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魔法図書館の日常  作者: 佐倉涼@もふペコ料理人10/30発売
第一章 エルフの少女と魔法図書館

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おとぎ話全集 エドマンド・ニールセン著②

 レインワーズ先生の呼びかけに応じるように、一冊の本がふわりふわりと降りてくる。結構大きな本で、エセルの手の先から肘くらいまでの長さがある。しかしそんなに厚みはなく、『初めてのルーン文字』と同じくらいの厚さだった。 


「わ、綺麗な表紙!」


 エセルの手の上にぽすんと乗った本の表紙には、妖精や竜、ユニコーン、美しい女の人、武装した男の人とさまざまなものが描かれていて、それらを囲う曲線も繊細で美しい。タイトルの文字も凝っていて、目を奪われる。

 本の表紙からすすすっと半透明の姿が現れた。ローラスよりも年上に見える男の人だ。本の作者なのだろう。表紙の煌びやかさに反して、作者の服装は至って地味で、顔立ちもごく普通だった。


『本作を推薦していただけるとは、誠に喜ばしい。さすがはレインワーズ先生だ』

『まだ文字を覚えたてのエセルさんには、おとぎ話全集を楽しみながら読んで知識を蓄えてもらうのが最善かと思いまして』

『全くその通り。本作にはダームスドルフに住む者たちが子供の頃から読み親しんだ話が全て入っていますからね』

『ええ。きっとエセルさんも気に入ることでしょう』


 レインワーズ先生と話しこんでいた『おとぎ話全集』の作者はここで会話を切り上げてエセルを見上げた。


『さて、初めまして。僕はエドマンド・ニールセン。『おとぎ話全集』を執筆し、絵を描いたものだ。とはいえ話はダームスドルフに古くから伝わる話を編纂しただけだから、実質絵を描く方がメインと言えるかもしれないね』

「はじめまして、エセルです。この表紙の絵? を描いたのもエドマンドさん?」

『そうだよ。表紙だけでなく、中にもたくさん絵がある。ほら』


 表紙がひとりでに持ち上がり、ページが現れる。

 目次ページが過ぎ去ると、そこにも確かに絵が描かれていた。蓮の花の中に座っている小さな妖精とミツバチの絵だ。

 章題として「花の妖精とミツバチの物語」と書かれている。どういうことだろうとエセルは首を傾げた。


『本作は複数の短い話を集めて、僕が要所要所の場面を絵に描き起こしたんだ』

「短い話? ばめんを絵に?」


 全く意味がわからなくって、エセルの首がますます横に倒れていく。

 見かねたのか、ずっと黙って話を聞いていたローラスが横から説明を入れてくれた。


「エルフ族のエセルさんは私同様、文字という文化を知らないんです。今はレインワーズ先生に文字と簡単な文章を教わっただけなので、物語という概念を知りません」

『ああ! なるほどそういうことか。ならばやはり本作はうってつけだ』


 エドマンドが指を鳴らせば、一ページ、ぱらりとめくれて本題に入る。

 文字の大きさが大きく、行間も空いていて、読みやすい作りになっていた。


『説明するより、読む方が早い。読んでごらんなさい。エセルさんくらいの年齢の子にぴったりな内容になっている』


 エセルはこくんと頷くと、本を読み始めた。

 羅列されているルーン文字は、少し前までは意味不明な線と棒の塊にしか見えなかった。今ではそれらの持つ意味を、組み合わせた時に発揮する文章を読めるようになった。

 そしてエセルはこの日初めて「物語」というものに出会った。

 花の妖精フィアーチェとミツバチのビーの会話が繰り広げられる。フィアーチェとビーはさまざまなところに出かけ、優しい他の妖精に出会ったり、意地悪な虫に出会ったり、天敵の鳥に出会って食べられてしまいそうになったりしながら、どうにか生き延びていく。

 その文はまるで今この場にフィアーチェとビーがいるかのように生き生きと書かれていて、数ページごとに挟まる挿絵の効果もあってエセルを物語の中へと連れて行った。その挿絵も、当然のように姿が浮かび上がり、場面場面を再現するように動くのだ。しかも作者と違って描かれている通りの鮮やかな色彩で。ある時はフィアーチェとビーを乗せた花がゆっくりと川を下っていき、またある時は羽を撒き散らして襲い掛かる鳥から二人が逃れている。

 そんな風に文章と絵を追いかけて、フィアーチェとビーと一緒になってエセルもほんわかしたりハラハラしたりドキドキしたりする。

 それはエセルにとって未知の体験で、とてもわくわくするものだった。

 エセルが「花の妖精とミツバチの物語」を読み終えたタイミングでエドマンドが再び本から姿を現した。読書中はエセルの気が散らないように身を潜めていてくれていたのだ。

 両手を背中で組み、腰を折ってエセルの顔を覗き込む。


『いかがかな?』

「すごい……! すごい面白かったよ、エドマンドさん! 読みやすくって、あとあと、絵が動くのが綺麗だった! 絵って、動くんだね! すごいね!」

『それは何より。何度も繰り返して読むことで、意味のわからない箇所がわかるようになったり、より深く物語を理解できるようになる。はじめのうちは一つの物語を読み返すことをおすすめするよ』

「うん!」


 エドマンドのアドバイス通り、エセルはもう一度初めから「花の妖精とミツバチの物語」を読む。

 たしかに、先ほど読んだ時は文章の意味を理解するのに精一杯だった箇所が、もっともっとわかるようになり、同時に臨場感たっぷりに伝わってくる。しかも何度も繰り返し絵を見ることで、細かなことまで気がつけるのだ。とても楽しい。


「物語って、すごい……!」


 エセルはこの日、『おとぎ話全集』最初の物語を何度も何度も繰り返して読み返した。


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