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第二部 Good End Route

作者からのお願いです。

この作品は、性行為、犯罪、その他様々な不快要素を含んでおります。

苦手な方は申し訳ありませんが、ページを閉じてください。

また、本作品は犯罪その他を推奨するものではありません。


この物語はフィクションです。

実在の人名、地名、事件その他は現実とは一切関わり合いはありません。

ご了承ください。


前置きが長くなってしまいましたが、本作品が第ニ部です。


また、本作品の一部分は前作を引き継いでおります。

微妙な変化もあるかと思いますが、ご理解をお願いいたします。

(中間部読み飛ばし推奨です)


三部構成の第二部となっております。 それでは上記を理解された方のみでよろしくお願いします。

春の温かさを少しだけ感じられるようになった3月のある夜。


「貴也さん、ちょっといい?」


久しぶりにとる二人での夕食後の短い時間。

私は夫に声を掛ける。

彼は携帯を閉じて私を見る。


「……どうした?」

「あのね、私と別れてほしいの」


結婚してもう3年が経った。

きっと夫も理由を聞けば分かってくれるはず。


「……なんで?」

「……え?」

「いきなり過ぎるだろ?

せめて理由くらい教えてよ」


表情に大きな変化はないけれど、それが逆に全てを見透かすような目をしている。


「…それ…は…私が……」

「私が?咲ちゃんが何かした?」

「あなたを…裏切って…」

「俺を?いつ?」

「それは……」


それは思い返したくもない数日前の出来事。

今でも思い返せば涙が出る。

吐き気と頭痛、そして自ら死にたくなるような出来事。


(正直に話そう、最後にこの人に嘘をつきたくない)


それが私の選んだ結論だった。


〜3月〜


「ねぇ、本当に少しでも顔出せないの?」


久しぶりの高校の同窓会。

全員ではなく有志のみの小さなものだけど、それでも卒業して10年も経てば懐かしさも一入だ。

地元を離れてしまった人が多い中、残っている人たちだけで集まろうと誘われた。


「うん、忙しくて終わる時間がよめないし、何より初めて任された大きなプロジェクトだからね。

できるだけ万全の準備をしておきたいんだ。

それに来るのはほとんど女の子たちなんだろ?

俺の分まで楽しんできてよ。

でも飲みすぎないようにね?」


「えぇ、わかってるわ。

私達の結婚式以来だから、短くても3年か。

会わない人はそれこそ卒業式以来かな?

みんな年とったんだろうな……。

まぁそれは私たちもか」


集合場所は通っていた高校の近くに新しくできたカジュアルな洋食屋さん。

最近は気を抜くことが多かったけれど、今日は久しぶりにお洒落をしよう。


渋滞に巻き込まれてしまったけど、なんとかギリギリ間に合った。

パッと見て分かる人もいれば、誰だかわからない人もいる。


私はとりあえずみんなに挨拶をして、仲の良かった子たちのところに合流する。

時間となり、幹事の子を先頭にお店に入ると、なんとオーナーは同級生の坂梨くんだった。


(なるほど、だからこの店だったのね)


私達の高校は立地が少し不便なこともあって、なぜ繁華街ではないのか不思議だったが納得した。

どうやらお店は貸切にしてくれたらしく、他のお客さんに気を使わなくていいのはありがたい。


乾杯をしてお酒を飲み始めると、昔話に花が咲く。

それが一段落すると、次はみんなの近況の話になる。

私が貴也さんと結婚したのはほとんどの人が知っていた。


「でも咲が御崎くんとくっつくとはねー。

高校時代は御崎くん大人気だったのに、誰かと付き合ったって話聞いたことなかったから驚きだよ」

「ほんとそれ。

しかもT大卒で今は大手商社勤務でしょ?

めっちゃ勝ち組じゃん」

「いやー、ほんと羨ましいわ。

うちの旦那も少しは見習ってほしい」


貴也さんを褒められると嬉しくなる。


「でも仕事すごく忙しそうだよ?

