はじまりはじまり~
ある日、頭が痛いと中学二年生の娘が学校を休んだ。
季節は晩夏から秋へ移り変わっているところ。まだ日中は暑くても陽が落ちると涼しくなって、季節の変わり目で風邪でも引いたかと、あまり大事に考えていなかった。世間はコロナコロナのまっただ中。
振り返れば、この日が娘の不登校の始まり。
起立性調節障害をはじめ諸々を患って不登校になり、医師から「今日で終診でいいですよ」と言ってもらうまでの約一年九ヶ月の話。
私が必死になって調べた時には、病気自体の解説はよくあったが、いわゆる『根性』とか『親の愛情』といった精神論も根強くて、私が知りたかったことをあまり見つけられなかった。治った人はどんな道筋を歩いたのかということと、治らなかった人はどうやって病気と付き合っていっているのかということ。
当時の私は、「甘えてるだけ」とか「親がしっかりしてないから」とか「這ってでも行かせろ」とか「教室に行ってしまえばなんとかなる」とか、そんな言葉を受け入れられる精神状態でもなかった。
病気に同じパターンはないかもしれないけれど、この話は、あくまで一個人の呟きとして、『こういう人たちがいたんだ』という一例として読んでもらえたらと思う。
そして、今闘っている人も闘い終わった人も、もしかしたら明日闘いが始まる人も、『うちだけじゃないんだ』と、少しでも思ってくれたら嬉しい。
私は、『なんでうちの子が、うちの子だけが』と強く思い、孤独を感じていたから。
ここでは、私が見て感じたことを日記というか箇条書きというか、できるだけ端的に書こうと思う。記憶をたどるので、盛っていることもあるし勘違いしていることもある。なのでこの話しはノン・フィクションではなく、事実を元にした、ただの物語。楽しい話ではないけれど、一つの区切りを迎えた私の気持ちの整理でもあるので、お付き合いいただければ幸いだ。