背負投一本
「はあ!」
七郎は踏みこみ、丸橋に背中からぶち当たった。勢いに押された丸橋は、ふらつきながら壁際まで後退した。
「うわ!」
声を出したのは壁際で見物していた武士達だ。彼らの上に丸橋が背中から倒れこんだ。
六尺を越える巨漢の丸橋だ、彼が背中から倒れてきただけで、居並ぶ武士達は騒然とした。彼らはここまで激しい練武の光景を見た事がなかった。
張孔堂の武威を示すため丸橋に演武を頼んだ正雪。曇っていた彼の顔は、戸惑いから立ち直り、今は晴れ晴れしく不敵な笑みを浮かべていた。
由比張孔堂正雪とは軍学者であり、文武一道の名士だ。
そして丸橋忠弥は、槍を取っては江戸に敵なしと言われた豪勇の士だ。
武士達は初めて二人に畏怖を覚えた。
「はあ!」
七郎は跳躍して飛び後ろ回し蹴りを丸橋に放った。
猿を思わせるような身軽さから放たれた蹴りを、丸橋は槍の柄で受け止める。
「覚悟しろ!」
熱くなった丸橋が踏みこみながら槍を繰り出した。鋭い穂先は七郎にかわされ、道場の壁を刺し貫いた。
鋼の刃の生み出した迫力に、武士らの中には道場から飛び出した者もいた。
それほどの凄まじい迫力だ。これが真剣勝負というものだろう。
「大人しく討たれるのだ七郎!」
丸橋、目が真剣だ。七郎を殺る気か。
「落ち着けえ!」
七郎は槍の穂先を避け、弧を描いて丸橋の右手側に回りこむ。
丸橋が体勢を立て直す前に七郎は組みついた。
「ふ!」
七郎の烈火の気迫、丸橋の体が宙に浮き上がり、背中から道場の床に落ちた。
刹那に閃いた七郎の背負投一本だ。