表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
柔の道は鬼ばかり  作者: MIROKU
外伝 月陰の剣
19/29

3 紫電一閃

「ほう、凛々しく美しい」

 七郎の言葉に、かすみはそっぽを向いた。照れ隠しだろう。

 しかし勝負とは非常なもの、すでに対決は始まっているのだ。

「七郎殿が修めた兵法、一手御指南いただきたい」

 かすみは七郎に向き直った。彼女の家系は代々、内裏を守護してきた。

 それゆえにかすみは月ノ輪の近隣警護の筆頭に選ばれた。腕も立つし、月ノ輪との仲も姉妹のように良好だ。

 だからこそ七郎という外部から派遣されてきた男に苛立つのだ。

「強そうだな」

 七郎は弱った顔をした。闘志も覇気もない。

「将軍の御書院番が情けないですね」

 かすみは薄笑いした。明らかに七郎を見下していた。

「まあ、では少しだけ」

 七郎は床に足を踏み出した。

 その一瞬にかすみはたんぽ槍を繰り出した。

 鋭い突きだが七郎は身をひねって、それを避けた。

 避けつつ掌でたんぽ槍の柄を打ち払っている。

「……なかなかやりますね」

 かすみの整った顔は引き締められた。彼女は七郎の隠された実力を見抜いていた。

「もうよかろう、かすみ殿」

 沢庵は相も変わらず好好爺の笑みを崩さない。

「わしらはこれから日課の昼寝じゃ」

 沢庵は笑って言うが、かすみは笑っていない。彼女には七郎と沢庵が忌々しいものに思われてきたのだ。



 夜であった。内裏も闇と静寂に満ちている。

「ち……」

 かすみは夜の中で舌打ちする。七郎の事を思い出すとイライラするのだ。

 幕府から派遣された腕利きという事だが、強そうには見えないが只者ではない。

 その七郎は僅か数日で月ノ輪と親しく話すようになった。身分を考えればまともに口を利く事すらできぬというのに。

 かすみは小さなあくびをして夢見心地に落ちた。

 内裏に魔物が現れてから一月、彼女は寝ずの番を毎日のようにしていた。

 魔物による実害は出ていないが、遂には沢庵禅師までもがやってきた。

 その沢庵禅師が魔物を斬る役にと推薦したのが七郎であった。あんな男が何だというのか。

 心乱れたまま、かすみは手にした薙刀で体を支えて、立ったまま眠ってしまった。



 かすみが眠りについたのは、ごく僅かな時間であった。

 その彼女は異様な気配を感じて目を覚ました。

 肌を刺すような夜の冷気に混じり、得体の知れない気配がする。

 視線を動かせば内裏の庭に白い姿があった。

 だが、それは人間ではなかった。滑らかな白い肌を持つ全裸の女のようであるが、両手両足の指先は丸まり、長い尾も生えていた。

 一見した印象は人間とヤモリの間の子だ。

「恐いんじゃないかい」

 人間とヤモリが融合したような不気味な生物は、悪意ある笑みを浮かべていた。両の瞳は夜の中で真紅の輝きを放っている。正しく魔物だ。

「な、なんだと」

 かすみは虚勢を張った。心中の恐怖を悟られたくはなかったが、薙刀の柄を握る手は震えている。

「いいんだよ、逃げても。人間なら好きな事をして遊んで楽しく暮せばいいじゃないか」

「な、何を言うか」

 かすみは尚も虚勢を張るが、魔物の言葉には甘美な誘惑があった。

 好きな事のみ行い、遊んで暮らす。

 それはかすみの人生を否定するような発言でありながら、同時に美酒のように心を酔わせた。

 内裏の警護の任を先祖代々受け継いできたかすみ。それは誇りであると同時に重責でもあった。

 それを捨てれば自分は楽に生きられるのではないか――

「やめた方がいいなあ」

 突如として聞こえたのは男の声だ。全く気配など感じなかったので、かすみは心臓が飛び出しそうになるほど驚いた。

 ましてや、その声の主は――

「自分さえよければ良いというのは畜生道だぞ」

 新たに庭に現れたのは黒装束の人影だった。一体いつの間に現れたのか、それにもまして黒装束の人影の顔には恐ろしげな面がある。

 それは黒塗りの般若の面だ、鬼女の面だ。

「おい、化物。いい加減な事をほざくな。腹が減れば親兄弟でも喰らってしまう畜生道に誘うな。お前も人間であったろうに」

 般若面は魔物へ諭すように語りかけた。そういう物言いはどこか沢庵禅師に似ていた。

「う、うるさいんだよ!」

 魔物は怒りに白い顔を朱に染めて般若面へ飛びかかった。かすみが目を見張るほどの、獣のような速さだ。

 般若面も動いていた。

 腰の刀柄に素早く右手を伸ばし、抜刀と同時に横薙ぎに斬りつける。

 夜の闇を斬り裂く紫電一閃。

 魔物の長い尾が半ばから切断されて、内裏の庭に落ちた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