出張だって多いし、午前様なんて当たり前だもの。

休みの日も仕事してるみたいだし、体壊さないか心配で」


「はーー、惚気かよ。

だいたい咲も男子から人気あったのにそういう話なかったよね?」

「あー、そう言えばそうだったかも。

でも御崎咲みさきさきって語呂悪くない?」


そう、それだけが私が結婚する時に感じたコンプレックスだった。

まさかさきが続くなんて……。

まぁそれ以外は幸せだからいいのだけれど。


私は別の人に話を振り、この話を強引に終わらせる。

みんな仕事や家庭、彼氏や旦那のことを話していた。


「おぅ、取り敢えず料理はこんなもんだな。

他に食べたいのがあったら個別で注文してくれ」


ある程度調理をし終えたのか、坂梨くんが席についた。

みんながそれぞれ今日のお礼を伝える。


坂梨くんはちょうど空いていた私の前に座り、ビールを飲み干す。


「高柳…今は御崎か。

久しぶり、元気してた?」

「うん、まぁぼちぼちね。

坂梨くんは?」

「あぁ、俺もぼちぼちかな。」


当たり障りのない会話を交わす。

私は実は坂梨くんが苦手なのだ。

高校の時に告白されて断ったこともあるが、調子が良すぎると言うか何を考えているのかわからないと言うか…。


まぁ今日見た彼は真面目に働いているようだし、今さら昔のことを掘り返すこともない。

実際料理は美味しかったし、昔のチャラさも無くなっているように見える。


近くの数人で料理の感想等を話していると、携帯が鳴った。

確認したら、貴也さんから少しトラブルがあって、今夜は帰れなさそうとのことだった。

ため息を吐きつつ携帯を鞄にしまうと、そこを見られていたのか声をかけられた。


「浮かない顔してるけど何かあった?」

「いえ、たいした事じゃないの」

「えー、なになに、何の話?」

「いや、御崎がため息ついてたからどうしたのって」

「え?咲、どうしたの?」

「ほんとにたいしたことじゃないのよ。

貴也さんから今日は帰れなくなったって連絡がきて。

なにかトラブルがあったらしいの。

最近ずっと忙しかったから体が心配でね」

「あー、仕事できる人は大変だねぇ」

「でも忙しくても二人の時間は作ってくれるから余計心配でね。

ほんとはゆっくり休んでほしいんだけど、二人で居られるのは私も嬉しくてつい甘えちゃって」

「あー、また惚気かよ!

はいはいごちそうさま!」


惚気と言われるとその通りかもしれないが、心配なのも本当なのだ。

特にここ最近は睡眠時間もまともに取れていないと思う。


「じゃあ御崎はその間ずっと家に一人でいるの?」

「まぁ家のこととかしてるしね。

家で一人でも何かとやることはあるのよ」


その後は席を変わりながらおしゃべりに花を咲かせた。

時刻も夜9時近くになり、場はお開きになる。

何人かは家のことがあるので帰ると言ったので、私もそれに倣う。


「えー、咲はいいじゃん!

もう一軒行こうよー。

どうせ帰っても一人でしょ?」

「そうそう、旦那さん帰ってこないなら今夜くらい羽伸ばしても叱られないって!」

「ねー。

それに私も今の彼氏と結婚するか悩んでるから、経験者に相談乗ってほしいしー」


友達たちにそう言われてしまってはなかなか断りづらい。

それに10年ぶりに会う友人たちともう少し話もしたかった。


「んー、じゃあもう少しだけ付き合うね。

でもほんとに少しだけだよ?」

「おー、さすが咲!」


帰る人達と別れを告げ、坂梨くんの知り合いがやっているというバーに移動する。

お店は大丈夫なのかと思ったが、この時間からこんなところまで来る人は普段から少ないらしい。

それに自分も飲み足りないし話足りないとのことだった。


まぁそれもそうだろう。

ほとんどの時間厨房で働いていたのだし、配膳はバイトの子がしていたのでゆっくりできる時間はなかったはずだ。


2台のタクシーでバーに向かう。

その間に私は貴也さんに2軒目に行くとメッセージを送った。

暫く待っても既読がつかないので、余程忙しいのだろう。


バーは静かで雰囲気のいい店だった。

他にお客さんはいないようで、これなら少しくらい騒がしくても迷惑にはならないだろう。


6人での昔話は大いに盛り上がった。

誰と誰が付き合っていたとか、誰が振られたとか等の淡い恋の話。

そんな中で一人の友人がとんでもないことを言いだした。


「そういえば坂梨って咲に告ってなかった?」


正直やめてほしいと思う。

当事者二人がこの場にいるのに、なぜそんな話題を振るのかと。


「おー、忘れられてなかったか。

高3だったか?

