辿り着いた先は——
——見えないものに手を伸ばす時、
ようやく自分が何を求めていたのか分かった気がする——。
***
『妖』。
この世ならざる者たちであり——この世では『生きていけぬ』存在。
そんな存在を救うために——『除霊師』という職業が存在する。
彼らの『信念』は——きちんと妖を住むべき世界に還すこと。
彼らの『理念』は——全員が幸せな生活を過ごせること。
不滅不殺。
除霊と言われているが、決して悪鬼羅刹な所業をすることは禁じられている組織。
だが——。
そんな組織に属していた——『一人の少年』はその掟を破った。
「…………」
『その少年』は月夜が照らす夜道にただ立ち尽くし、夜空を見上げていた。
煌めく星々に己の瞳を吸い込ませながら、ただ無心に——見つめていた。
やがて夜空に雲がかかっていく。見えていた星々が徐々に消失していき——やがて綺麗に輝いていた三日月も覆われてしまった。
少年は「……欠けた月が……」とどこか悲しむように呟く。
ポツリ。
そして、見上げていた夜空から雫が落ちてきた。
やがて勢いを増す雨。少年はただ無心にうたれる。
その目に覆い被さった濡れた前髪が酷く哀愁を漂わせていた。
「——なぁにしてんのよ、『京士郎』」
「…………『サクヤ』、さん」
声のした方へ顔を振り向かせる。
そこには傘を刺して佇む少女がいた。
艶のある黒髪が腰先まで伸び、きりりとした目。黒いセーラー服を纏ったその少女に、少年は虚に満ちた瞳を向ける。
「バカやったね、京士郎」
少女の呆れまじりにそう言った。
「……そうだな」
少年は嘲笑する。
「どうするの? これから」
「……どうもしねーよ」
「どうにかあるの?」
「……知らん。どうもならんかもな」
「学校も行ってないから学もない、職もない。友達もいない。そして——守るべきものもない。そんな奴が生きていけるほど現実世界は甘くないわよ」
「……だよな。どうしよーかな、ほんと……」
「……バカよね、京士郎」
「知ってる。そんなもん自分が一番」
「…………」
「………………」
一瞬の沈黙。
だが、「全く……」と少女が溜息を吐くと、こう切り出した。
「ちょっと、ツラかしなさい——。『あの人』が呼んでいるわ」
少女はそう呟いて、
クルリと身を回し歩き出した。
「……それが目的か」
少女の後ろをついていくように、その重い足取りを進めていく。
その瞬間、なぜだが若干雨が止み始めたのだった——。
***
雨が止んだ横浜市内。
帰宅する人々の群れの流れに逆らうように、少年と少女がゆっくりと歩を進めていた。
「……おい、どこに行くんだよ」
「…………」
「おいって……」
「黙りなさい。ただついてくればいいのよ」
「……何、怒ってんだよ」
どうにも機嫌が悪い様子の少女に、少年——『保谷京士郎』は眉を顰める。
「本当は、京士郎を連れて行きたくないのよ」
「……なんだよ、その不穏なセリフは……」
一体、どこに連れて行く気だ。
京士郎の胸中に不安が渦巻く。
「そもそも『ミヤビ』さんの家ってこっちだったか? 引越しした?」
「……」
前を歩く黒髪セーラ服少女——『二ノ宮咲耶』は肩越しに京士郎を睨む。
「……な、なんだよ」
「別に」
彼女の不遜な態度に、京士郎は余計に不安に駆り立てられる。
「……」
それから彼女——二ノ宮咲耶はとは口をきくことなく歩き進めて行く。
元々、口数が多いわけではないため別段気まずいことはないのだが……どうにも今日は虫の居どころが悪いみたいだった。
京士郎と咲耶が向かった先は、横浜の中心からやや外れた山の中。
周囲を木々で覆われた中でそびえ立つ大階段を登った先に——『屋敷』が建てられていた。
「なぁ」
「……」
「……なぁって」
「なによ」
やはり咲耶は機嫌が悪いようだ。
声音に怒気がたっぷり込められているのを感じる。
だが、京士郎はそれを承知した上でなお問いかける。
「やっぱり、ここどこだよ? ミヤビさんこんな場所に住んでないだろ?」
「……もうすぐ分かるわよ」
「……ったく、そればっかじゃねーか」
屋敷の玄関へと向かう二人。
玄関前に立つと、備えついているインターフォンを咲耶が押す。
(……表札)
その間、京士郎はチラッ、と玄関脇に備えている表札を見た。
そこには——『鬼城』と書かれていた。
(オニキ……? オニシロ……か?)
