慌ただしいハコの中で——
「……おい」
日曜日の午前九時。
綺麗な朝陽を祝福するかのように小鳥たちが囀る中、俺——『保谷京士郎』は底冷えした声音を呟いた。
目の前に広がる乱雑な景色に、ただでさえ悪い目つきに険が増していく。
食器や洗剤の泡で見るも無惨になった台所。
ゲーム機や漫画が散らばったリビング。
そして極めつきは——。
「ぬぅ? 来たのか京士郎。今日もよろしく頼むぞ」
「あー! 京さん来たー! ゲームしよ! ゲーム!」
下着姿で出迎えて来た二人の少女に、俺の目からハイライトが完全に消え失せた。
「お前ら……せめて服を着ろっていつも言ってなかったけか?」
呆れに満ちた声音を発するも、対する二人は
「ぬぅ? 服なら着ているだろ。ほれ、お前がいつも大事そうに見つめている本の女子と同じ格好なのだが?」
「おい、何勝手に人のエロ本見てやがるんだ。……ってか、お前いつそんなシーン見たんだ? あの本は鍵付き金庫に入れているから、俺が読んでいる時にしか覗けないはず——」
「……そうゆうことだよ、京士郎」
口に咥えているポッキーをポキッ、と噛んだ銀髪少女は、いやらしい笑みと共にそう言ってきた。
俺は——今のやり取りを一切忘れることにした。
「そんで、お前はなぜ服を着ていない?」
かわりにターゲットを変えた。
やや幼なげで天真爛漫な朱色髪の少女へ冷めた目を向ける。
「え? これが京さんが好きな格好じゃないの?」
「よし、お前ら一旦俺と話し合いをする必要がありそうだな」
今後の俺にとってもとても重要な会議を開くことが今、決まった。
そして、俺はここまでの一切のやり取りを忘れることも今、決めた。
「……というか、『アイツ』はどうした?」
俺は脳内に真っ先に浮かんだ——一人の少女のことを口に出す。
「あー……『ユイ姉』のことですか……」
「ん? どうした? 何かあったのか……?」
目を逸らしている朱色髪の少女の様子に、俺は妙な胸騒ぎを感じた。
「おい、どうした。アイツ体調でも崩したのか?」
例にもなく、少しだけ心配してしまった俺はそう言うが——。
それを耳にした二人の少女は揃ってフイッ、と顔を逸らした。
そして。
その瞬間——俺の胸中で『とても嫌』な感情が湧き上がってきた。
「まさか……」
俺は突然の悪寒を感じつつ、急いでリビングを飛び出した。
「きゃあ!」
そして、廊下に出てすぐに少女の悲鳴が耳に入った。
……どうやら俺の嫌な勘は『正解』だったらしい。全く嬉しくない事実である。
「…………」
声のした方へ駆けつけた俺は、洗い場の前で呆然と立ち尽くしていた。
「うぅ……なんで……」
そこには、床一面に広がった洗剤。どうしたらそんな散らかるのかと言わんばかりに衣類たちが飛び散っていた。
「……こんなとこ、絶対アイツに見られたくないわ……ッ」
「お前、何やってんだ」
「——ッ! なんでアンタここにいるのよ!」
「なんでじゃねーだろ、ここは俺の家だ」
「なんで入って来てんのよ!」
「どうしたらそんなツッコミになるんだ!?」
女の子座りで今にも泣き出しそうな顔をしている青髪の少女に、俺はついつい溜息を吐いてしまう。
「まぁ、どうせあれだろ。お前の『いつも』のやつだろ? もういいから早くそこをどけ。あとは俺が片付けとくから」
「……」
「?」
突然、俯いた青髪少女——『ユイ』。
するとギュルルルルゥ——と盛大にお腹を鳴らした。
「……朝ごはん食ってないのか」
顔を真っ赤にさせながら、コクリと頷くユイ。
「はぁ……しょうがねーな。すぐ用意してやんよ」
こうして俺のやるべき仕事が増えていく。
ただ家に帰ってきただけなのに……。
それでも——なぜか、『こいつら』のことを見放すことはできないのだ。
「べ、別に、アンタなんかのご飯食べたくないけどッ、仕方なく! 仕方なく食べてあげるんだから!」
「どんなツンデレだよ。今更、そんなキャラ付けいらねーんだよ」
顔を真っ赤にさせて洗い場を飛び出して行くユイの背中を見つめながら——俺は観念したように溜息を吐き出す。
(はぁ……ほんと世話が焼ける)
なんで俺がこんな思いを……。なんて毎日のように溢れ出す感情に精一杯折り合いをつけて、俺は今日もこのやかましい『三姉妹』の面倒に付き合わなければならないのだ。
「ほんとにこうしてると、つい忘れちまうんだよな……」
——この三姉妹が『この世ならざる存在』であるという事実に。
「俺はただ——『責務』を全うするだけだ」
自分に言い聞かせるように、俺はそう呟くと——まずはあの三姉妹に朝飯を作ってやることに決めた。