あっけなく振られたけどな」


気まずい私を他所に、彼はあっけらかんと答える。

その後もその話を続けそうだったので、


「ちょっと、もうやめてよ」


と私は話を制した。

ゴメンゴメンと言いながら席を離れる坂梨くん。

どうやらオーナーさんのところに行くらしい。


ほっと息をつくと、話を振った子に


「ごめん、ちょっと酔っ払いすぎちゃったかも」


と謝られる。

私もこれ以上しないならいいよと伝え、二人で乾杯をした。


どれくらい時間が経っただろう。

一人は完全に酔いつぶれて寝ている。

私はセーブしながら飲んだつもりだけど、懐かしい話を肴に思っているよりも飲んでしまったらしい。


混んでいたのかタクシーがなかなか捕まらず、仕方ないので数人ずつ相乗りで帰ることになった。

私と同じ車に乗るのは女の子一人と坂梨くん。


タクシーで少し走ったところで一人目の女の子の家につき彼女は降りていった。

距離的に次は私の家。

私は途中から朦朧とする意識をなんとか繋ぎ止める。


それが私の家に向かう道ではないことに気が付かないまま。





熱い体が私を包む。

久しく忘れていた熱に私は酔いしれる。


(貴也さん、好き、貴也さん……)


お酒の影響もあったのか、私はその快感に身を委ねた。


「おい、そろそろ目を覚ませよ」


貴也さんとは違う声に意識が急に覚醒する。

私を抱いているのは、あろうことか愛する夫ではなかった。


思わず突き飛ばそうとするが力が全く入らない。

激しい吐き気と割れるような頭痛を堪えつつ、私は声を出すことしかできない。


「な、なにしてんの!」

「なにって、ガキじゃねぇんだ、わかってんだろ?

それに今の今までよがり狂ってたやつが言うセリフじゃねぇよな」

「こ、こんな事して、どうなるかわかってんでしょうね!」

「なんだ、俺が無理矢理ヤッてると思ってんのか?

お前も同意の上だぜ?

ちゃんと動画でも撮ってあるし。

見たい?」

「私が同意なんてするわけ無いでしょ!

それに動画って何よ!消しなさい!」


必死で暴れる私は力ずくで抑え込まれる。

もとより組み敷かれている私に抵抗できる余地などない。


「まぁ落ち着けって。

もうすぐでるからよ」


そう言うと坂梨は腰を荒く振り出した。

私はイヤ!やめて!と言葉で抗うことしかできなかった。


お腹の中がヤツの吐き出したモノでいっぱいになる。

私はその事に絶望し、抵抗する気力さえ失ってしまった。


カシャッ、カシャッという音がする方を見ると、下卑た顔を向けた坂梨が私の肢体を写真に収めている。


「……な…に…を」

「あぁ、お前は寝てたから知らないだろうけど、もうこれで3回目だ。

そろそろ携帯のメモリがお前の裸で埋まりそうだよ。

もしかして孕んだんじゃねぇの?」


はらんだ、その言葉にゾッとする。

貴也さんとの子供のために、妊活はずっと続けていたのだ。

今日が危険日というわけではないが、決して安全ではない。


私は四つん這いでお風呂場に向かう。

体は重すぎて動かないが、じっとしてはいられなかった。


後ろで坂梨が何か言っているがどうでもいい。

体が動くなら、今すぐにでも殺してやりたい。

だけど今はそれどころではない。


シャワーを直接秘所にあて、なんとか洗い流す。

どこまで効果があるかはわからないが、何もせずにはいられなかった。


どれだけそうしていただろう。

浴室のドアが開き、相変わらず下卑た笑顔を見せる坂梨が入ってくる。


「これ、なーんだ?」


その手にはビニールの小袋に入った白い錠剤のようなもの。


「まぁわかんねぇか。

これ、アフターピル。

ほしい?」


その言葉の意味を理解した私は裸で掴みかかる。

相手もその行動は予測していたのか、掴みかかった私を逆に羽交い締めにし、恐ろしいことを言いだした。


「そんなに慌てなくてもちゃんとやるって。

でも俺の言うこと聞いてくれたらな?」

「うるさい!はやくわたせ!」

「そんなこと言っていいの?

