46話 訪問客
畑仕事を終えて、ポメラ達と家でゆっくりしていると、家のドアが「コンコン」とノックされ、「すみません、どなたかいらっしゃいますか」という女性の声がドアの外から聞こえてきた。
うん……誰だ? フランの声っぽいけど、こんな丁寧な言葉遣いで喋らないよな。
もし、フランなら「アタル、いる?」みたいな感じでフランクに声をかけてくる気がする。
俺は誰が来たのか確認するため、ドアの覗き穴から外を窺うと、ドアの前にはフランが立っており、興味深そうにログハウスを見ていた。
何だ、やっぱりフランだったか………紛らわしい言葉遣いをするから、知らない人が来たかと思って身構えてしまったじゃないか。
俺は来客が見知った顔だったことに安心して、家のドアを開けることにした。
「やあ、フラン。久しぶりだな。元気だったか」
「ええ、久しぶり。おかげさまで元気にやっているわ……って、何よ、この家! やっぱり、アタルの家だったのね。今日来てみたら、立派な家が建っているから驚いたわよ」
うん、やっぱり、この騒がしい感じの方がフランっぽいよな。
さっきの言葉遣いは俺の家かどうかわからないから、丁寧な言葉を使ったんだろうな。
「驚いてもらえたのなら、頑張って建てたかいがあるな。それにしてもドアをノックしたときの丁寧な言葉遣いは何? フランらしくないから、知らない人が来たかと思ったよ」
「あなた、私を馬鹿にしてるの……アタルの家かなとは思ったけど、万が一、知らない人の家だったら失礼な態度は取れないから、丁寧な言葉を使ったに決まってるじゃない」
「ああ、やっぱりそういうことだったのか。とりあえず、ここで立ち話するのも何だし、家の中に入りなよ」
「ええ、そうさせてもらうわ。あなたが私をどういう風に思っているのか等、色々と聞かなきゃいけないこともあるみたいだし……」
そう言いながら、ジト目で俺を見つめてくるフランを家の中に招き入れた。
「へえー、家の外観も良かったけど、中も素敵ね。私がここを離れてから1ヶ月も経っていない筈だけど、どうやってこの家を建てたのよ」
フランは家の中に入ると、室内をひととおり見渡した後、率直な疑問を俺にぶつけてきた。
「ふふ、よくぞ聞いてくれた。それはひ・み・つだ」
俺がフランにそう言った瞬間、フランは目にも止まらぬ速さで右手を振り上げ、俺の頭を叩いた。
「あぐっ!」
「次にそのむかつく言い方したら叩くわよ!」
「いや……もう叩いているじゃないか……」
俺は殴られた頭を押さえながら、そう反論すると「何よ、文句あるの?」と睨みつけられたので、全面的に謝罪した。
「詳しいことはまだ話せないけど、この家はあるスキルのおかげで簡単に建てられたんだよ。
大工の人たちが持っている建築スキルみたいなものだと思ってくれ」
「ふーん、スキルのおかげね……
確かに大工の人の中には建築スキルを持っている人もいるけれど、建築材の加工が容易になったり、道具の扱いに多少の補正が付く程度で、一人ではこんなすぐに建てられないと思うんだけど……
まあ、アタルに常識を説いてもしょうがないわよね。まだ話せないってことは、いつかは話してくれるのかもしれないのだから気長に待つとするわ」
「ああ、そうしてもらえると助かるよ。それより、フランがここに来たということは、お母さんの病気は治ったのか?」
これ以上、家のことやスキルのことについて聞かれると、更なるボロが出そうであったことから、別の話題に話を逸らすことにした。
「ええ、おかげさまで無事に完治したわ。アタルやポメラ達のおかげね。改めてお礼を言わせてもらうわ。
あと、ここの事については話してはいないのだけど、お父さんやお母さんにあなたの協力があったことだけは伝えてしまったの……」
おぉ、無事に治ったのか。
フランも心配そうにしていたから何よりだな。
その病気も再発しなければいいんだけど、再発する可能性はあるのかな?
うーん、またお母さんの心配をさせるのも申し訳ないけど、命に関わることだから一応確認しておくか。
「アタル、やっぱりお父さん達に勝手にアタルのことを話したのを怒ってる?」
俺が病気のことについて考えに耽っていると、黙っている俺を怒っていると勘違いをしたのか、フランが不安そうな眼差しで俺のことを見てきた。
「うん? 俺のことを話すくらいなら問題ないよ。それにこの場所についても積極的に話して欲しくはないけど、場所がバレても問題なくなったしな。
それより、お母さんの病気が治って本当に良かったな。ただ、また心配させることになって申し訳ないんだが、その病気って再発する可能性ってないのか? もしあるとしたら、また花を入手する必要があると思うんだけど」
「怒っていないのならいいわ。黙っているから私がアタルのことを話してしまったのを怒っているのだと勘違いしちゃったじゃない……
お母さんのことも心配してくれてありがとう。でも、サフロスの花で完治した病気は二度と罹らないらしいから大丈夫よ」
へえ、二度と罹らないのか。
もしかして抗体でもできるのかな……
まあ、詳しいことは医者じゃないからわからないし、異世界だからそういうものなのだと思った方が良さそうだな。
「なら、良かったよ。もう夕方だからフランは今日泊まっていくだろ? せっかくだから新しい拠点を満喫していってくれ」
「ええ、そうさせてもらうわ。それに今回のお礼を渡したいんだけど、今渡してもいいかしら」
「ああ、何をくれるんだ?」
そう言うと、フランは腰のポーチから色々なものを取り出し始めた。
「正直、サフロスの花の対価になるかわからないんだけど、まずは礼金が1500万Kね。それと魔石を欲しがっていたから、《魔石(小)》を1000個、《魔石(中)》を300個、《魔石(大)》を10個用意してきたわ。
後はポメラ達が喜びそうな魔物用のおもちゃに、美味しい食べ物や食器や家具なんかね。
急いで集めたんだけど、今はこれくらいしか用意できなかったから、また今度追加で持ってくるわね」
次々に目の前に積み重なっていくお礼の品々を俺は呆然としながら眺めていたが、フランの最後に言った言葉で現実に引き戻された。
「えっ……追加ってまだお礼があるの?」
「当たり前じゃない。ここにあるものだけじゃ、数千万Kくらいの価値しかないわよ。私のお母さんの命を救ってもらえたんだから、この程度のお礼の品では私もお父さん達も納得しないわ」
「いや……数千万Kって、俺にとっては充分すぎる金額なんだが……それでもお礼がし足りないって、フランの家って実は金持ちなのか?」
「何を言っているのよ。私のお父さんはウェスター辺境伯領の領主よ。お金は持っているに決まっているじゃない。まあ、税金は国に納めたり、領民の生活に還元しちゃうから、この品々は私やお父さんが冒険者として得た収入で購入したりしたものなんだけどね」
「ふーん、そうなんだ……って、えぇ、フランのお父さんがウェスター辺境伯領の領主だと!? つまりはフランは辺境伯の娘で貴族ってことか……」
「あれ? 言ってなかったかしら。まあ、いいわ。そういうことだからまたお礼は持ってくるからね」
俺はフランの突然の発言に暫しの間、呆然とするのであった。




