塔のある街
村には老人ばかりが暮らしている。芋の他に作物はない。
「俺こっちで暮らすわ」
『だめに決まってるでしょう!』
プルセは激昂した。
『あなたがいないとゾンビを増やせないのよ!早く帰ってらっしゃい!』
「ゾンビは要らないだろ」
『要るわよ!』
ゾンビ好きなやつである。
「食事は正直美味しくないけど、栄養は足りてるし。お前のところにいると俺は死ぬ」
『それなら…それなら通いでもいいわ!』
「そんなことしてたら畑をやる時間がなくなるだろ」
『なにを農家みたいなこと言ってるのよ!』
「ゆくゆくはそうなるつもりだから」
食料を分けてもらいに降りてきた村で俺とセランは生活を始めていた。村の端っこでセランが生前住んでいた家に暮らしながら、畑仕事を手伝っている。
村にある他の家と同じく、床の半分が土間になった狭い小屋だ。しばらく住人がいなかったため、他の家より少し傷んでいる。外壁は石と芋の蔓が混ぜられた土で、屋根は板と芋の蔓だ。
主食は畑で作っている芋で、おいしくないがたくさん穫れる。突然増えた村民二人の分も貯蔵していた分でまかなえているようだった。
『こんなとこ、また攻められたりなんかしたら』
「言われてもな。セラン。お前だけ一回帰るか?」
「嫌です。セランはますたぁと一緒にいます」
食べる必要も休む必要もないセランは働き者で、水汲みに畝造りにと活躍して感謝されている。俺はろくに役に立っていないが、おじいさんおばあさんたちは優しいので何かすれば感謝してもらえる。
「人が来たからもう切るぞ」
『え、ちょ』
「食い物を生産する目処がたったら教えてくれ」
こちらにやって来るフェウじいさんが見えたので『交信』を切った。
「やってるかい」
「ぼちぼちです」
家の前で今は種芋の準備をしている。芽が一つずつになるように切り分けるのだ。
「こんなに作って撒くとこありますか?」
「土さえあれば育つからなあ」
便利な芋である。
「ところでなぁ」
芋の蔓を乾燥させて作ったお茶を出す。温かいそれを飲みながら、少し言いづらそうにフェウじいさんは言った。
「そろそろ村から出てってもらおうと思ってな」
*
「それでのこのこ帰ってきたの」
勝ち誇ったプルセはそう言った。セランに背負われて戻った山の洞穴でのことだ。
「あの村で長く居ると若い人間は病気になるんだと」
セランの生前の死因だ。村のお年寄りたちは妹だと紹介したセランが同じ病気になることを恐れたのだ。
「いいわ!帰ってきたならさっそくゾンビを召喚しましょ!どの神にも攻め滅ぼせない堅牢な神殿を築くのよ!」
「準備したら出てくから」
「何でよ!!」
「食料がないだろ。街のある方向を教えてもらったから、とりあえずそこを目指す」
病気は、土地に魔力がないことが原因らしい。若い人間ほど普段の生活で魔力を消費するので、欠乏症になって倒れるそうだ。プルセルポナ神殿の周囲は特に魔力が少ない土地で、そこでも育つ珍しい植物があの芋なのだという。
ゾンビのセランは死んだりしないし、魔力なんてあるはずもない俺もその病気にはならない気がしたが、村を出る以外にお年寄りたちを安心させる手段を思いつかなかった。
「気になってることもあるし」
「ゾンビもいない神殿で一人きりなんて、攻め滅ぼせと言っているようなものじゃないっ」
「大丈夫だろ。この辺こないだ攻めてきた神殿しかないって聞いたぞ。対策もしてくし」
この間攻めてきたのは海の神殿だ。山を村と反対の方に下ると海に出る。村から他の人里まではかなりあるらしい。
「なら、なら!私も一緒に行くわ!」
「うん?」
「ゾンビもなしにこんなところ居られないわ。連れて行きなさい!それなら好きなときにゾンビを出せるでしょっ!」
「うーん」
想定外の申し出だ。が、実のところ、悪い話ではない。
「いいか?セラン」
「ますたぁがよければセランはそれでいいです!」
*
「着いたな」
「はいっ!」
プルセは何も言わない。
「立派な塔だなぁ」
「神殿の山とどちらが高いでしょうか」
「山じゃないか?」
小高くなっている丘の上に目立つ塔が建っている。周囲は大小の建物で囲まれていて、低くなるほど数がまばらだ。
「なぁプルセ」
「…話かけるんじゃないわよ…!」
馬車の縁にもたれかかったプルセが呻いた。
「こんな…趣味の悪い…」
「神でも乗り物に酔うんだなァ」
「黙りなさい…!」
馬車は普通に使われているらしい。村には馬もいなかったけど、ここに来るまでちょくちょく他の馬車を見た。
「馬はモンスターに含まれないと思うが」
「ただの馬じゃないわ。昼夜を徹して走り、蹄で外敵を打ち倒す。中級モンスターよ。それも4頭」
馬たちがヒンヒンブルルと返事した。言葉は喋らないが、理解している素振りをする。俺たち3人と神殿から持ち出した水の湧く石像を荷台に載せた馬車を軽々と牽く。
