おとぎ話全集 エドマンド・ニールセン著③
「聞いて聞いて、フィカ! 物語って、すごいんです!」
「どしたのよそんなに興奮して」
午後のお茶会の時間、図書館から飛び出したエセルは興奮冷めぬ様子で座るフィカの膝にダイブするとそう切り出した。
「レインワーズ先生にすすめてもらった『おとぎ話全集』が! とっても面白くって! まるでフィアーチェとビーがすぐそこにいるみたいで! わたしもお話の中にはいっちゃったみたいで! すごいんです!!」
「わかったから落ち着きなさいよ」
「落ち着くです」
「ですのです」
ロフとロネがエセルの前に置かれたティーカップにお茶を注いでくれた。それを手に取り、ひとまず喉を潤す。
「あれっ、今日のはいつものと違う?」
「カモミールティーにしてみたです」
「心が落ち着くいい香りのお茶なのですよ。エセル様でもそのまま飲めるのです」
「本当だ、ミルクも砂糖もなくてもおいしい」
いつもの紅茶はそのまま飲むと渋くて苦く感じるが、カモミールティーはハーブの味がしてほっとする。ほっこりしながらお茶を一杯飲み干したところで、フィカが「で、『おとぎ話全集』を読んだわけなのね?」と尋ねてきた。
「そうなんです。『花の妖精とミツバチの物語』が面白くて、絵も綺麗で、物語ってすごいんですね!」
「『おとぎ話全集』はダームスドルフに伝わる童話を集めたものだからね。特にあの一冊は挿絵も繊細で素晴らしいから、子供たちがこぞって読みたがったものよ。他の童話に比べても人気が高かったわ」
「他にも似たような本があったんですか?」
「ええ。なんせ最初に誰が書いたのかすら不明な古い物語だから、時代によってちょっとずつ変わっていってね。いろんな人が書いては本にしていたのよ」
「へぇ。他のも読んでみたいなぁ」
「残念ながら、他は残っていなくてね……持ち出せたのは図書館にあるあの一冊だけ」
フィカの顔が寂しそうに笑う。
それを見たエセルは、胸がちくりと痛んだ。
残っていない、持ち出せた。それはどういうことなのだろう?
そんな疑問を口にする前に、フィカが言葉を続ける。
「でも、原本を持ってこれて良かったわ。印刷本だと魔法力が宿らないから。まだ『花の妖精とミツバチの物語』しか読んでいないのかしら? 他の話も面白いから、ゆっくり読むといいわよ」
「はい」
エセルには、フィカの言う「原本」や「印刷本」の意味がわからない。
わからないが、とにかく魔法図書館にある本がとても面白いということだけはわかる。そこだけわかっていればいいのだと思う。
お茶会を終えて、再びエセルは魔法図書館へとこもった。
そしてエセルはかたまる。
「どうしよ……次のお話読みたいなぁ」
まだまだ「花の妖精とミツバチの物語」を完全に理解したとは言えないが、他の物語も気になる。
一体この先には、どんな話が広がっているのか。
うずうずが止まらず、椅子に座って本を開いたまま両足をパタパタ動かした。まだエセルの身長だと床に足が届かず、空中でぶらんとしている。
「読みたいなぁ〜読みたいなぁ」
『どうぞ、先を読むといいよ』
「え? いいの?」
『これは指南本ではないからな。物語は自分の好きなように読むといい』
「やったぁ!」
エドマンドから許可が出たので、遠慮なくエセルは次のページをめくった。
「ユニコーンと銀の乙女」というタイトルの物語らしい。
エセルは以前、『ラド』の文字の勉強の一環でユニコーンと会って以来、時々一緒に散歩をする仲だ。フィカの話だとユニコーンは人間族と仲良くならないらしいが、一体どんな話なのだろう。
わくわくしながらエセルは物語の世界へとのめりこんでいった。