潰して排水口に捨てちゃうよ?

これ一個しかないんだぜ?」


この一個のみ。

そう言われて思わず動きが止まってしまった。


「そうそう、分かればいいんだよ」


そう言いながら小袋をひらひらとさせる。


「……それで、条件は?」

「俺のものになると誓え」

「………は?」

「だから、お前は俺のものになると今ここで誓え。

そしたらこの薬はやる。

このままお前も返してやる」


どこまで汚い男だろうか。

だけど今の私に抵抗できるすべがない。

少しだけ冷静になった頭を無理矢理回転させる。


おそらくここはラブホテルだ。

そうなるとドアの鍵はフロントに連絡しない限り開けることはできない。

警察に連絡したとしても、到着するまでの間、目の前のコイツが大人しくしているはずはない。

おそらく撮影した画像をネットにばら撒く気だろう。


そして何よりも厄介なのは、私の携帯電話がヤツの手にあることだ。

ここまでする男が保険をかけていないはずがない。

私の指紋でも何でも使ってロックを解除し、貴也さんの連絡先は抑えられているはず。

私は今の今まで眠っていたのだ、それくらいのことは簡単にできる。


もし連絡先を知らなかったとしても、貴也さんの会社は知られている。

最悪の場合無差別に会社にでも送られる事があれば、それこそおしまいだ。


「わかったみたいだな?

お前が我慢すれば御崎のヤツも知らないまま終わる。

ここでお前が黙って言う通りにすれば、お前たちは今まで通り生活できる。

だけどここでお前が拒否すれば……お前の想像通り写真はバラ撒かれる。

俺はどっちでもいいぜ?

みんなに自分を見てほしいならボタン一つだしな」


私はこの後のことを混乱した頭で天秤にかける。

このまま平穏に暮らすか、周囲の視線に晒されながら過ごすのか。

比べるまでもない。


(こんなクソの言いなりになんてなるもんか!)


「やりたいなら好きにすればいいわ。

その代わり、自分も破滅するってわかってるんでしょうね?」

「……あ?」

「だから好きにしろって言ってんのよ!

だけど私は絶対に屈しないから!