「よくこれだけ揃えるゾンビポイントがあったものね」
「それはセランがな」
「えへへ」
「そんなになにか倒してきたの」
「いいや」
初日に殲滅した巣がすべてだったらしく、山にはもうモンスターがいなかった。神殿を出る準備に使ったポイントは、村で稼いだものだ。
「畑仕事で」
プルセは首だけ動かしてこちらを見た。
「あとで聞かせなさい」
道の途中、建物の集まりと何もない原っぱの境目に櫓が建っている。そこが街の入口だった。
*
馬車の上に組んだ骨に布を張って、中が見えないようにする。これで、御者も乗客もいないことが外からわからなくなる。
「じゃ、適当に道をぶらついててくれ。大人しくな」
馬たちを馬車ごと送り出す。馬も馬車もかなり立派で目立つし、停める場所に困りそうだったからだ。
「お嬢ちゃん大丈夫かい」
ふらつくプルセを見かねて櫓から人が降りてきた。
「どうも。乗せてもらった馬車に酔ったみたいで」
「馬車か。怪我じゃないならいいんだが」
「どこかすぐ休めるとこってありますか」
「すぐなら教会がいいだろうな」
白髪の目立つおじさんはそう言って、近くの建物を指差した。他より少し大きい三角屋根の建物だ。
「ありがとうございます。行ってみます」
「待って…」
「お前の格好、この辺なら何も言われないんだな」
「どういう意味よ…。いえ、それより、言ってるでしょ。止まりなさいってば!」
街に入るのに手続きは必要ないらしく、そのまま道を通された。丘の上に行くほど増える建物はまだまばらで、人の数も少ない。少し離れたところに畑を耕す人の姿が見えるくらいだ。葉っぱの形が違うので、植えられているのは芋ではないらしい。
肩を貸した格好のプルセを半ば引きずりながら、セランが開けてくれた扉から建物に踏み込む。その途端、建物の内部が眩しくライトアップされた。
『おや、シアスのところのお嬢ちゃんじゃないか』
誰もいなかったはずの目と鼻の先に、とびきりのイケメンが出現してそう言った。
*
プルセが喚く。
「だから止まりなさいって言ったじゃない!ダラウコス様の教会じゃないの!見てわかるでしょう!」
「いや、わからないんだが。教会に神の違いとかないだろ。あったっけ」
「じゃあ何のために建てるっていうの!」
どうも、俺の知る教会とは違うらしい。
『僕に用があったという訳ではないのかな』
「ないわっ」
「いや、ある」
「ちょっと!」
「このあたりでポイントを稼ごうと思ってる」
藻のような青緑の髪をしたイケメンは、プルセやアンリタリテと同じかそれ以上に派手な服装をしていた。身長が高い。
「あんたのってことは、この辺で俺らがポイント稼ぐのは何か、問題あるか」
『気にしなくていい。神殿ではなく教会なのだから』
「その違い知らないんだよな…」
『随分と流暢に喋るゾンビだね。おや、もしかしてレイスかい』
「趣味嗜好が把握されてる」
『召喚したばかりかな。仲良くやるんだよ。会話のできる眷属は失うと悲しい』
「あっ消えた」
イケメンの姿が薄れて消え、光が収まった。建物の中がよく見えるようになる。壁と床は石積みで、艶のある木材でできた長椅子がいくつも並んでいる。俺の知る教会なら十字架のありそうな位置に魚の絵が飾られていた。
「あなたさては何も考えていないわね!?」
「考えてるぞ。常に、ずっと」
「私止まりなさいって言ったわ!」
だいぶ元気になったプルセを椅子に座らせてやる。
「誰だったんだ。あれ」
「ダラウコス様よっ」
「様ってことは神様なんだろ。お前とかあの、アンリタリテって神様みたいな。様ってことは偉いのか」
「偉くはっないけど!歳が上なのよ。600歳くらい」
「規模感」
「よりにもよってあの高飛車女の縁者よ。ねぇ帰りましょ。私が神殿を空けてるって知られたらきっとまた攻めてくるわ」
「そのときはそのときだ」
仕掛けはしてある。あまり心配はしていない。
「神って随分そこら中に居るんだな。神殿と教会って何が違うんだ?」
「主宰と違う神が教会に侵入したんだから顕現するのは当たり前でしょ。神殿は神の座。権能を行使する場所。教会は神の威光を人々に伝えるための場所」
「本部と営業所みたいなもんか」
「たぶん違うわ」
「俺の知ってる教会だと神父さん…教義を広めたり建物を管理する人がいるもんだが」
「さあ。いる教会にはいるんじゃない」
「お前も詳しくないな。さては」
「はいますたぁ!都会でもなければ皆での共同管理になるので貧しい村では教会を建てられないと村のお年寄りが言っていました!この街は村よりずっと大きいけどまだ田舎なので、管理人はいないと思います!」
「セランは賢いな。じゃあ、休憩したらどっか拠点を探すか」
プルセほどではないが、馬車で2日の旅は疲れた。
「長居するってこと。こんなところまで来ていったいなにをするつもり?」
「畑仕事をするんだよ」