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第2話 報告書

 〝聖女のおまけ〟だったとしても自分たちの都合で呼び出した異世界人を、……しかもまだ十二歳の子供を、いらないからといって外に放り出すほどこの世界の人間は非情ではなかった。


 聖月(みづき)さんはもちろん王城で聖女として遇されることになったけれど、右も左もわからない私のためにも住むところを用意してくれた。

 王太子殿下と一緒に私たちを鑑定した魔術軍の支援術師団長様が世話役に手を挙げてくれて、その息子さん夫婦のお家に住まわせてくれることになったのだ。


 支援術師団長様の息子さん夫婦には、もうすでに成人した息子さん(――つまり支援術師団長様のお孫さん)がいた。

 だけどその息子さんは、おじい様である支援術師団長様と同じ魔術軍の支援術師団で要職に就き、第一線で活躍していて家にはめったに帰ってこない。夫婦二人きりの生活を送っていたところだったから、娘ができたみたいで嬉しいと夫妻は言う。


 私さえよければ養子縁組をして、うちの子にならないかとまで言ってくれた。

 とても嬉しかったけど、申し訳なくて断った。


 実の親にすら必要ない子として扱われていた私だ。夫妻の優しさに見合う価値が私にあるとは思えなかった。


 それでも後見人になってくれたおかげで貴族しか通えない学院(そう、支援術師団長様は代々続くローデンヴァルト侯爵家という貴族のおうちの当主様だった)にも十四歳から三年間通わせてもらえることになった。元々勉強が好きだった私は、これには感謝しかない。


 聖月さんは泣きたい気持ち、日本が恋しい気持ちに蓋をして、聖女の仕事を頑張っていた。

 すぐに聖魔法を習得して、結界が壊れそうになっている遠い地方へ彼女自ら赴いて、邪気に侵された土地を浄化した。


 求められてこの世界に来た聖月さんがあんなに頑張っているのに、〝おまけ〟でこの世界に来てしまった私が何もせずにこの世界の人たちの世話になるわけにはいかない。

 彼女の努力を見て、私も頑張ろうと思った。


 聖女様の邪気浄化と結界修復の旅に同道していた支援術師団長のお孫さん――アロイス様も、ローデンヴァルト家に居候することになった私を気にかけてくれるようになった。


 聖女様の旅は危険を伴うものだった。

 行き先によっては立ち入るだけで危険な場所や人が住めないような場所もある。けれどアロイス様は必ず一度は旅先から手紙をくれた。


 この世界には〝魔法〟という現象がある。魔法を発動させるには〝魔力〟というものが必要で、その魔力を持った生き物は地球にはない姿や生態をしている。

 私にはめずらしいけれど、この世界ではありふれたもの。魔法のせいで普通とは違った成長をした動植物などを、アロイス様はその手紙で私に教えてくれた。


 「虹色の花を見た」とか「光る蝶がいた」というふうにメモ用紙のような紙に一言だけ書かれたものもあったし、ざっくり描いたスケッチを送ってくれたこともあったし、ちょっと萎れた草の束や石ころ一個だけがお屋敷に届いたこともあった。


 きっと子供宛にどんなことを書いたらいいのか、わからなかったのだと思う。

 詩的な表現の挨拶や貴族らしい言い回しで書かれた手紙を読んでも、おそらく私は混乱してしまって内容を半分も理解できなかったに違いないから、ちょっとそっけないくらいのアロイス様の手紙がとても楽しみだった。


 私は誰かから手紙をもらうのは生まれて初めてだった。日本にいた時はスマートフォンでのやり取りが普通で手紙を書く機会はなかったし、私はスマホを買ってもらえなかったから、学校の友達ともメッセージのやり取りをしたことがない。

 誰かから私を気にする言葉を、こういうふうに文字にしてもらえるというのはそれだけで嬉しかった。


 でもアロイス様の手紙に返事をするのはすごく緊張した。手紙をもらったことがないから、返事を書いたこともない。

 経験がないからどういうことを書けばいいのかわからなくて、昆虫の生態についてや花の咲き方についてなんていう、本で調べたことばかりを書いてしまっていた。


 はたから見れば報告書のやり取りか、調べ物の宿題を提出するかのようなやり取りだったと思う。


 現に私たちの手紙について、旦那様どころか夫人さえちょっと困ったような顔をしていた。

 のちに学院で手紙についての作法を学んでから、私たちのやり取りが庶民の間でもあり得ないほどぎこちないものだったことを知った。ローデンヴァルト夫妻のあの微妙な顔にも納得である。


 でも私は、その報告書か宿題みたいな手紙のやり取りがとても楽しかった。

 もしかしたら、生まれて初めて〝楽しい〟と思った人との繋がりだったかもしれない。


 ローデンヴァルト夫人は息子の手紙に目をぱちぱちさせながら申し訳なさそうな顔をしていたけれど、旅先からアロイス様の手紙が届くたびに私の胸は高鳴った。

 私は植物や昆虫や石が大好きだったからだ。


 日本にいた時はお姉ちゃんや弟の習い事のお迎えがすむまで公園で待っていた。

 アリの行列を見ていればどれだけでも時間が潰せたし、公園で見つけた気になる植物を持って図書館に行けば、たまに司書さんが植物辞典で一緒にその植物の載っているページを探してくれた。


 公園に落ちている石には白いキラキラした筋が入っているものもあって、そういう綺麗な模様の石は一人で何時間でも見ていられる。


 ましてこの世界にしかない魔力を持った動植物や鉱物は、私にとっては当然今まで見たこともないめずらしいものばかりだった。


 この世界のものをじっくりと調べるのはすごく楽しかった。

 そんなわけはないことはわかっているけれど、この世界のものについて調べれば調べるほど、私もこの世界に馴染んでいって、そのうち誰かに必要とされる子になれるんじゃないかとすら感じていた。


 生態系を支える植物や昆虫みたいに、宝石として選ばれる石みたいに、魔法を使うための魔力みたいに。

 「ニコだから必要なんだ」と言われる日がくるかもしれない、なんて夢をみた。


 そういうふうに、私がこの世界に馴染むさまをゆっくりと見守るようなアロイス様との手紙は私の宝物になった。

 学院に入ってからは学院の図書室で、その前はローデンヴァルト家の書庫で、アロイス様がくれた手紙に書かれた動植物や石について調べるのはとても心躍る時間だったのだ。

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