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柔の道は鬼ばかり  作者: MIROKU
張孔堂異聞
13/29

決意表明

 矢のように飛び出した七郎の顔へ、國松の突き出した掌が当たる。

 うめいて動揺した七郎の右腕に、國松は素早く抱きついた。同時に國松の右足の爪先が、七郎の右踵を払う。

 後方へ体勢を崩した七郎だが、こらえた。

 と見えた瞬間には、國松は体を回して七郎を背負って投げている。

 ダアン、と七郎は道場の床に背中から落ちた。

 見る者の目を奪う、國松の鮮やかな一本背負投だ。

 もっとも初手は抱きつき小内と呼ばれる後世の柔道の技で、即座に反則負けになる。

 ましてや顔に掌を当てるのは――

「浅い」

 國松は七郎を見下ろして無慈悲に告げた。だが、それが七郎には良い薬だ。己の傲慢を打ち砕く降魔の鉄槌だ。

「かたじけない……」

 七郎は床に倒れたまま言った。あまりにも見事な國松の兵法――

 無刀取りの妙技だった。無刀取りとは一つの技を指した名称ではない。戦場での組討術の事だ。先師の上泉信綱から伝えられた無刀取りの妙技は、ただ一つの技にこだわるほど浅くはない。

 何にせよ七郎の心の霧は晴れた。

「死に急ぐな」

 國松は幾分、哀れみをこめた調子で言った。

「お前は何のために命を懸けるのだ」

 そう言って國松は道場から去った。染物屋の大旦那である國松は忙しい。七郎のために時間を作ってくれただけでもありがたいのだ。

 残された七郎は床に大の字になったまま頭を冷やしていた。

 正雪の周囲には人が集まっている。張孔堂には大名が接触している。

 だが倒幕の意志があったとして、誰が首領となるのか。大名の間には石高による格差もある。石高の高い大名ほど、江戸の屋敷の門に威厳を漂わせている。

 七郎は今、一つの真理をつかんだ。無数の大名があるが、それらが一つにまとまらねば、倒幕など起こり得ぬのだと。

 幕府という組織に属しながら、その外に生きる七郎には理解し難いが、大名にも面子がある。

 幕府に不平不満があろうと、強大な統率者なくして倒幕などない。

 今はまだ安全かもしれぬ。だが徐々に大名達も肚が座ってくるだろう。

 その時が江戸最大の危機だ。災禍の中心にいるのは正雪か。

「させん!」

 七郎は叫んで起き上がった。心の炎は燃えている。江戸の危機を未然に防ぐ、その覚悟はできている。

 命も己の存在も全てを捨てて挑む。

 江戸を守る。

 それが七郎の覚悟だ。



 正雪は張孔堂の自室で腕組みして考えこむ。

 彼は全国各地の大名の名代として張孔堂を訪れた武士から、世間を知った。

 江戸にいるだけではわからぬ事が、正雪には理解できるようになった。

 いや理解できたのは錯覚かもしれない。正雪が体験した事ではないからだ。だが世間の現実が正雪の心に影を落とす。

(やはり、やらねばならぬのか)

 正雪は苦々しく下唇を噛んだ。

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