7 月陰
七郎の殺気を浴びても魔性に怯んだ様子はなかった。
命のやり取りすら楽しむ精神性、それゆえの魔性か。
(女は魔物だな)
七郎は般若面の奥で不敵に笑った。
(いや、人間こそが魔物なのだ)
七郎は思い返した。人間こそ、いや人間の悪意こそが恐ろしいのだ。
刀槍の刃など人間の悪意には及ばない。七郎は悪意によって振り回されて辛苦の中をもがいてきた。
それは眼前の魔性も同じなのだろうか。
死に勝る辛苦の生ゆえに人間を辞めて魔性に転じたのだろうか。
そして死すら救いに感じているのか……
「食ってやるよ、頭から」
魔性は口を開いた。小さく鋭い歯がびっしりと並んでいた。
「そうか」
七郎はそれだけ言った。
次の瞬間、月下に魔性が舞い上がり、七郎へと襲いかかった。
七郎の右手が動いた。刹那の間に左手も動いた。
二条の閃きが闇を斬り裂いたかに見えた時には、三つに分かれた魔性の体が内裏の庭に落ちた。
首と胴体を切断された魔性の肉体は、僅かな間、大地の上で震えていたが、やがてドロドロに溶け崩れた。
七郎は両手に二刀を提げて、魔性が溶け崩れていくのを見下ろしていた。
般若面の奥の七郎は無表情だ。
左手の脇差しで横薙ぎに魔性の首をはね、右手の三池典太で胴体をも両断した。
刹那に閃いた二刀の技は、月陰の剣とでも称すべきか。
神業にも思える剣技を披露しても、七郎の心には何の感動もなかった。
七郎の闘志は――
いや、七郎の剣魂は、夜の闇に現れた新たな魔性の気配を感じ取っていた。
それは夜の闇に浮かび上がる蝶だ。
ただの蝶ではない。
一糸まとわぬ美しい裸身の背に、蝶に似た羽根を生やした魔性……
月光蝶であった。




