「本喰い虫」駆除大作戦①
それは、エセルが魔法図書館の本を読み進めている日々の中で突如発生した。
夏の男神が絶好調に力を奮い、ギラギラと輝く太陽の光が眩しく、外にいるとくらくらしてくるような日のことだった。そんな日は魔法図書館の中にいるのが一番いい。朝早くや夕暮れ時は散歩をしても吹く風が涼しさを含んでいて心地よいのだが、日中に外にいるのは自殺行為だった。
魔法図書館内はなぜだかひんやりと心地いい。
きっと、石造りの建物が外気温を遮っているのだろう。もしくは魔法のせいかもしれない。
エセルは未だ魔法を使えないが、それより何より物語を読むのが楽しくて仕方がなかった。本も順番に読んでもらうのを待っていることだし、期待に応えるためにもエセルはせっせと本を読む。
今日も静かに読書をする日になるはずだった。
「ローラス! ローーーーーラス!!!」
けたたましいフィカの大声が館内の静寂な空気を切り裂いて轟く。あまりの声量に、天井から埃が雪のようにはらはらと舞い落ちてきた。
名前を呼ばれたローラスがいつもと変わらないのんびりとした様子で上を向き、集中力が途切れたエセルも何事かと本から顔を上げた。
フィカが上空から降りてくる。ものすごい勢いだった。床にぶつかるのではないかという速度で、もはや降りてくるというより落ちてきていると言った方が正しいくらいだったが、高度を下げたフィカは空中で勢いを殺し、床に激突することなく、ふわっとドレスローブの裾が揺れるだけだった。
「どうしたのです、図書館内で大声は禁止だと言ったのはフィカの方でしょう」
「そうだけど! これ見てよ!!」
フィカが目の前に差し出してきたのは一冊の本だった。ページを開いているその本は、開かれたページの端がかけていた。歯を持つ何かに齧られたかのようだった。
それを見たローラスが全てを悟ったかのように、深い深い、それは深いため息をつく。
「あぁ……今年もまた『本喰い虫』の季節がやってきたんですねぇ」
「そうなのよ。全力で駆除しないと」
「あのう……本喰い虫って??」
疑問符を浮かべるエセルに、フィカが怒りが冷めやらぬ様子で説明をしてくれる。
本喰い虫とは夏の間に大増殖する虫で、虫という名前がついているがコウモリのような姿をしているのだという。魔力が大の好物で、特にこの魔法図書館の本に込められている魔力を、本を齧ることで摂取しているらしい。本が痛むし、魔力は持っていかれるし、魔力を食べた虫がどんどん増えていくしで、実に迷惑な虫だということだ。いくら駆除しても毎年夏になると現れて図書館内で本を食い荒らすのだという。
「そんなのがいるんですね。本を食べちゃうなんて、大変」
「だから駆除が必要なのよ。これがまた大変なのよね」
腕を組んだフィカが、キッと頭上に鋭い視線を送った。今は見えないが、図書館中にうごめく本喰い虫を睨んでいるに違いない。
エセルとしても同意見だ。こんなに面白いことが書いてあって、しかも貴重だという本を食べてしまう虫がいるなんて、どうにかしなければいけないだろう。
本を食べるのは、よくない。
エセルもそんなことくらいはわかるようになっていた。
「エセルちゃん、悪いけど読書は一旦中断よ。本喰い虫退治をするわ」
「はいっ」
エセルはフィカに力強くそう返事をし、今読みかけの本をパタリと閉じた。どこまで読んだのかは、作者が覚えてくれていて、また読む時に続きのページを開いてくれる。だからエセルはいちいちページ数を覚えておく必要がない。
読者を心待ちにしていた本の作者だけが、この思わぬ事態に「むぅ」と少しだけ残念そうな顔をしていた。
かくして本喰い虫駆除大作戦が幕を開けた。
「本喰い虫はすばしっこい上に気配を消すのも上手でね。なかなか捕まえられないのよ」
「フィカさんの魔法でどうにかならないんですか?」
「まず無理ね。図書館内だから燃やすのも水責めにするのも無理でしょう? そんなことしたら蔵書ごとダメになるわ」
「じゃあ、どうやって……」
「そこで、本喰い虫の天敵になる魔法生物を探すのよ」
「天敵?」
「そ。エキナリウスって名前なんだけど、見た目はまぁ……ハリネズミみたいなやつね。あ、エセルちゃんハリネズミわかるかしら」
エセルは少し考えて、身体中に針が生えている丸っこい生き物が頭に浮かんだので頷いた。
「じゃあ話は早いわね。エキナリウスは魔力によって青白い色の毛が生えているハリネズミっぽい生き物よ。普段はメイホウの森の土の中に潜って暮らしているわ。主食はヘビ、カエル、カタツムリ、ネズミ。大好物は本喰い虫。だからエキナリウスを捕獲して図書館に放つと勝手に本喰い虫を探し出して駆除してくれるけど、そのためにまず本喰い虫をアタシたちで探し出して捕まえて餌にしてエキナリウスを誘き寄せないといけないわ」
「本喰い虫を見つけるためにエキナリウスが必要で、そのためには本喰い虫が必要で……???」
どっちが先に必要なのか、どっちを駆除するのか。
エセルの頭の中で、本喰い虫とエキナリウスがぐるぐる追いかけっこを始めてしまった。
そんな様子のエセルを見て、フィカがわかりやすく一言。
「とにかくまずは本喰い虫を最低一匹、探すわよ。本の隙間とか本棚の端にいるはずよ。各自、散開! はじめ!」




