魔法書の「魔力戻し」③
エセルは気持ちが高揚していた。
自分が役に立てるかもしれない。
倒れていたところを助けてもらって、記憶のない自分を受け入れてくれて、優しくあたかかな暮らしを送らせてもらっている。図書館で本を読む毎日は楽しくて穏やかで、だからエセルはお世話になっているお返しが少しでもしたくて。
(本に魔力が戻ったら、みんな喜ぶはず……! わたしも、役に立ちたい! 本を読んでいるだけで十分って言ってくれるけど、もっともっとお返しがしたい)
気持ちが乗って前のめりになりすぎていたのだろう。フィカの声が背後から飛んできた。
「あんま急ぐと転ぶわよ」
「大丈夫……ひゃっ!」
「ほら、言ってるそばから」
派手に転けたエセルだったが、幸い地面は柔らかな草が生い茂っているので怪我は軽かった。
「大丈夫かしら?」
「うん、ちょっと擦りむいただけ」
「ったく、しょうがないわねぇ」
フィカが呆れながらも指をパチンと鳴らせば、清潔な水が溢れ出る。すかさずそれをハンカチで受け止めたロネが、濡れたハンカチをエセルの膝に押し当ててくれた。
「ありがとう……」
「もう少し落ち着きなさい」
「うん」
フィカの言葉に素直に頷いたエセルは、さっきよりも遅いペースで、でもいつもよりも早足で森を歩き出した。
月湖は澄んだ水が夏の日差しを反射して、なんだかいつもよりさらにキラキラと輝いて見えた。
「で、ここで何をする気なの?」
「まずはヒソプの葉を摘んで……」
「エセル様、カゴをどうぞ!」
「どうぞなのです!」
「ありがと」
すかさずロフとロネが差し出してくれた平たいカゴを手にし、月湖の周りに生えているヒソプの木に近づいた。
細い幹は、一見すると木とは思われないかもしれない。だがヒソプは確かに木で草ではない。
エセルの背丈ほどしかないヒソプの木に近づいて、その葉をまじまじと見つめた。やはりエセルの掌ほどの大きさの葉は、クローバーのような色合いをしている。
「ヒソプは癒しの力があるけど、魔力を戻す力はなかったと思うけどねぇ。それに小さくて柔らかすぎるから、布を作るには向かない葉だわ」
「わたしは、ヒソプの葉っぱから布を作ってた」
「それは、エルフの里でってこと?」
「うん」
「思い出したの?」
「全部じゃないけど……この、布の作り方だけ」
「そう」
フィカは短くそう言うと、腰をかがめ、ヒソプの葉を吟味し出した。
「どんな葉が布づくりに向いてるのかしら? 若すぎると分離しそうだし、かといって古すぎる葉も硬い布に仕上がりそうよね」
「ちょうど成長が終えたくらいの葉がいいの」
「私も手伝いましょう。葉の成長具合の見極めなら自信があります」
「あら、アタシも魔法薬師として植物の鑑定なら大得意だわ」
「わたしも、たぶんできる……っ!」
三者三様に主張をし、視線がぶつかり合う。ローラスの若葉色の瞳にも、フィカの真っ赤な瞳にも、エセルの煌めく青い瞳にも、強い自信の色が浮かんでいた。
「どのくらい葉が必要なの?」
「えぇっと、このカゴいっぱいでハンカチ一枚分くらい作れるかな……」
「では一人一つカゴを満たす量を摘んで比べましょう」
「望むところよ」
こうして三人によりヒソプの葉摘み取り競争が始まった。
月湖の周囲には所狭しとヒソプの低木が植わっている。
三人は散り散りになり、葉の摘み取りを行うことにした。
フィカとローラスが月湖を挟んで左右に分かれ、エセルはぐるっと湖を回ってちょうど二人の真ん中あたりに移動し、ヒソプをまじまじと見つめる。
「んー……色味が薄すぎず濃すぎない、それでいて虫もついていないような葉っぱ……あった、これだっ」
頃合いの葉っぱを見つけ出し、手に取った。
「《布を作るために、葉っぱが必要なの。ちょっと分けてもらえるかな》」
葉っぱがゆらりと揺れ、エセルが力を入れていなくてもプチリと枝から離れた。
「《ありがとう》」
はにかみながら伝えると、葉っぱが風がなくともゆらりと揺れる。
そこからエセルが手頃な葉っぱを探し出し、少し力を入れてプチプチと摘み取るという行為の繰り返しだった。夢中になって採取をして、途中ロフやロネが「お水を飲むです!」「帽子をちゃんと被るのです」などと言いながら世話をしてくれた。
ようやくカゴがいっぱいになって顔を上げた時にはもうすでに太陽が真上に昇っていて、朝早くから来たことを考えるとかなりの時間が経っていたようだ。
「フィカとローラスは……あっ、いた」
二人は一足先に採取を終えていたようで、木陰に座って涼んでいた。
ヒソプの生い茂る茂みをかき分けて近づくと、足元には山盛りのヒソプを摘んだカゴが二つ置かれている。
「終わったようですね、暑い中お疲れ様です」
「あと少し遅かったらロフとロネに呼びに行かせようと思っていたのよ」
「遅れてごめんなさいっ。でもこれ」
「あぁ、これはとてもいい状態で摘めていますね」
「どれどれ……あら、本当ね。傷ひとつないじゃないの」
エセルが差し出したカゴの中身を見て、二人がそう感想を述べる。
「木々に労って採取したのがわかりますね。心優しいエセルさんの性格が摘み取った葉の一枚一枚に現れています」
「確かにエセルちゃんの摘んだ薬草、状態が良かったわよねぇ」
「えへへ……」
「次の工程に移る前に、ここで昼食にしましょ」
「はいです!」
「もう準備はバッチリなのです!」
すかさずロフとロネがしゅばっと現れ、食事の準備をしてくれた。




