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柔の道は鬼ばかり  作者: MIROKU
外伝 月陰の剣
25/29

9 明日への挑戦


   **


 夜の闇に静寂が満ちていた。

 七郎は稽古袴で内裏の庭に立つ。

 庭木の幹に帯を巻きつけ、それに向かって無心に技をしかける。

 左手一本で帯を引きつつ、体を独楽のように回転させる。技の形は後世の柔道における体落に似た。

 左手一本でしかける体落は、七郎の父である又右衛門の技だ。

 かつて七郎は江戸城内にて又右衛門と共にある時に襲われた。

 ――外道、死すべし!

 又右衛門に恨み持つ者の一刀は鋭かった。

 だが、又右衛門の動きもまた神がかり的であった。

 七郎を刃の死角へ押し出すと共に、又右衛門は打ち下ろされた白刃を避けて対手に組みつき――

 次の瞬間には、対手が背中から廊下に叩きつけられていた。

 刹那に閃いた、無心の一手。

 あの鮮やかな感動は、七郎の脳裏から終生消える事はなかった。

 ――お前を守るために夢中であったゆえ何も覚えておらぬ。

 又右衛門はそう語った。神業を成し遂げた又右衛門だが、彼は全く何も記憶してはいなかった。

 ただただ、息子の七郎を守ろうとしただけだ。

 入神の技とは、心に宿るのではないか。

 それこそが武徳の祖神の加護ではないか。

 又右衛門は七郎を守ろうとした時、武を体現したのだ。

(あの境地へ、無の境地へ!)

 七郎は尚も庭木に巻きつけた帯を握って、無心に技を繰り返した。

 彼もまた死を覚悟して無の境地に到り、大勝負を制した事が何度かある。

 あの瞬間の充実感、満足感を七郎は決して忘れぬ。

 そして再び無の境地へ到るために、明日への挑戦に臨むのだ。

 七郎の使命とは月ノ輪を守る事。

 そのために全てを捨てるのだ。

 それでこそ天道なり。

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