第92話 失態
「兄さん。どうかしたの?」
兄である風早心太に呼び出され、風早第三ビルに顔を出すと―—
「壮太。安田孝仁と言う人間を知っているか?お前と同じ学校の人間だ」
―—急にそう尋ねられた。
不機嫌そうな顔で。
俺はいま、三男である風早心太の下についている。
後継者レースには参加していない。
今の俺の状況では、参加しても勝ち抜く事は難しかったからだ。
だから今は兄の下について、後継者争いのサポートに徹する。
そして家を継いだ兄の下で力を蓄え、いずれ……
「安田孝仁……一応顔見知りだけど?それがどうかしたの?」
「そいつが帝真グループで大暴れした様だ」
「安田が?」
安田が帝真グループで暴れた。
それは寝耳に水の言葉だ。
兄が大暴れしたという位だから、相当な事をやらかしたのだろう。
「知らなかったよ」
とは言え、帝真グループに単身で喧嘩を売ったのなら、もうこの世にはいないだろう。
まったく、馬鹿な真似をしたものである。
安田も。
「帝真グループは情報封鎖している様だからな。お前程度では知り様もない事だ」
情報網の事で、兄は俺にマウントを取って来る。
下について働いているというのに、俺にそんな真似をしてくる様な幼稚極まりない男だ。
兄は。
だが、それでも他の候補達より遥かにましだからな。
そうでなければ三男の下になど就いていない。
「でも、それが一体どうしたっていうのさ?」
「どうした?だと……」
俺の言葉に兄が鋭い視線を向けて来た。
正直、話の要領も、兄の意図も全く掴めない。
一体何を目的として俺を呼びだしたんだ?
「その安田孝仁が、帝真一のSPになった」
「……は?」
兄の口から出た言葉が理解できず、俺は思わず間抜けな声を出す。
「えっと……言ってる意味が分からないんだけど?安田は帝真グループで暴れたんだよね?」
安田はオーラバトラーだが、大暴れなんて真似をした以上、確実に始末されているはずだ。
帝真グループがそれを許すなどありえない。
「ああ、暴れた。損失も結構な物だったと予想される。その上で……そいつは帝真一と和解し雇われた。この意味が分かるな?」
メンツを潰される様な真似をした相手を許し、しかも雇った。
出された損害など気にならないぐらいの恩恵を齎す様でなければ、そんな事は成立しえない。
つまり帝真一は、安田にそれだけの価値があると判断したという事だ。
信じられない。
安田にそれだけの力があったなんて……
俺はオーラバトラー二段だけど、とてもではないがその条件を満たせるとは思えない。
つまり安田は三段……いや、下手をしたらあいつの実力は4段以上の可能性もある。
「理解できたか?」
「……」
なぜ兄に呼び出されたのか、その意図を理解し。
俺は沈黙する。
安田はいわば、金の卵だった。
いや、金どころではない。
それだけの力が、価値があいつにはあったのだ。
だが、俺はそれを見抜けなかった。
そしてみすみす、有望な人材を帝真グループに奪われる結果に。
「まったく……人を見抜く目を持ち合わせていないとはな。我が弟ながら嘆かわしい」
返す言葉もない。
同じ学校。
それも一度は接触したにもかかわらず、俺はあいつの能力を見抜く事が出来なかったのだから。
ショーコとエミが連れて来た時に、なんとしても物にしておくべきだった……
いや、済んだ事だ。
あの時点で彼の力を正確に見抜けというのは、どう考えても無理がある。
本人が明確に隠していたのだから。
とは言え、それを言っても兄は納得しないだろうが。
「ふん。まあだが、終わった事をぐちぐち言うつもりはない。今日ここに呼んだのは、お前に仕事を任せる為だ」
「安田関連のですか?」
事前に前振りがあったのだ。
流石に何の話かは簡単に予想できる。
「そうだ。お前は可能な限り安田孝仁の情報を集めろ。実行は高下に当たらせる。間違っても余計な欲を出すなよ」
情報収集を俺に任せるのは、顔見知りだから相手に警戒させる事なく出来ると思ってだろうな。
「分かった」
帝真グループのエージェントを引き抜くのは、相手に喧嘩売ってますと宣言するに等しい。
兄は弱みを握り、それを使って安田をスパイに仕立てるつもりなのだろう。
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