メイドの幽霊
ゆらりと、水の中を泳ぐように女がこちらを向く。
「…おやすみなさい」
メイド姿の幽霊はすっと目を閉じた。
「いや待て。寝るな」
顔の前で手を振る。ゆっくりと目が開く。瞬きはしない。
「…幽霊たる私は、一度死に、永遠の眠りについた身。再び眠りにつこうとそれは同じことでは」
「よく喋るわね」
「寝てたら神殿の防衛ができないだろ」
長い髪の女性だ。服も髪も薄い墨色で透けている。
「幽霊って何ができるんだ」
「…敵に取り憑くことができます。生気を吸います。あとは姿を消すことができます。このように」
水に沈むように姿が薄くなり、消える。少ししてから、濁り水の向こうからやって来たようにするりとまた現れた。
「強いんじゃないか?」
「…死したる者よりも生きている者のが生気は強いものです。ご主人様」
「ダメージ量はあまりないってことか」
パネルからステータスを見る。
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(名無し)
所属:プルセルポナ神殿
種族:幽霊
力階:1
力量:
贅力 0
体力 1/1
魔力 10/10
技能:
物理無効
無色透明
従属:なし
眷属:なし
装備:死神殿のお仕着せ
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「名前がないな」
「眷属の名前は『契約』のときにつけるものよ」
「じゃあ、ユメ」
「…はい。ご主人様」
「任せたいのは監視と防衛。何か異変があれば教えてくれ」
「…ご随意に」
そう言ってユメは部屋から消えた。
残りのポイントは1531だ。
「幽霊はあと何体出せるの?」
「いや、残りは貯めておく。設備の調子も見たいし」
装飾品の岩や扉を組み合わせて、ひたすら進むのを難しくしている。床にあけた穴は罠扱いにならないのが助かる。留守にするために作った偽の祭壇を最下層の最深部に移動して、そこに至るまでの道筋を更に難化させていく。
「ゾンビをたくさん出した方が簡単なのに」
「辿り着けなければそれでいいんだよ。溢れて麓の村に押しかけたりしたら困るだろ」
壁で作った迷路に曲がり角を増やしていると、洞窟と本物の祭壇の間にある生活空間にふわりと薄靄が戻ってきた。ユメだ。
「…ご主人様」
「おう。どうした」
「…敵襲です」
*
神殿の中ならどこでもパネルに映すことができる。画角を洞窟の入口から外へ向けると、スーツを着て木刀を持った男が立っていた。
「頼もう!」
海の神殿による襲撃以来。二ヶ月ぶり二度目の来襲者だ。
「知り合いか」
「違うわ」
「あの服、現代日本の服っぽいけど、ああいうのってこっちにもあるの」
「さぁ?どこかの国にはあるんじゃない」
プルセの知識は役に立たない。
「ますたぁ。この神殿は山の奥にありますが、あの男の服には汚れがほとんど見受けられません。生地の様子も縫製も、高級と片付けるには難しい仕立てです。いずれかの神殿の関係者とみて間違いはないかと」
「セランは賢いな」
「服なんかどうでもいいでしょう。襲撃よ!神殿の所属だというなら返り討ちにして逆に相手の神域へ攻め込むのよ!」
「うちにそんな戦力はない」
防衛をやっと固めたところだ。
「このまま黙ってれば帰ってくれないか」
羊と雄鶏の姿は見当たらない。避難したようだ。
やや待って男はまっすぐに天井を見た。
「まずい」
街に出るとき作った偽の祭壇は最下層の最深部に移動した。一番上から一番下まで下り登りを繰り返し、穴だらけの迷路や水没した通路を乗り越えないとたどり着けない場所だ。
しかしそれは囮で、本物の祭壇は別にある。
入口を入ってすぐ上。一番浅い階層の天井にある穴の一つから上がったところ。神殿の入口から祭壇まで、完全に閉ざしてしまうことはできない。祭壇から繋がっていない場所は管理下から外れてしまう。すべての穴に岩の落ちる罠をつけて、下に降りる階段に意識を向けるように仕向けた。
男は祭壇へと繋がる穴にまっすぐに視線を向けている。
祭壇の奥から別の場所へ、通路を新しく追加する。とにかく深いところへ。通路が繋がるのと侵入者が洞窟へ踏み込んだのは同時だった。
神殿の中に神殿に所属していない魔物や人間が入ると構造を変更できなくなる。穴を塞げない。
生活するために整えた空間から、一人が駆け去った。
通りざまに罠を止め、天井に空いた穴から少女が飛び降りる。
「セラン!」
セーラー服を着たゾンビが赤い鞘の日本刀を抜く。
「お戻りください。ここを通すことはありません」
男は陽気に言った。
「頼もう!エルクリスに聞いて来たんだ」