第103話 時間の無駄だった
「気分を害させてしまったのなら謝るよ。ただ言い訳させて貰うなら……別に安田を見張ろうって考えてた訳じゃないとだけ言わせてくれ。専用回線のスマホは、追跡機能付きしかなくてね。電話前に確認したのは、万一の事を考えてなんだ。すまなかった」
「ああ、そういうのはいい」
嘘臭い謝罪と言い訳である。
果てしなくどうでもいい。
「初回だし見逃してやる。それで……周囲にバレない様、俺にわざわざしたいって話はなんだ?」
「端的に言うなら、君に帝真グループのスパイになって貰いたいんだ」
「スパイね……」
想定内の回答。
想定外の事態の可能性も考慮して接触した訳だが、どうやら時間の無駄だったようである。
「報酬はそれ相応の物を支払わせて貰う。帝真グループの情報を流してくれればいいだけだから、何も危険はないし良い仕事だろ?まあ……危険に晒されたとしても君なら難なく切り抜けるんだろうけど」
「ふむ……一つ聞いていいか?」
俺は少し考えてから口を開いた。
「なんだい?」
「風早グループでの、お前のポジションだ」
スパイの振りして風早壮太に貸しを作れば、後々利用できる可能性がある。
それをするに当たって重要なのが……こいつに利用価値があるかどうか、だ。
ぶっちゃけ、風早グループは帝真グループより規模が小さい。
そんな場所の、大した立ち位置でもない奴に貸しを作る意味はないからな。
「ポジションか……たぶん君も知っているとは思うけど、家は今お家騒動の真っ最中でね。それで俺は三男の、心太兄さんの支援をしている。まあじき後継者の右腕だと思って貰えばいいかな」
後継者候補の右腕ね。
ビックリするほどしょぼい立ち位置だ。
せめて風早グループを掌握中とかならまだ分かるが、その程度の奴に貸しを作る意味合いは薄い。
物凄く時間の無駄な気がしてきた。
呪い関連も、掘り下げる程の価値はないし。
そういや、林亜美の友人関連で呪術師と揉めてたな。
こいつらに呪術を施した奴らが、その関係者って可能性もあるか。
ま、だから何だと言う話ではあるが。
俺は別に正義の見方ではない。
降りかかる火の粉は当然払うし、目に入る場所でふざけた真似をしているような奴らも処す。
が、直接的な被害がない上に、どこにいるかも分からない様な奴らを血眼になって探す気はなかった。
確証があるなら兎も角、そうじゃないのに、風早達を拉致って拷問するってのはな……
それは少し筋が通らない。
そう判断出来る程度の、良識は持ち合わせているつもりだ。
まあ俺や母さんに危害が少しでも及ぶようなら、そんなつまらない物は投げ捨てるが。
「ああでも……俺はその程度で終わる気はないけどね」
風早が言葉を付け足した。
きっと俺の表情から、『うっわしょっぼ』ってのが伝わったからだろう。
「ふーん」
一応上を狙う野心はある様だが、まあ現状しょぼい事に変わりはない。
漫画とかで『俺はこんな所で終わらねぇ』的な事言う奴は、だいたいしょぼいかませで終わるし、きっとこいつもそうだろう。
「興味ないって感じだね」
「ああ、ビックリするほどな」
「ふぅ、この感じだと……どうやら交渉は決裂っぽいね。やれやれ、また兄さんにどやされそうだ。なにより……君という存在と手を組めないのは痛手もいい所だよ」
風早が空気から答えを察し、首を竦める。
痛手とか言ってるけど、まったく表情に出ていないあたり、まあただの社交辞令だろう。
「安田君」
「ん?」
「君への勧誘は、僕がトップに立った時にもう一度出直すよ。その時はより良い返事を期待してる」
「そうかい。まあ要件がそれだけなら、俺はもう帰らせて貰うよ。じゃあな」
これ以上ここに留まる意味はない。
背中を向けた瞬間『味方にならないなら殺すまでだ!しねぇ安田!!』とか言って襲い掛かってくる事を期待して背中を向けたが、そういう様子は起きなかった。
子悪党どもにしては理性的で宜しい。
「おい安田。風早を見くびるなよ。俺達はビッグになるぜ」
夢見るバンドマンみたいな事を勝次が口にする。
そういうセリフを吐く奴らの、大成しなさそう感の凄い事よ。
「ああ、そうそう。俺や俺の周りにちょっかいをかけるなら……その時は容赦しないから。それだけは覚えとけ」
出ていく前に一応釘は刺しておく。
こいつらに何かできるとは思えないが、絡まれるだけでも面倒くさいからな。
「肝に銘じておくよ」
◇◆◇
「回収は無理だったな」
倉庫を出た所で呟く。
実は風早とのやり取りの締めの時、ちょっとした魔法を発動させていた。
風を発生させる魔法だ。
それを使ってどうするつもりだったか?
風早の髪の毛を回収するつもりだった。
小物な上に明確に敵対している訳ではなかったけど、センサーを用意しておいて損はないからな。
まあ記念品を頂く様なもんだと思ってくれ。
―—けど、毛先を狙ったそれは弾かれてしまう。
相手に気づかれない様カットすつもりだったから威力を抑えたとはいえ、鉄位普通に切り裂ける威力だったんだがな……
何らかの方法でガードしたのは確実だ。
単純に髪の毛が鉄より硬いって事はないだろうし。
魔法に反応した。
もしくは、俺との面談に際していつ攻撃されてもいいよう防御してたか。
「まあ後者かね」
風早から魔力は感じてないからな。
魔力を持ってない奴が、不可視の魔法を見抜くのは難しい。
「ま……いきなり自分のとこにやって来た相手を、警戒しなかったらただの馬鹿だからな。当然か」
攻撃ならあれだが、こっちの攻撃を防御されたからといって文句を言うのは野暮という物である。
俺は闇を纏い、飛び上がった。
「帰って寝るか」
今のところは風早達に害はない。
そう判断した俺は、空を飛んで家へと帰宅した。
ま、あくまでも、今の所でしかないが……
拙作をお読みいただきありがとうございます。
『面白い。悪くない』と思われましたら、是非ともブックマークと評価の方をよろしくお願いします。
評価は少し下にスクロールした先にある星マークからになります。