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第3話 色、色々

 ローデンヴァルト侯爵家の後見を受けて学院に入学してからは、お世話になっている侯爵家の顔に泥を塗るわけにはいかないと一生懸命勉強したし、日本では全く馴染みがなかった貴族的な事柄も頑張って学んだ。


 聖魔法を扱える聖女の聖月(みづき)さんだけでなく、私にもポーションのような薬を作るときに使う水魔法に適性があったのは不思議だったけれど、本当に幸運だった。

 将来、ローデンヴァルト家を出る時に手に職があれば、少なくとも野垂れ死ぬことはないだろう。


 必死に学んだおかげで十六歳で学院を卒業する今年、数ヶ月後の最後の試験で良い点を取れたら、王城の医薬品研究開発課に就職の推薦をしてもらえることになっている。


 ローデンヴァルト家の夫人は貴族の女性らしく、「わざわざ外に出なくともずっとおうちにいていいのよ」と言ってくれるけれど、この世界では卒業とともに成人する。大人になってもお世話になり続けるなんて私には無理だ。


 いらない子と思われるのはもうあきらめたけど、役立たずとか、ごく潰しとか、そういうふうに思われるのは耐えられない。


 優しい夫妻はそんなことは思わないだろう。けれど、お世話になっているこのローデンヴァルト家のお屋敷はいつか夫妻の一人息子であるアロイス様のものになる。


 まだ結婚はしていないが、彼は今年二十四歳。いつ結婚してもおかしくなく、そうなればこのお屋敷はアロイス様とその奥様のお屋敷だ。将来的には子供だってできる。

 そのなかで全く血の繋がりのない、それどころかこの世界の人間でもない私がいるのはどう見たっておかしいし、そんな状況でのうのうと生活できるほど私は図太くないのだ。


 そういえばアロイス様のお相手はどんな方なのだろう。

 当然いるはずの婚約者を、私は見たことがない。それどころか名前も聞いたことがない気がする。


 一ヶ月後に、このお屋敷でローデンヴァルト夫人のお誕生日パーティーが開かれる。その時に着るドレスの細かな調整を夫人と一緒に行いながら、私は首を傾げた。


 「どうしたの、ニコさん?」


 「いえ、……っあの、……アロイス、様は……っ」


 コルセットの具合を確かめるために背後からメイドさんにぐいぐい引っ張られ、肺から息を搾り出しながら私は答える。


 「いつ、ご結婚……され、る、の、か、と……うっ、婚、約者……さ、ま、は……いらっしゃらな……ぃ、の、で……」


 「ああ、あの子には事情があって婚約者がいないのよ」


 目を伏せて夫人が言った。透き通るような青い瞳に影ができる。

 重く陰鬱な影だった。


 「……婚約者が、いない……」


 嘘でしょ。

 私は鼻先だけで浅く息をしながら青ざめた。


 それはもしかして、私のせいだろうか。

 いくら聖女様と同郷とはいえ、私は異世界人だ。この世界の人たちにしてみれば不気味な存在だろう。


 それに私は今年、学院を卒業とともに成人を迎える。姿形がどうあれ、もう子供ではなくなる。

 家族でもなんでもない異世界の女がお屋敷にいることが、アロイス様だけでなくローデンヴァルト家の足かせとなっていたらどうしよう……。


 「まあ、顔色が悪いわ。もしかしてコルセットのサイズが合わないのかしら」


 「どうやらそのようです。ニコお嬢様のお胸が、採寸した時よりも大きくなっておられます」


 メイドさんの言葉に、夫人が嬉しそうにぽんと手を叩く。


 「ここに来たばかりは元気がなくって心配していたのだけれど、無事に成長してくれて本当によかったわ。じゃあコルセットを替えるついでに、お胸に合わせてもうちょっと大人っぽいドレスに変更しましょう!」


 「いえ! 私は、このドレスのデザインが気に入っておりますので!」


 放っておくと今すぐにもデザイナーを呼びつけて「一ヶ月後までに十着ほど、全部新しいデザインで作ってくださる?」をやりかねない夫人の勢いを、私は思わず大きな声で遮った。


 「そう? じゃあせめてアクセサリーをもう少し大人っぽいものに変えましょうよ」


 「ちょうど先日、アロイス様が軍の遠征先からニコお嬢様へと贈っていらしたイヤリングがございます。大人の女性にぴったりの美しいデザインでしたので、そちらになさったらいかがでしょう」


 夫人の隣で侍女長さんが笑う。


 私はゆっくりと外されるコルセットにほっと息をつきながら、アロイス様が贈ってきたというイヤリングを思い浮かべた。

 ゆるくウェーブを描いた銀の地にパヴェがあしらわれ、遠征先の特産品である大きな真珠が先端で揺れるのが特徴的なデザインだった。


 「パヴェは確か、魔付きだったわよね」


 「左様でございます。ローデンヴァルト侯爵家を表す緑鮮やかな風の魔石でございました」


 「そう……我が家の色ね。なら結構よ。それと合う指輪は亡くなったお義母様の輿入れの時の指輪があったし、ネックレスと髪飾りはわたくしが嫁入りの際に作ったものがあるわ」


 「あの、夫人、私は……」


 「なあにニコさん、そんなに心配そうなお顔をしなくても大丈夫よ」


 鈴を転がすような声でころころと笑いながら、夫人は私の頭を撫でて黒髪をすくい取った。


 「ニコさんが我が家のお金を使うことを躊躇っているのはわかっているわ。だから、アクセサリーはアロイスが贈ったもの以外は全部、貸し出すだけよ」


 今はまだ、ね。


 〝アロイス様は居候の私のせいで結婚できないのでは〟と、さっき頭をよぎったことが胸にもやもやと広がって、私は早く卒業して働きに出たいと焦りを覚えた。

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10歳以上までいらない子として育ってしまっては、自分と一緒に居たいと思ってくれる人が周りに既に居るなんて、概念から想像つかないだろうなぁ……。 昔幸せだったドアマットヒロインと違って、生まれついての放…
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