気になってもらわないとね。やることがいっぱいだわ」


 フィカは、突如やってきたエセルを心から歓迎していた。

 感覚の違いすぎるローラスしかお茶会の相手がいないのが不満だったが、それも解消しそうだ。何せローラスはお茶会をしても水しか口にしないので、つまらないことこの上ない。エルフ族は肉は食べないっぽいが、お菓子ならば食べるだろう。子供だし、甘いものもきっと好きに違いない。


「服と靴と、アクセサリーも用意してあげようかしら? んふふ……楽しくなってきたわね!」


 飾りがいのある容姿のエセルを思い出し、にんまり唇を弧に描く。

 特製薬湯をたっぷり飲ませ、一日も早く回復させないと! とフィカは気合をいれたのだった。

 そしてそれから数時間が経ち、日がとっぷりと暮れ、森に住むフクロウがホーホーと鳴き出した頃。ようやくローラスが長い思考を終え、動いた。


「……思い出しました、フィカ! ……フィカ?」


 手をポンと叩き、首を巡らしたローラスはフィカの姿を探す。が、当然のことながらもうそこにフィカはいなかった。


「また考え過ぎてしまったようですね……まあ、次にあった時にでも話すことにしましょう」


 短く息をついたローラスは、しゅるしゅると下半身を木に変えてその場に根を下ろす。

 ドライアドのローラスに家は必要なかった。外の方が落ち着くから。

 ゆえにローラスは、休憩したい時は森の中の適当な場所に根を下ろして木に変化するようにしている。両腕も枝へと変え、頭部も幹の中に吸い込まれていく。

 残ったのは、他の木々に比べてやや背丈の小さな月桂樹の樹のみだった。


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