どっちだろう。それとも他の読み方なのか。
京士郎が妙なことで眉間に皺を寄せてると——すぐに目の前の扉が開かれ出した。
そして現れたのは——『青み』がかかった長髪の女性だ。
「やあ。よく来てくれたね、二人とも。入ってくれ」
凛とした声音でそう京士郎たちを出迎えた女性——『袴田都姫』に連れられて二人は屋敷の中へと入っていく。
***
屋敷の中は表から見た想像通りだった。
やけに広く長い廊下。
豪奢なシャンデリアたち。
何が良いのか分からないが、壁に飾られている絵画たち。
窓枠なんかすら立派なものに見えて仕方がない。
「やや、本当に君たちが来てくれて助かったよ。と、言うよりも『君』が実にちょうどいいタイミングでやらかしてくれたと言い直した方が正しいのかな」
「……はぁ」
先ほどまで謎の緊張感に身を包まれていたが、都姫のやたら呑気な口ぶりではその緊張が解けてしまう。
自分の後ろをついてくる咲耶なんかは未だ険しい顔つきのままなのだが……。
(まぁ、いつも通りと言えば……たしかにいつもあんな感じだしな……)
京士郎はなんとなく肩を竦めてしまう。
「それしてもやってくれたねぇ、京士郎。まさか『クビ』になるとは思わなかったけど」
「……都姫さん、どこまで知っているんですか」
「なぁに。ほんの触りだけさ。私は人から聞いた話は九割信じないさ。『事情』は本人から聞けばいいことだからな」
「……ほんと、『隊長』とは思えない発言ですね。もう少し周りの人を『信用』した方がいいですよ」
「あははっ、だからいつも言っているだろ。——『私は隊長ではない』と。皆が隊長。それでいいじゃないか」
「……ただ責任を人に押し付けてるだけじゃないすか」
「私は『責任』という言葉が嫌いだ」
「……全く、そうゆうこと他の人に言わない方がいいですよ?」
「安心しろ。こんなこと、『君たち』以外に言うわけないだろ」
「……はぁ」
そんな軽口を叩き合っていると、三人はとある扉の前で足を止めた。
「まぁ、積もる話しは一旦中でしようじゃないか。——まずは無事に『家族』が揃ったことを喜ぼう」
そう言って、扉を開ける都姫。
京士郎は(家族?)と眉をひそめつつ、開かれる扉の先へ視線を向けた——。
「え?」
不意を突かれたような声を漏らしたのは京士郎かそれ以外か——。
ただ、開かれた扉の向こう。
京士郎たちの視界に入り込んできたのは——『三人の少女』の姿だった。
「な——」
京士郎は部屋に入るや否や——驚きで声を漏らしてしまった。
「都姫さん、この人たちだあれ?」
「……ぬぅ」
幼なげな声音とやたら低い声音が京士郎を迎えた。
「……都姫さん?」
京士郎は問いかける。
都姫は? と何食わぬ表情を浮かべていた。
「まぁ、どうせ後で話すことだったから今言ってしまっても構わないか。——明日からこの子たちと『共同生活』をしてもらいたいんだ」
「——は?」
間抜けた声音を発する京士郎。
そんな彼に——三人の少女からの鋭い眼光がそそがれたのだった。