表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
柔の道は鬼ばかり  作者: MIROKU
外伝 月陰の剣
22/29

(これはいかなる妖気か)

 七郎の身が震えた。これは風の冷たさだけではなかった。

 心中に走る恐れと迷い。それは人知の及ばぬ存在を感知しているからだ。この恐怖を克服した先にしか明日はない。

 魔を降伏する不動明王の真言――これは沢庵禅師より教えられたものだ――を魂に唱えつつ、七郎は周囲の様子を探った。

 果たして夜の中に妖気のほとばしりを感じた。

「そこだ!」

 叫んで七郎は刀の鞘に差しこんでいた小柄を抜いて、闇に投げつけた。

 その小柄は空中で静止した。闇に潜む何者かが、小柄を空中で掴み取ったのだ。

「また会ったねえ色男」

 夜の闇から姿を現したのは、昨夜遭遇した魔性であった。ヤモリと人間が融合したかのような異様な姿、ましてやそれが女の姿をしているとは。

 女は魔物という言葉が七郎の魂に深く突き刺さる――

「あんた一体、何なのさ」

 魔性は小柄を手放し、大地に落とした。一糸まとわぬ裸身が月光に映えた。妖しく艶めかしい肢体だが、尻の辺りから生えた長い尾が七郎の魂を震わせる。

 女の姿をしていても、これは正しく魔性であった。ましてや七郎が投げつけた小柄を余裕で掴み取るなど、身体能力は常人をはるかに越えている。

 七郎は全身に冷や汗を流していた。昨夜、彼の降魔の一刀は魔性の尾を斬り落としている。

 だが、それは魔性の心を乱せたからこその、会心の一刀ではなかったか。

 面と向かって手合わせすれば、七郎が及ばぬ化物なのではないか。

「真っ黒な魂をしているよ。あんたほどの悪人は見た事ない」

 魔性の言葉は七郎の心胆を寒からしめた。七郎は人を殺めている。彼は幕府隠密として全国を廻っていた。

 大納言忠長の治める駿河に侵入し死線をかい潜り――

 とある小藩の隠し銀山を探る隠密行では危うく死にかけた。

 生と死が隣り合わせの生活、あるいは狂った世界を生きてきた七郎。

 なのに狂わず生きているとは、七郎こそが悪人であるからなのか。

 意図せず放たれた魔性の言葉に、七郎の魂は黒々と渦を巻いた。般若面の奥で七郎の顔から表情が消えていく。

 だが魔性は七郎の変化には気づかぬ。舌なめずりして七郎という獲物を狙わんとする。

「よせ」

 七郎は般若面の奥から低く暗くつぶやいた。

「今夜の俺は一味違うぞ」

 七郎の魂から恐れも迷いも消えた。

 師事する沢庵の陽気な笑いも、月ノ輪の可愛らしい笑顔もまた心から消えた。

 黒々とした殺気が七郎の魂で渦を巻く。今の彼は一個の魔性だ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