現実逃避
三題噺もどき―にひゃくきゅうじゅうはち。
「っぁあ゛あ゛~~」
自分でもあまり聞くことのない、低くしゃがれたような声がのどから洩れた。
出すつもりはなかったが、こう……猫背で固まった状態から、背筋を伸ばそうとすると、つい出てしまった。
ま、その声を聞く人は誰もいないから、気にもしないが。
「――ったた……」
骨が軋むし、あばら骨のあたりが小さくなっている。
肩も痛いし、肩甲骨のあたりも痛いし、背中も痛いし……うなじの痛みは今に始まったことじゃないから良いにしても。
「……ん゛」
ついでにもう一回。さっきよりは、気持ち強め。
掌を上に向けながら、座ったままではあるが、背伸びをするような気分で。
ついでに足の裏も伸ばす。足裏はなぁ……なぜか常に突っ張っているような感覚が居座っているので、割と無意識のうちに伸ばしていたりする。
「―――っふぅ」
力を入れていた状態から、一気に脱力する。
全身から抜けていく力が、程よい心地よさを残していく。
はぁ……そろそろこの姿勢の悪さもどうにかしないとなぁ。集中してしまうとどうにもいかないので、何ともできないのが現状ではあるが。
しかしなぁ……あまり猫背はよくないと言うし、直したいところではあるよなぁ。
―と、思い始めて数年たっていたりする。
「……さて」
ほんの一瞬の気分転換と休憩をし、机の上に目をやる。
真白なページと、添えられただけのボールペン。
小さめで買った机は、ぎゅうぎゅうといろんなものが乗っている。
が、このページの上にだけは、面白いぐらいに何もない。
文字通りのまっさら。
ボールペンは、今は文鎮と化している。
手に持つ気にならない。
「……」
しかしなぁ……。
これと言って、何も進まないままに、何時間経過したことか。
このまま机に張り付いていても仕方なさそうではあるのだが、目の前のこれを片付けないわけにもいかない。
「……」
とりあえず、ボールペンを、持つだけ持ってみよう。
うん。手にしっくりくる。いいボールペンだ。かなり昔から使っているお気に入り。これでないと、持つ気にもなれない。筆が進むどころの話ではなくなる。だって持つことすら体が拒否するんだ、他のボールペンなんて。これでないといけないし、これ以外は認めない。
「……」
なんてことを、頭の中でグダグダと考えてみるが、どこにでもあるようなボールペンに、そんな思い入れも価値もない。
今使っているのは、数日前に新しく買った百円ショップのやつだ。
便利で良いよな、百円ショップ。大抵のものがあそこで買えてしまう。
たまに300円とか、1000円とかのものも見かけるが、あのあたりはまぁ……買うならちゃんとしたの買うなと思わなくはない。
「……」
んーだめだ。
なにも浮かばない。
しょうもない事しか頭の中に流れてこない。
ボールペンの事とか、どうでもいいての。
それより目の前のことに集中しないと……いつになっても終わらない。
「……」
しかし、半ば考えることを放棄しているからだが、手に持っていたボールペンを机の上に置く。そしてそのまま、近場に置いてあったお菓子の袋に手を伸ばす。
片方は、頬を支えている。
何も考えていないのに考えているふりをしている、この頭を支えるので手一杯。
「うぇ……」
お菓子の袋の中身は、ひとくちチョコレート。
キャンディを包むみたいに両端をねじった、透明なフィルムのようなやつに、チョコレートを包んでいるやつだ。
これを、片方を口で噛み、もう片方を手で引っ張って食べるのが、昔からの癖だったりする。
たまに落とすけど。
―で。今なぜ、気持ち悪さが指先から走ってきたのかと。
「とけてるし……」
頬杖を解除し、袋を手に取り、中身を見ると、形がおかしくなったチョコレートがあった。
1つ明らかにつぶれているのは、ついさっき触ったからだろう。
いつもの調子でつかもうとしたら、ぬるっとした感じがあった。
「さいあく……」
あーでも、この部屋暑いからなぁ。
クーラーもつけていないし……。
扇風機は回してはいるが……。
外から虫が入ったりするのが嫌なので、窓は開けていないし。
「……」
節電のためと思ってはいたが……対していい事でもないと聞くし。
これで熱に倒れて、病院行く方がお金がかかるらしいし。
「……クーラーつけるかぁ」
しかし、リモコンどこやったかなぁ……。
と、そんなことを考えながら椅子から立ち上がる。
―あ、ついでに買い置きしておいた調味料を新しい塩瓶に淹れておこう。どうせこの暑さのままじゃ頭は働かない。
「……」
さー、休憩休憩。
お題:チョコレート・ボールペン・塩瓶