第30話 養成
とある山中。
その中腹には、木造の小さな建物が建っていた。
それは一見、何の変哲もない建物に見えたが、実際には地下にある施設へと続く通路の入り口となっている。
そしてその地下通路を今、8人の男女が歩いていた。
「なあ風早……ここっていったい」
「この先は……気孔闘士養成機関みたいなものさ。ほら、かっちゃん達以前から気の使い方を教えてくれって言ってただろ?」
「あ、ああ。じゃあ遂に教えてくれるんだな」
「そうだよ。今までは資質のない人にはどうやっても習得させようがなかったんだけど、やっと何とかできるようになったからね。その腕のタトゥーがそうさ」
風早壮太が横を歩く、本田勝次の右腕に入っているタトゥーを指さす。
それは一見すると魔法陣の様にも見えなくない、緑色の円状をしていた。
タトゥーは本田勝次だけではなく、その場にいる風早以外の男女全てに刻まれていた。
「昨日風早の知り合いが入れてくれたこれがか?」
「ああ。それがあると、潜在能力を引き出す事が出来るんだよ」
「只のチームのシンボルかと思った手けど、そんな効果があったんだな」
「驚いたかい?皆をびっくりさせようと思って黙っていたのさ」
風早は一旦足を止め、振り返ってさわやかな笑顔を背後の人物達に向ける。
彼らは気付いていないが、その右腕に刻まれているのは全て呪印だった。
呪印は呪いの一種であり、それを刻まれた者には寿命減少などの弊害が発生する。
全員に呪印を施した風早は当然その事を知っていたが、その笑顔には呪印を刻んだ事に対する罪の意識は見られない。
「あたし達だけって事は、此処にいる7人は風早にとって特別って事よね?」
派手な格好をした美人――古館エリカが、立ち止まった風早に顔を寄せて覗き込む。
彼女のその顔からは、この場に呼ばれなかった他の女性達に対する優越感がありありと見て取れた。
「まあそうなるかな。ここにいる皆は、俺が一番信頼してるメンバーさ」
エリカに笑顔でそう答えた風早は、振り返って改めて歩き出す。
彼のその言葉に嘘はない。
但し、それはあくまでもウィングエッジのメンバーの中でならという注釈が付くが。
本当に心から信頼出来る相手だったなら、彼も事前に呪印の説明をしていただろう。
信頼できなかったからこそ、刻印を刻んでからその効果を伝えたのだ。
それもデメリット部分を抜いて。
「ついた、ここだよ」
通路の突き当りにある扉の奥。
そこは円形の空間だった。
空間の中央部分は、檻で囲まれる形で区切られている。
「なんだここ?それにあいつらは……」
檻の向こう側。
風早たちから見て向かい側の壁の一部が鉄格子——牢となっており、中には7人の男女の姿があった。
「ああ、ここは決闘場さ。で、鉄格子の中の7人が君達の対戦相手だよ」
「は?決闘場?対戦相手?」
風早の言葉に本田達が戸惑う。
気孔闘士になる為の条件を知らない彼らからすれば、意味不明なのだから当然の反応である。
「気孔闘士になるには命懸けの戦いに勝って……相手を殺す必要がある。だから皆には、これから命懸けの決闘をしてもらうのさ」
戸惑うメンバーに、風早は爽やかな笑顔を向けて説明する。
その表情や声質は普段通りで、まるで談笑する様に風早は彼らに殺し合いを求めた。
「じょ、冗談だよな?」
「おいおい、こんな所に連れて来てどっきりか何かか?」
「ははは、まるで映画みたいじゃん」
そんな彼の姿から、周囲の人間はそれが冗談だと判断する。
まあ普通の人間なら、確かにそう思ってしかるべきだろう。
だが風早は本気だった。
「ん?冗談なんかじゃないさ。それが気孔闘士になる為の絶対条件だからね。だから皆には、向こうにいる彼らと一対一の殺し合いをして貰う」
「その調子で説明したんでは、誰も本気にはしないんじゃないかね?」
「「「——っ!?」」」
急に横からかけられた低い声に、その場にいた人間の視線が一斉に集中する。
声を発したのは、深くフードを被り顔の見えないローブ姿の男だ。
その背後には、まったく同じ姿をした男が二人立っていた。
「誰だ?」
「おいおい、コスプレかぁ?」
「取り敢えず……進めてもいいかね?」
周りの人間を無視し、男は風早に話しかける。
「ええ、頼みます。ゴドウさん」
「では、一匹目を出せ」
男が背後の二人に命じると、男達は向かい側の牢の前まで行って一人の青年を外に出す。
外に出された青年の目は焦点が定まっておらず、口の端からダラダラと涎をたらしていた。
――男達はその青年を中央の広い檻へと入れる。
「おいおい、なんだあいつ……薬でもやってるのか?」
「呪いで意識を奪ってるのさ。あ、でも、一度戦いが始まったら狂戦士化して殺しにかかって来るから気を付けてくれ」
風早は笑顔を崩さず、淡々とそう説明する。
