「本喰い虫」駆除大作戦④
そして明けて翌日。
「わあ……これがエキナリウス?」
「ええ、これがエキナリウスです」
カゴの中にはみっしりと青白い毛を持つハリネズミが詰まっていた。
罠を仕掛けた場所までエセル一人では辿り着けなかっただろうが、ローラスがいたので全く道に迷わずに済んだ。
ローラスは道を覚えているのではなく、「周囲の木々や虫や鳥に場所を尋ねている」のだそうだ。
それがドライアドという種族にできる特殊なやり方なのだそうで、「エルフのエセルさんも似たようなことができるはずですよ」と言われたけど、やり方がさっぱりわからなかった。耳を澄ませても聞こえてくるのは梢同士が擦れ合う音やピィピィと鳴く鳥の声だけで、欲しい情報を得ることが出来ない。
「わたしって、もしかして、落ちこぼれエルフだったのかな」
そんな風にしょぼくれてしまう。
「そんなことありませんよ。記憶がなくなって忘れているだけでしょう。きっとそのうち思い出しますよ」
とてもローラスの慰め通りに行くとは思えなかったけど、気持ちが嬉しかったので、頷いておいた。春から夏に季節が変わるほどメイホウの森で過ごしたけれど、エセルは何も思い出せていなかった。
この先、自分のことをちゃんと思い出せるのか……考えると少し不安になる。
エセルの後ろ向きな思考を断ち切るかのように、ローラスの柔らかい声がエセルの耳に届く。
「それよりも。エキナリウスを図書館に連れて帰らなければ」
ローラスがきっちりと籠の蓋を閉め、籠を吊るしている麻の紐を外す。
「一つ持っていただけますか」
「うん」
そうだ、今は目の前のやることに集中しないと。
エセルは気を取り直し、ローラスから籠を受け取った。
ローラスが籠二つ、エセルは一つ持って魔法図書館までの道を戻る。
エセルの持っている籠には丸々太ったエキナリウスが入っていて、中でくつろいでいた。
このお腹の中には昨日まで籠にいた本喰い虫が入っているのかな、と考えると少し恐ろしくなるので、頭を振って考えないようにする。
ローラスの持つ籠には二匹ずつエキナリウスが入っているが、もう少しスリムだ。
「エキナリウスの毛が青白いのは魔力が宿っているからなんですよ。小さくても強い魔法力を持つ魔法生物なんです」
「へええ。何ができるの?」
「感覚が鋭いので、他の生き物の気配を一足早く察知します。だからうまく本喰い虫が隠れていても上手に見つけ出すんです。あとは、敵に気がつくのも早いですよ」
「すごいんだね」
エセルは両手で抱えた籠の中を見た。エキナリウスは背中を籠に預け、後ろ足を投げ出して座り込んでいる。籠に入れて運ばれているというのに危機感はないらしい。エセルたちを敵だと思っていないのだろう。それも感覚が鋭いが故にわかることなのだろうか。
ラベンダー畑を通り過ぎ、トンネルのように繁る金鎖の花の下を通り過ぎれば、もう魔法図書館はすぐそこだ。
石造りの魔法図書館の中に入ると、傾斜のついた長机に籠を下ろす。
エキナリウスは籠の中で二本足で立ち上がり、しきりにフンフンと鼻を動かしていた。
「ちょっと興奮してる?」
「本喰い虫の匂いを察知して興奮してるんでしょうね」
「エキナリウスって、本喰い虫だけ食べてればいいの?」
「図書館にいるときはそうです」
「寝る場所は?」
「暗いところを好むので、目立たない穴ぐらのような場所で寝ます」
「おトイレは?」
「排泄は外でするようにしつけないといけないですねぇ。でないと図書館中が大変なことになります」
「それって、わたしでも教えられるかな」
エキナリウスの生態について質問攻めするエセルをローラスが見下ろした。
「エキナリウスが気になりますか?」
「うん」
「なら、彼らのお世話はエセルさんにやってもらうことにしましょう」
「えっ……ほんと? できるかな」
「彼らは知能が高いので、教えるのは簡単ですよ」
「じゃあ、やってみる。やってみたい」
「ええ。やってみましょう」
ローラスの柔らかい笑みに背中を押され、エセルははりきった。
(エキナリウスのお世話、がんばろう……!)
そうしてもっとみんなの役に立つんだと、両手を握りしめて心に誓った。
エセルの毎日に「エキナリウスの世話」という項目が追加された。
「オシッコとかうんちは、お外ですること」
「チィ」
「チチッ」
「寝るところは、作ってあげるね」
「チチィ」
「本喰い虫はどんどん捕まえていいからね」
「チィ!」
「チチチチィ!」
最後の言葉への反応がとてもいい。早く籠から出せと言わんばかりに、籠をカリカリと前足でかいて訴えてくる。エセルはくすっと笑ってから籠を開けてあげた。
「じゃ、よろしくね」
「チィーッ!」
高い鳴き声を出しながら、四つ足で全力で駆けて、魔法図書館中にちらばる。すごい勢いだった。




