0101
ふとんがふっとんだ
電車を降りて、男は冬の寂しい風に当たった。
改札を過ぎると、目の前の公園に女が立っていた。こちらに向けて手招きしている。
距離を三メートルまで詰めると、手の操作をやめてトイレの方へ歩き出した。
彼女は空っぽの小さい公園に一輪の花を見出したかったわけではなく、その裏の、壁のある一点に右手の中指を当てた。多分ボタン。
ダンジョンの仕掛けのように、床が(自分たちにしか聞こえない程度の)音を立てて開き、地下への階段が現れた。
ゆったりした動きの割にきびきびと進行する女は、その長い階段を降りている途中にはじめて口を開いた。
「あなたにこの世界はどのように見えていますか」
「色鮮やかで美しい、そして儚い世界です」
「そうですか。私にとっては何かがあり、何かがない世界です」
「と言いますと」
「一か八か……いや、零か一かの世界です」
「そんなぁ、まるでコンピュータみたいな!」
割と大きめの声で笑ったが、彼女は表情筋(?)をたったの一ミリも動かさなかった。小学校の時、牛乳をこぼした友達に「モー、牛もモー烈に怒ってるだろウシ!」とかまして見事に滑り散らかしたのを思い出した。摩擦なくなったんかと思った。牛乳で。
思い出を辿ってウッシッシとしているうちに、最深部に到着した。地下室には、真ん中にロッカーのような形をした装置があるだけだった。
女は再び口(の位置にある穴)を開いた。
「現在の基準が限界を迎えようとしています。そこで、あなたに基準を引き継いで貰いたいのです」
「基準?」
「人間は、相対的な価値の中でしか生きていけません。しかし、世界のあらゆるものごとを知るのは人間には不可能です。そこで、基準、つまり『普通の人間』が必要なのです」
「ふむ。今までに何人が?」
「あなたで五人目です」
「そういう返答はできるんだ」
男は装置に入った。女が扉を閉めると、世界のほとんどが見えなくなった。深呼吸して、目を閉じた。世界が七度くらい変わった。
布団は吹っ飛ばなかった。