表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
柔の道は鬼ばかり  作者: MIROKU
張孔堂異聞
8/29

白紙の世界



 夜の張孔堂門前では、数人の武士が提灯を手にして辞していった。

 それを見送るのは張孔堂門下の一人だ。正雪の身辺には常に人がいる。門下といっても、どこかの藩の武士だ。

 いつの間にか正雪は多くの大名と繋がりを得ていた。

(これはいかんな)

 屋根の上に伏せ、闇に紛れる黒装束の男は七郎だ。

 隠密行動を得意とする七郎は、今も張孔堂近くの武家屋敷の屋根に伏せ、気配を殺している。

 忍びとしての隠形も様になっている。七郎の経験がよく発揮されていた。

(まるでどこぞの藩主だ)

 七郎は闇の中で息を潜めながら思った。

 由比正雪の張孔堂、その門下は千を越す。

 噂に違わぬ威容だ。正雪には江戸に集まった全国各地の大名がついている。

 幕府が因縁をつければ即座に合戦の様相をなすかもしれない。幕府に不平不満を持つ者は数えきれぬほどいるのだ。

 この江戸が戦火に包まれる……

 そんな想像をするだけで、七郎は生きた心地もしない。

(やらねばならんのか)

 七郎は自問する。正雪を自分の手で暗殺せねばならぬのか。そんな事ができるのか。

 兄のように慕った男を密かに始末して、翌日から平然と生きていられるというのか!

 七郎は自分はそんな人間ではないと思いたい。だが夜の闇に身を置くうちに、少しずつ彼の心は白紙となっていく。

 感情も理性も消える。この感覚は体験した者にしかわからない。人間ではない存在へ自分が変わっていく感覚がある。

 七郎は武家屋敷の屋根から舞い降りた。音もなく微かな風であるかのように。

 眼前には張孔堂の門が何者をも通さぬとばかりに、七郎に立ちふさがっている。

 黒装束に身を包み、顔を黒塗りの般若の面で隠した七郎。今の彼は夜の闇に蠢く一個の魔性だ。

 般若面の奥で七郎は何を思うのか……

「む……」

 七郎は小さな声を漏らした。彼は異様な気配を感じた。

 指先が僅かに震えだす。得体の知れない恐怖が全身を駆け巡る。

 七郎は、いや般若面は背後に振り返った。自分がいた武家屋敷の屋根の上に女が立っていた。

 美しい裸身が月光に映える。背には蝶に似た美しい羽根が微かに蠢いていた。

 女は真紅に輝く両の瞳で般若面を見下ろしていた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