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柔の道は鬼ばかり  作者: MIROKU
外伝 月陰の剣
18/29


   *


「さて七郎よ、どう思う?」

 沢庵は別室で七郎と二人きりになるや問いかけた。

 どうでもいい話だが、この奇妙な師弟は茶菓子を要求してばかりいるので、宮中の女官たちを困らせていた。

「どうとは?」

「この宮中に魔物が出るそうだが」

「魔物は人の心に潜んでいるものです、いわば魔物は人間の悪意が育てる」

「ほほう、それが友景殿の教えかな」

「いやいや、小生が体験」

 七郎は咳払いして、

「まあ友景殿の元では、大陸の妖術というものも教授いただき」

「ほう」

「大陸の妖術には死者をも操る術が――」

 そこまで言ったところで襖が開いた。宮中の女官が茶と茶菓子を盆に乗せて運んできたのだ。

「おう、おう」

「これ、これ」

 沢庵と七郎は目を輝かせ、子どものように茶菓子を味わった。

 その様子は決して憎めないものだが、天下に名を知られた沢庵禅師に、まさかこのような一面があろうとは。

「うまい! うまい! うまい!」

 と、七郎は世間の流行りか、うまいを連呼した。

「なんですか、それは」

 女官は呆れた様子だ。沢庵禅師とその弟子が、茶菓子に夢中とは。

「いやはや、これは失礼。あまりに美味なので」

「ところで」

 と女官は切り出した。目つきが変わっている。

「七郎殿は将軍家の御留流、柳生新陰流を修めたと聞きましたが」

 御留流とは門外不出という意味だ。柳生で新たに興した陰流、故に柳生新陰流と呼ぶ。その兵法の妙は、この時代では武士ですら学べない。

 将軍家剣術指南の柳生又右衛門が将軍と、高弟達に密かに伝えるのみだ。

 その高弟達は各地に飛び、その先の藩で剣術指南役を担当しつつ、情報収集にも務めていた。

 幕府大目付でもある柳生又右衛門は、幕府の密偵を統率し、江戸にいながらにして世間を知っていた。

「いや、俺はこのような隻眼であるし」

 七郎は人懐っこい顔で女官に振り返った。右目の潰れた恐ろしげな異相に愛嬌が浮かんでいた。

「距離がつかめぬ。だから剣など修められぬよ」

「では無刀取りですか」

 女官の眼差しは暗く冷たい。七郎の隙をうかがい、首をも取ろうという気配がある。

 この女官は内裏の守護者の一人で、月ノ輪の身辺警護を任されている。

 名を、かすみという。彼女から見た七郎は、憎き幕府から派遣された得体の知れない男である。

 内裏が敬愛する沢庵禅師の連れてきた男といえど、簡単には信用できない。

「無刀取り…… どこで聞いたね」

「天下に知れ渡る兵法の妙技、およそ兵法を志す者が知らぬわけがありませぬ」

「うーむ」

 七郎は考えこんだ。その様子が、かすみには耐え難い苛立ちを生じさせた。

「練武場へお越しください」



 内裏の中に立派な練武場がある事に七郎も沢庵も驚きを隠せない。

 板の間の静かな空間、上座の掛け軸の香取大神宮、鹿島大神宮の文字。

 七郎を奇妙に落ち着かせる練武場は、今ではかすみら警護のものが利用するのみ。内裏の男達ですら利用する者はほとんどいないという。

「七郎殿、一手御指南いただきたい」

 かすみは女官のいでたちから稽古袴へと着替え、たんぽ槍を手にしていた。

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