初めは何かの冗談だと思っていたウィングエッジの面子も、その異様な雰囲気に流石に顔色が変わって来る。
「まさか……本気じゃねぇよな?」
「冗談で皆をこんな所まで連れてきたりしないさ。ああ、安心してくれ。皆に施した呪印には生命力を底上げする効果があるから、余程の事がない限り負ける心配はないよ。それに、殺しても捕まる心配もね」
「……マジか?マジなのか?」
「大マジさ。じゃあかっちゃん。一番手は頼んだよ」
「……」
勝次は不良だが、殺し合いをしろと言われ、はい分かりましたと答えられるほど非常識な人間ではない。
とは言え、信頼する相手に『お前はおかしい』とも言えず、彼は苦虫を噛み潰した様な顔で無言で風早を見つめる。
「かっちゃん、気の力が欲しいって言ってたじゃないか。これはそのチャンスなんだよ?」
「けどよぉ……人を殺してまで欲しいとは、よ。悪いけど俺には……」
「人としては正解とも言える。但しその場合、君はあっち側になるがいいのかね?」
人として真っ当な判断を口にする勝次に、ローブの男が向かい側の牢を指さして告げる。
やらないのなら、お前の意識を飛ばして生贄側にすると。
――その言葉に、風早以外の表情が固まる。
人殺しの為だけの場に連れて来られた時点で、それは容易に想像できた事だ。
だが風早が仲間にそんな酷い真似をする筈がないという思いこみから、その場の全員はその可能性を頭から完全に外していた。
そのため、第三者であるローブの男に突きつけられて初めて、自分達の置かれた状況が非常に不味い物だとやっと気づけたのだ。
「風早……」
「まさかそんな事……しねぇよな?」
「俺は皆の事を信頼してここに連れて来たんだ。だから、皆が信頼に答えてくれると信じてるよ」
風早は笑顔のままそう答える。
期待した否定の言葉が聞けず、全員の表情が絶望に染めあげられていく。
彼らに出来る選択は二つ。
人殺しになって生き延びるか。
倫理を守って、誰かの生贄になるか。
風早達を何とかすると言う選択肢はない。
何故なら彼らは知っているからだ。
風早壮太と言う男の、人外とも言うべき強さを。
「わかった……あたしはやる」
最初に口を開いたのはエリカだ。
逃げ場がなく、人の命を優先する事に意義を感じない彼女の決断は早かった。
『どうせ逃げられないなら、一番に立候補する事で風早の機嫌をとる』
それが古館エリカの下した決断だ。
「さっすがエリカだ。でも相手は男だし、女の子に変えた方がいいかな?」
「必要ないわ。あんな奴に私が負ける訳ないからね」
エリカは有名な不良で、元々男に負けないだけの腕っぷしの持ち主だ。
更に風早の指導を受けているため、もはや並みの男では彼女の足元にも及ばないレベルに達していた。
「ははは、そうだね」
「あたしが一番乗りだから、風早の一番はあたしって事でいいわよね」
「もちろんだ」
エリカはヒールの靴を脱ぎ捨てた。
そのままだと戦闘に支障をきたすからだ。
「じゃ、アタシの雄姿みててよ」
「ああ、頑張って」
エリカが檻に入ると、それまでぼーっと突っ立っていた青年が突然雄叫びを上げ彼女に襲い掛かった。
体格で劣るエリカはそれを素早く躱し、素早く回し蹴りを相手の腹部へと叩き込む。
青年はその鋭い一蹴りで吹き飛ぶが、まるで何事も無かった様に素早く起き上って来る。
狂戦士と化した彼に痛みによる怯みはなく、その動きが止める時は命が尽きる時だけだからだ。
エリカと青年の格闘。
いや、殺し合いはエリカ側有利に続く。
その様子を、連れて来られた他の面子は複雑な表情で。
そして風早は満足そうな笑顔で見つめる。
「その安田と言う人物は、本当に計画を前倒しにしなければならない程強いのかね?」
ローブの男が風早に話しかける。
本来の予定では、気孔闘士の増産は風早の卒業後のはずだった。
その計画が早められたのは、安田との接触が原因である。
「ちゃんと確認した訳じゃないですけど……たぶん俺よりずっと強いですね」
風早には、他人の強さを本能的に見抜く素質があった。
その彼の物差しでは測り切れない。
それが風早の、安田孝仁に対する評価だ。
「まあ奥の手を使えば何とかなるとは思いますけど……体の負担を考えると、あれは最後の手段ですからね。それ以外の対抗手段を用意しておきたかったんですよ」
奥の手を使えば体への負担が大きい。
それを避けるため、万一安田と揉める事になった場合の駒を増やしておきたいと風早は考え、計画を早めたのだ。
「我々も気を付けた方が良さそうだな」
「そうですね。おっと、終わったかな」
エリカと生贄の青年の戦いに決着がついた。
青年は血まみれで地面に倒れ込みピクリとも動かず、その前でエリかが雄叫びを上げている。
結果は一目瞭然だ。
「さて、じゃあ次は――」
風早はこの場に連れて来た他のメンバーに、次は誰だと笑顔を向けるのだった。




