魔法書の「魔力戻し」①
エキナリウスによる本喰い虫駆除は順調なようで、フィカも満足そうな様子だった。
エキナリウスたちはエセルの作った籠の中で眠り、お腹が空いたら起きて本喰い虫を狩り、もよおすと外に出たいとせがむというとても単純な生活を送っている。
エセルは五匹のエキナリウスにそれぞれ名前をつけた。
「目がシュッとしてる君は、シュル。黒目が素敵な君は、メメ。お髭がピンとしてる君は、ピノ。毛艶がとってもいい君は、ツヤ。お腹がまんまるな君はマールねっ」
エセルの作った籠は円筒状になっていて、エキナリウス一匹が出入りできる大きさの入り口を作ってある。そこからのそのそ出入りする姿も可愛らしかった。エセルが捕食風景を見たくないのを察したらしい彼らは、捕まえた本喰い虫をこの籠の中に持ち帰って中で食べるようになった。
バリバリという音がするたびに、エセルはそっと籠から離れている。
ちなみに籠は図書館内部ではなく、エントランス付近に置かれていた。
エセルが朝、図書館にやってくると、エキナリウスたちは一目散に籠から出てきてお出迎えしてくれる。
エセルはエキナリウスの様子を見ながら読書をする日々を送っていたのだが。
「……ねえ、フィカ。どうして動かない本があるんですか?」
「ん?」
「この本棚の、下の方の本。飛ばないし、作者さんも姿を現さないんです」
少し前、ちょうど本喰い虫が現れたと騒ぎ出した時に見つけたものだった。飛べないエセルは自分の身長が届く範囲で本喰い虫を探していたのだが、一部の本はエセルにされるがままに本棚から出され、床に積み上げられていた。作者が出てきてこちらの様子を見ている様子もない。
「変なのって思ったんです」
「あぁ、それはね、本に込められてる魔力が切れてるからよ」
「魔力が?」
「そ。前にも言ったけど、この図書館にある本一冊一冊は全部作者が魂を込めて書いたもの。ダームスドルフの魔法使いたちは魔力も高くてね。魂と一緒に魔力も強く込められてるものだから、動いたり喋ったりするわけなんだけど……それも、ずっとは続かないのよ。魔法図書館ができてからもう三百年も経ってるし、当然執筆されたのはもっと前の本もたくさんあるわ。そういうのはねぇ、魔力が切れて普通の本になっちゃうのよねぇ」
「普通の本……動かないってことですか」
「そうよ。魔法都市とよばれたダームスドルフでも、動く本は作者が執筆した原本だけで、印刷本は動きやしなかったわ」
「へえ、そうだったんだ……」
「だからまあ、魔力が切れた本は、普通の本になっちゃったってわけ」
フィカは何気ない口調だが、動かない本が詰まった本棚を見つめる瞳は少し切なそうだった。
普通の本とはいうものの、エセルにとっての普通の本は、作者が出てきてイキイキと喋ったり、図書館内を自由にハタハタと飛んだりする本だ。だから静かな本は、さみしい。
「魔力を戻す方法はないんですか?」
「んー……昔は『魔力戻し』って呼ばれる道具があったんだけどねぇ。都市が滅んだ時に、必要な魔導具も壊されちゃったのよね。アタシは魔導具についてはわかんないし、それなりに複雑なやつだったからどうしようもなくて」
「…………」
「ま、動かなくなっても読むことはできるわ。気になるものがあるなら読んであげなさいよ」
「はい」
こくりと頷き、一冊の動かない本を引き抜いた。
いつもなら、手にした本の作者が出てきて喜びを伝えてくれたり、本のみどころを語ってくれたり、ページが勝手にめくれたりするのに、そんなことは一切起こらず、ただただエセルの手の中でしんとしている。エセルにとってそれは、とてつもなく寂しいことに感じた。