絶対にあんたを地獄に落とす、たとえ私がこの後どんな目にあっても、あんただけは絶対に許さない!」


私はふらつく足を引きずりながら、渾身の力を込めてタックルをする。

まさかこの状態で向かってくると思っていなかったのか、坂梨は思わず後ろに下がった。

だけどたまたまそこには戸棚があり、頭をもろにぶつけて倒れ込む。


私はタオルを体に巻き付けて、フロントに助けを呼んで鍵を開けてもらう。

急いで自分の携帯を取り戻し、洋服を掴み、部屋を出ようとしたところで


「舐めんな、クソ女が!」


坂梨が走って追ってきた。

ドアさえ閉めてしまえばよかったのだが、あと少しのところで足を滑り込ませてきた。


ようやくホテルのスタッフと思われる数人が集まってくる。

状況が悪いと分かったのか、ヤツはドアを思い切り開けて逃げていった。


スタッフも追いかけてくれたが、そこはおばちゃんばかりで追いつけるはずもない。

私は服を着て事情を説明し、警察にも通報してもらった。


警察署に移り事情を説明し、母に連絡してもらう。

本当は貴也さんに連絡するべきだけど、私のことで彼の足を引っ張りたくはなかった。


何よりヤツがまだ捕まっていない状況ではどうしようもない。

私はあることを心に決め、事件として処理してもらうことにした。


あれから3日がたった。

この3日間は、これまでの数年より長かった気がする。


いつも通りを装って貴也さんを送り出し、家のことを済ませ私の画像が出ていないか探していく。

そういった専門知識があればよかったのだが、あいにく私は一般的な知識しか持ち合わせていない。


ヒットしそうな言葉を並べ、ひたすら画像を探していく。

何が悲しくて同性の裸をこんなに見なければならないのか……。

何度も心が折れそうになったが、ここで負けるわけにはいかないと心を奮い立たせる。


精神的にも肉体的にも疲れ果てていたんだと思う。

それもそのはず。

今の私を支えているのは、ヤツへの復讐心のみなのだから。


その日はパソコンを前に眠ってしまっていた。

起きた時には画面は閉じられて、貴也さんが夕食を作ってくれているところだった。

私が同性の画像を見ながら寝落ちしたと思われたら……もういっそ死んでしまいたい。


出来上がった夕食を前に、貴也さんは優しい笑顔で、


「俺になにか不満があるなら言ってね?」


と言ってくれた。

正直もう全てが限界だ。

起きて携帯を確認したら、あの時の画像が送られていた。

それも貴也さんを盗撮したと思われる画像も一緒に。


おそらく脅しのつもりだろう。

余計なことはするなと言いたいのか。

私にはもう時間も余裕もない。


「貴也さん、ちょっといい?」


夕食後の短い時間。

私は夫に声を掛ける。

彼は携帯を閉じて私を見る。


「……どうした?」

「あのね、私と別れてほしいの」


結婚してもう3年が経った。

私はとても幸せだった。

これ以上この人を巻き込むわけにはいかない。

きっと理由を聞けば分かってくれるはず。


「……なんで?」

「……え?」

「いきなり過ぎるだろ?

せめて理由くらい教えてよ」


表情に大きな変化はないけれど、それが逆に全てを見透かすような目をしている。


「…それ…は…私が……」

「私が?咲ちゃんが何かした?」

「あなたを…裏切って…」

「俺を?いつ?」

「それは……」


今でも夢に見る悪夢のような出来事。


(正直に話そう、最後にこの人に嘘をつきたくない)


そして私はすべてを話した。




どれくらい時間がかかったのだろうか。

貴也さんは黙って私の話を聞いてくれた。

涙が溢れるのを拭うこともできず、何度もつまりながらも全てを話した。


私の話す内容に驚いていた貴也さんも、最後まで黙って聞いてくれた。


「……話はわかった。

それで?なんで咲ちゃんは俺と別れようと思ったの?」

「……だって、貴也さんに、迷惑を……かけると思って…」

「迷惑…か。

うん、その発想自体が俺から言わせてもらえれば迷惑だな」

「……え?」

「咲ちゃんは勘違いしてるみたいだけど、俺は仕事自体は正直どうでもいいんだ。

いや、この言い方だとかなり語弊があるか…。

なんというか、仕事=人生ではなくて、咲ちゃんと幸せになること=人生なんだ。

仕事はそのための手段でしかなくて、別に他の生き方ができるなら、いつ辞めてもいいと思ってる。

だけど現状仕事をしなければ生きていけないし、咲ちゃんや今後産まれてくる子供を幸せにすることができない。

だから俺は仕事をやめられないし、今のところ辞める気もない。

だけど、それで咲ちゃんや周りの誰かが不幸になるのなら、俺は仕事を捨てる。

まぁ一社会人としてどうかとも思うけど、俺にとっての生きがいは咲ちゃんなんだ。

だからその咲ちゃんを苦しめるのなら、俺は何を犠牲にしても追い詰める。

それこそ、咲ちゃんが味わった苦しみを万倍にして返してやるくらいはね。

大丈夫、あとは俺が全部やるから。

だから安心して?

