何者にもなれなかった者
大きな音が響いている。
大地が割れそうな音だ。
地震が続いている。
空が夜よりも重い灰色に包まれている。
そして、町に埃のように不快な物体が雪のように舞っていた。
もう何か月前から。
この町のほど近くにある大火山が噴火しそうになっていることは私も知っていた。
町に住む学者達がこんな目に見えた前兆が起こるずっと前から予測をしていたおかげで、今、多くの住民は避難をしていた。
いや、この町を捨てていたとでも言うべきだろうか。
彼らによれば、あの火山が噴火すれば町は火砕流により一瞬にして埋まるという。
「構うものか」
ヤケクソ気味にそう言うと目の前にあるキャンバスを見ていた。
僕は売れない画家だった。
そして、僕自身が自分に才能がないことを知っていた。
それなのに僕は自分を諦めることが出来ずにこうしていつまでもキャンバスと向き合っている。
何の意味もないことを知りながら。
とっとと逃げた方がいいことだってわかっていながら。
だけど、僕は。
「画家として死んでやる……」
そんな馬鹿げた意地でこの町に残ったのだ。
このまま生きていても、どこかで筆を折って画家を諦める人生だ。
ならば、この町で最後の画家として死んでやる。
そう心に決めたのだ。
震えながら、涙を流しながら、そして必死に抑え込んでいる後悔に包まれながら。
「死んでやる。絶対に、死んでやる!」
そんなことを乾いた口で必死に呟き続けた。
直後。
耳が割れるような大きな音を聞いた。
・
・
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画家の死後から数千年以上が経った時代にすっかり遺跡となった町で一人の死者が発見された。
伝えられる大噴火のあとに彼の遺体が残っていたのはまさに奇跡としかいいようがない。
火山灰により生き埋めになった彼の遺体が中で腐り空洞となっており、そこに石膏を流し込むことで彼の最期を再現したのだ。
たった一人、逃げ遅れた彼が何故この場所に居たのかは今となっては分からない。
しかしながら、この遺跡に残されたたった一人の死者として、彼の存在は今日でも有名である。