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第11話 幸せだよぉ……!

 恥ずかしいことに、私はあまりに泣きすぎたせいで熱を出して倒れてしまった。


 それを聞きつけた聖月(みづき)さんは翌日すぐにローデンヴァルト家の私の部屋までお見舞いに来てくれて、泣いたせいでむくんだ顔と腫れた目を見て悲鳴をあげた。

 そして日に二度しか使えない〝聖女の光〟という、四肢の欠損どころか一晩心臓が止まった程度なら生き返らせることができるという回復魔法を迷うことなく私の顔面に向けて放ったのだった。


 泣いてむくんだ顔を癒すためだけに、〝奇跡の光〟ともよばれる魔法を受けてしまった恐ろしい事実にベッドの上で固まって震える私を抱きしめて、「アロイスさんのことが泣くほど嫌ならあたしがニコちゃんを王城で守る!」と聖月さんが泣いた。

 何を言われているのかわからずさらに固まる私に、ぐずぐず鼻をすすりながら聖月さんが続けた。


 実はローデンヴァルト侯爵家が私のことをアロイス様の婚約者に据えようとしていたことを知っていて、十二歳の子供を二十歳の男の妻にしようとするのは、本人同士に愛があっても日本では犯罪だからと止めていた、と。

 それは確かに、そう聞くと私も反対するだろうと思った。


 ただ、ローデンヴァルト家がそう考えたのは、〝聖女と同じ世界から来た少女〟に対して政治的価値を見出した国王陛下が、とある国との絹の貿易で関税率を下げるかわりに王弟殿下の十数番目の側室として差し出そうとしていたことが原因だった。


 それを止めるには王家に――というよりも国王自身に貸しがあるローデンヴァルト家の養子になるか、アロイス様の婚約者として家に住まわせるのが一番安全である。という言い分ももっともだと思ったことを、聖月さんは涙ながらに言った。


 「ごめんねニコちゃん。あたしが聖女だったばっかりに、ドラッグストアでちょっとぶつかっただけなのにこんなことに巻き込んじゃって……」


 泣く聖月さんの声はいつものカラッとした明るさは影を潜め、心の底から申し訳なさに泣いているのがわかった。

 私はその時初めて、自分に価値があることに悩むこともあって、そのせいで泣くこともあるのだということを知った。


 「だけど結婚なんて一生のことじゃん。せめてちゃんとこの世界のことを学んで学院を卒業する十六歳まで婚約とかは待つべきだと思ったし、それ以上のことは最低でも十八歳、できれば二十歳まで待つべきだとも思って。ローデンヴァルト家のみんなには、ニコちゃんにそういうことを伝えるのはやめるように言ったんだけど……」


 なんかニコちゃんと文通するアロイスさんは日に日に人間っぽくなってくし、それを見たローデンヴァルト家は大喜びでめっちゃ外堀埋めてくるし! と、大きな瞳に溜まった涙をぐいっと拭って聖月さんは続けた。


 「ローデンヴァルト家やアロイスさんに大事にされてるのを知ってたから、ニコちゃんがアロイスさんを好きならこのままでもいいかって思ってたんだけど……まさか、話し合いのその日に泣いてぶっ倒れるほど嫌だったとは思わなくて」


 「いえ、あの、嬉しくて泣けたんです……」


 アロイス様の名誉のためにも慌てて訂正すると、聖月さんはぎゅっと唇を閉じ、限界まで眉根を寄せた。


 「……ほんと?」


 「はい」


 「悪い大人に騙されてない?」


 「ないです! 大丈夫です!」


 「ほんとにほんと? 今は王様よりあたしのほうが偉いから、ニコちゃんがちょっとでも嫌ならあたしがちゃんと守れるからね? アロイスさんだろうが王様だろうが他国のロリコンハーレム野郎だろうが全部なぎ倒せるからね!」


 「ありがとうございます! でも大丈夫です! ちゃんとアロイス様が、好きなので!」


 きっぱりと言いきった私に、聖月さんが少し驚いた顔をした。

 気負うことも卑屈になることも恥じることもなく素直にぽんと飛び出した言葉に、私自身もびっくりしてしまった。


 「――そっかぁ」


 聖月さんが花が咲くように笑った。


 「よかった」


 笑顔のまま、聖月さんはぼろぼろと涙をこぼし始める。


 「あたしのせいでニコちゃんの人生めちゃくちゃになっちゃったから、あたし、この世界で絶対ニコちゃんだけは幸せになってもらいたいんだ」


 「聖月さん……」


 「ニコちゃん、幸せ?」


 ぐずっと鼻をならして聞く聖月さんを、私はさっきまでとは逆に抱きしめた。


 「幸せです。アロイス様に会えて、ローデンヴァルト家のみなさんに親切にしてもらえて、すごく幸せです」


 アロイス様にこの世界にいていい理由をもらえて、昨日は幸せで泣いてしまった。手放せと言われたら死んでしまうかもしれないくらい、アロイス様がくれた全部が嬉しかった。


 同時に今日、〝役割〟がある人の苦悩が知れてよかったと思った。

 何も知らずに過ごしていた私をずっと守ってくれた人たちがいたことを知れて幸せだと思った。


 私は必要とされていない人間だから誰の目にも止まらないのだと思っていたけれど、もしかしたら日本にいたころの私のことを、何も言わないけれどずっと見守っていてくれた人がいたかもしれないとも思った。

 たとえば公園で引っこ抜いた花の名前を一緒に図鑑を開いて探してくれた図書館の司書さんや、具合が悪いときに必要なものを教えてくれた保健室の先生みたいに。そう思えば日本での記憶も苦いばかりじゃない。


 でもそれは全部、この世界に来なければわからないことだった。

 人生をめちゃくちゃになんかされていない。むしろ聖月さんに救ってもらったのだ。


 心の底からそう思った。そしてこういう時にどんな言葉を言えば聖月さんに感謝を伝えられるのかわからない自分がもどかしい。そう感じて、いや違う。と、心の中のもやもやを振り払った。


 私は知っているじゃないか。こんな時……自分のしてきたことや自分自身に自信がなくて泣いている相手に何を言えばいいのか、私は昨日、身をもって体験したではないか。


 「聖月さんにこの世界に連れてきてもらって、私はとても幸せです。ありがとうございます」


 アロイス様が私にしてくれたように、もう一度聖月さんを抱きしめて、精一杯の感謝の言葉を言う。


 「にっ……ニコちゃぁぁん……! ごめんねえ! あたしも、ニコちゃんが一緒にいてくれて幸せだよぉ……! ありがとう!」


 私より年上なのに子供みたいにえーんえーんと泣く聖月さんを見ていたら、私もつられて泣いてしまった。


 そして騒ぎに気がついて駆けつけたアロイス様に泣きながらしがみついて、一緒になって全力で泣いて笑ってくれる人がいる幸せと、それを全部受け止めてくれる人がいる幸せを、私は噛みしめた。

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― 新着の感想 ―
とりあえず畜生の「国王」とかいう価値のある男は、暖色趣味(あいまいな表現)のある国の王弟殿下の十数番目の側室として差し出したら良いんじゃないかと思います まあ多分聖女様が聞くも恐ろしい落とし前つけて…
聖月さん、ガチの聖女様やんけ……! そして国王様、必殺の全部あいつが悪いの贄にされそうな匂いがするw
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