それと二度とこんなことで別れるなんて言うなよ?」


その言葉はどこまでも優しく、そして力強く私を包んでくれた。

私は堪らず貴也さんに抱きつく。

貴也さんはそんな私を優しく抱きしめてくれた。


その日の夜は、それこそあの事が起こる前のように熟睡できた。

貴也さんに伝えられたこと、そして大丈夫だと言ってくれたこと。

その言葉だけで全ての柵から開放された気がした。


朝起きて大好きな人が横にいてくれる。

それだけで私には充分すぎるくらい幸せだった。


翌日は日曜だったこともあって、私達は少しだけ長く眠ることができた。

だけど現状は何も変わっていない。


「咲ちゃん、早速で悪いけど、この携帯は俺の方で少しだけ預からせてもらう。

でもそれだと不便だから、とりあえず新しい携帯を作りに行こうか」


遅めの朝食を取ったあと、貴也さんがこんな事を言いだした。

預けるのはいいんだけど、正直あの画像は見られたくない。

私の気持ちを察してくれたのか、


「大丈夫、俺以外には誰にも見せないから。

それにうまく行けば3日以内には返すから」


自信満々にそう答える貴也さん。

だけど、それは正直難しいと思う。

警察だって探してくれているのだ。

それに本音を言えば貴也さんにこそあの画像は見られたくない。


それからの行動は早かった。

いや、早すぎたと言ってもいい。


まず会社の上司に電話をして、3日間の休みを取った。

大きなプロジェクトが心配だったが、上司に丸投げしたらしい。


「小さいところまで詰めは終わってるから後は誰でもできるさ」


事もなげに言っていたけど、そこまでが大変だったと思う。

おそらく上司の人の成績につながるのだろうけど、本人は至ってあっけらかんとしている。


そしてそのまま警察署に出向いた。

私を担当してくれた人よりもかなり偉い人らしい。

アポ無しで大丈夫なのかと心配したが、事前に連絡済だったらしくスムーズに会うことができた。


私には話している内容はよくわからなかったけれど、捜査範囲の見直しや隠れていそうなところのアドバイスをしたらしい。


「ここから先は、咲ちゃんは来ないほうがいいと思う」


そう言われてしまったが、ここまできてはいそうですかと引き下がることもできない。

頑なに拒否する私に渋々了承してくれた。


向かった先はこの辺りでもかなり治安が悪いと言われている所。

迷路みたいな裏路地を迷うこと無く進んでいく貴也さんを必死で追いかける。


着いたのは昔何かのお店だったとかろうじて分かるくらいの建物。

その奥に一際怖そうな人たちが集まっていた。


何食わぬ顔で近寄っていく貴也さん。

少し話をしたらお互い笑顔で握手をしていた。

……警察といい、この人たちといい、貴也さんの交友関係はどうなっているんだろう。


それからも数件寄り道をしたが、私が死ぬまでに決して関わらないような人たちと普通に会話をしている。

ようやく家に帰り着いた頃には夜になっていた。


「ねぇ、貴也さん。

あの人たちとはどういう知り合いなの?」


聞いていいものか悩んだが、結局私は聞くことにした。

私が知っている貴也さんの交友関係とは全く別物だったから。


「あぁ、まぁ話せば長くなるけど、すごく簡単に言うと誰かが困ってる時に助けてあげれば自分が困った時に助けてくれるよってこと。

詳しいことは言えないけど、これでも友達は多い方なんだ」


言ってる意味はわかるけれど、さっぱり意味がわからない。

そもそも警察のあんな偉い人が困ることなんてあるのだろうか。

それにあんなアウトローっぽい人を助けるってどういうことだろう。


ますます深まる貴也さんの謎に頭を悩ませつつ、私は次の疑問を投げかけた。


「それで、私の件はどうなりそう?」


聞きたくはないけど聞かなければならない。


「そっちは今のところ問題なし。

ネット上に咲ちゃんの画像は上がってないな。

これはその道の専門家からの情報だから間違いないと思う」


それは安心だ、安心だけど……


「……もしかして、私のアレを誰かに見せた?」


いや、捜査のためだとはわかっている。

分かっているけどはいそうですかと受け入れられるものではない。


「まさか。

俺の愛する人の裸なんて見せるわけ無いだろ?

俺が見せたのは昔撮った普通の咲ちゃんの写真だけ。

そっから分析かけてもらって、そっち系のサイトで探してもらってるから大丈夫」


……さらっと愛してるなんて言わないで欲しい。

そうじゃなくても最近悩みでいっぱいいっぱいなのに、もうすぐオーバーヒートしそうだ。


「……じゃあ、アイツからの連絡は?」

「それは来てる。

それと盗撮犯は抑えて今は処分待ち」

「もう?誰だったの?」

「予想通り俺の会社の人間。

どうも弱みと金を握られてたみたい。

こっちは直の上司に報告して、今は監視付きの待機中」

「アイツからのメッセージの内容は?」

「それも予想通りってとこ。

見たいなら見せるけど、気分のいいものじゃない」


そう言われてしまうと見たいとは思わない。

そもそも誰が好き好んで見るかって話だ。

それよりも気になるのは……。


「じゃあ返信とかしないとヤバいんじゃないの?

アイツがやろうと思えばすぐにでも出回っちゃうし」

「そこは心配いらない。

俺が咲ちゃんっぽく返してるから。

それに大体の居場所もわかったし、予定より早いけど明日ケリがつくと思う」


改めて貴也さんの凄さを思い知らされた。

警察でも見つからない居場所をどうやって特定したのか。

そして事もなげに明日で終わらせると言い切った。


「明日は咲ちゃんは留守番してて。

大丈夫、姉貴が来てくれるから安心していい。

あの人俺より断然強いし」


それは知っている。

貴也さんのお姉さんは空手で日本一を獲ったことがあるその筋では有名人だ。

今でもまだ現役で鍛えているらしく、テレビでも何度か見たことがある。


「……でも、貴也さん一人じゃ危ないんじゃ…」

「こっちも大丈夫。

兄貴が来てくれることになったから心配いらない」


貴也さんのお兄さんは剣道で国際大会常連の人だ。

あぁ、だから警察の人もあんなに協力的だったのか。

今でも警察に指導に行ってるという話は聞いたことがある。


というか完全に過剰戦力では?

アイツがどこで何をしているかわからないけど、貴也さんのお兄さんだけでどうにでもなりそうだ。

さらに貴也さんは柔道と剣道の有段者なので、負ける理由を探すほうが難しい。

それこそアイツが拳銃でも持ち出さない限りは。


「だから心配いらない。

明日全部終わらせて、咲ちゃんの心配事は全部無くしてくるから」


そう言って私をぎゅっと抱きしめてくれた。

私は頷くことしかできない。

油断するとまた泣いてしまいそうだから。


朝起きて、普通に会社に行くような気軽さで貴也さんは出かけていった。

入れ替わりに義姉さんが入ってくる。


「咲ちゃん、なんか大変だったみたいだね。

だけどあの二人が行ったからもう大丈夫だよ。

だからゆっくり待ってよう」

「はい、でも私、やっぱり心配で……」

「だーいじょうぶ!

それにもしあいつらが失敗したとしても…」

「……失敗…したら?」

「私が突っ込むから!」


そう言ってニヤッと笑みを浮かべる義姉さん。

あぁ、どうか今日中に決着がつきますように…。


それから数時間経った。

私の新しい携帯が鳴り出す。

相手は貴也さん。


「はい、貴也さん?」

「うん、咲ちゃん、おまたせ。

こっちは全部片付いた。

データも全部回収したし、ばら撒かれた形跡もなし。

これで全部問題なしだな」


その言葉に私は涙が止まらなくなる。


「たかやさん、け、怪我とか、大丈夫、でしたか?」

「怪我?うん、大丈夫。

まぁさすがにやりすぎたかなとも思うけど、自業自得だろ。

今は警察が来て現場検証中。

俺達ももう少ししたら帰るから、晩御飯よろしく!」


そう言って電話は切られた。


その後、この事件は一切表に出ることはなかった。

分かっていることは、一つの病院が潰れたことと、同級生の一人が姿を消したこと。


私の心の傷は一年たった今でも完全には消えていない。

大丈夫だとは分かっていても、それでも心が拒絶反応を起こしてしまう。


貴也さんに抱かれることすら最初はできなかった。

だけど、そんな私をずっと優しく見守ってくれた。


そして事件から2年が過ぎた春に、私はあの恐怖を克服し、念願の子供を授かることができた。

事情を知っている私の両親も、すべてを知らずとも察してくれている貴也さんの家族も、もちろん私たち夫婦もみんなが心から喜んだ。


だけど少しだけ思ってしまう。

もしあの時、貴也さんに相談していなかったら…と。


その場合、私は心から笑うことができていたのだろうか。

少なくとも、今の私より幸せになれたとは思えない。


あくまでも私の予想だけれど。


読んでいただきありがとうございます。


ハッピーエンドにするつもりが、かなりバカっぽい内容になってしまいました。


前話がかなりの胸糞展開でしたので、足して2で割ればまぁこれくらいでもいいかなと思っております。



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― 新着の感想 ―
[一言] 惜しむらくはクソの末路を目視できんことだが、まあとりあえず悪は滅びた。 指さして嗤ってやる。ざまぁ m9(^o^)
[一言] そうそう。これが普通だよね
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