閑話 フラン
私はアタルと別れた後、お母さんの病気を治すため、サフロスの花を持って領都にある実家に帰宅した。
「今、帰ったわ」
「「「おかえりなさいませ、お嬢様」」」
私が帰宅すると屋敷の使用人達に出迎えられたので、使用人の一人にお母さんの具合について聞くことにした。
「お母さんの具合はどうかしら?」
「高品質の魔力回復ポーションを定期的にお飲みになっていますので今のところは大丈夫ですが、徐々にポーションの効き目が弱くなっております……旦那様達も奥様のために色々と手を尽くしていますが、今のところ病気を治す手立ては見つかっておりません」
「そうなのね。お父さんは今どこにいるかしら? 至急お話ししたいことがあるんだけど」
「旦那様は執務室にいらっしゃいます。お嬢様がお帰りになられたことを伝えてまいりますので、ご自室にてお待ちいただければ」
「時間が惜しいから、直接自分で行くわ」
そう言って、私はお父さんがいる執務室に向かった。
私が執務室のドアをノックすると中から使用人の一人が出てきたので、用件を伝えると部屋の中からドタバタと走る足音が聞こえてきて部屋のドアが勢いよく開かれた。
「おぉーフラン、どこに行っていたんだ! 心配したんだぞ! 怪我はないか! それにしても相変わらず可愛いな!」
ドアからは私の父親であるウェスター辺境伯領の領主イグニム=ウェスターが姿を現した。
年齢は42歳、赤髪短髪で体格はがっちりとしており、性格は貴族らしからぬ裏表がないさっぱりとした性格であり、領民のために日々尽力していることから娘としても好感を持てるが、3人兄妹の末っ子である私にはとにかく甘く、私の前だとすごく残念な性格になるのが唯一の欠点であった。
「お父さんうるさいわ。それよりお母さんの病気に効くかもしれない花を手に入れたから、すぐに処方して欲しいんだけど」
「お父さんじゃなくてパパと呼んでくれといつも言っているだろう。それよりアイリスの病気に効く花だと……まさかサフロスの花か……」
「ふふん、そのまさかよ。ただ、通常のものより効果が低いみたいだから、お母さんの病気に効くかはわからないんだけど……」
「俺が色々な伝手を使っても手に入れられなかったものをフランが手に入れただと……さすが自慢の娘だ! 早速、医師に頼んでアイリスに処方するとしよう。 俺は医師を呼んでくるから、フランはそこに花を出しておいてくれ」
「お父さんがわざわざ伝えに行かなくても使用人がやってくれるわよ」
私は自分で医師を呼びに行こうとするお父さんを呼び止めて、使用人に医師を呼んでくるようにお願いした。
「おぉーこれがサフロスの花か……しかし、この花をどうやって手に入れたんだ?」
「魔境で手に入れたのよ。以前に魔境で採取されたことがあるという話をお父さんから聞いたでしょ。それを思い出して自分で採取しに行ったのよ」
「お前は本当に無茶するな……誰に似たんだか……ただ、お前に詳しく話していなかった俺も悪いんだが、サフロスの花が咲いていたのは脅威度7や8の魔物がいるような奥地だったという話だぞ。S級冒険者のパーティーが探索中に1本だけ咲いていたサフロスの花を見つけただけで、それ以降の目撃情報はなく、依頼を引き受けてくれるS級冒険者も見つからなかったから、俺は魔境で入手するのは諦めていたんだ。それなのにお前は魔境でその花を入手しただと……どれだけ危険を冒したんだ。お前に何かあったら、アイリスが自分のせいだと落ち込んでいたかもしれないぞ」
「うぅ、ごめんなさい……そんな奥地にしかないとは思わなかったのよ、でも、私はそこまで奥には行ってないし、結果的に見つかったんだからいいでしょ」
「奥まで行かなかったのに見つかったという話は信じられないが、実際に目の前にあるしな……ただ、可愛いフランのお願いだから冒険者としての活動は許しているけど無理だけはするなよ」
「ええ、気をつけるわ。それじゃあ、私は医師が来るまでお母さんのところにいるから」
そう言って私が執務室から出ていくと、お父さんも一緒に付いてこようとして使用人達に止められていた。
…
「お母さん入るわね」
お母さんの寝室のドアをノックした後、私は声をかけながら入室した。
「あら、フランちゃんじゃない。帰っていたのね。久しぶりに会えて嬉しいわ」
娘との久々の再会に嬉しそうに微笑む女性の名はアイリス=ウェスター。
年齢は40歳だが見た目は20代に見え、フランと姉妹に見えてもおかしくない容姿をしていた。
髪は胸までの長さがある金髪ロングで、三児の母親とは思えないほどスタイルはよく、おっとりした優しい性格をしており、フランはそんな母親が大好きであった。
「お母さん、体の調子はどう?」
「少し体が怠くなるけれど、それ以外はなんともないわよ。ポーションを飲めば、その怠さも収まるからこうやってベッドで横になっている必要なんかないのに、あなたのお父さんったら心配して外に出かけさせてくれないのよ」
そう言って、可愛いらしく口を尖らせる母親を見て、フランは自然と笑みが溢れた。
「ふふ、お父さんもお母さんが心配なのよ。もうすぐ新しい薬が届くみたいだから、それでお母さんの病気が治ったら一緒にお出かけしましょう」
「フランちゃんとのお出かけは楽しみね。そしたら絶対に病気を治さないといけないわね」
…
そう言った会話をしているうちに、寝室のドアがノックされ、お母さんが入室を許可するとお父さんと医師と思われる年配の男性が寝室に入ってきた。
「アイリス、具合はどうだ? 新しい薬を入手できたからこれを飲んでみてくれ」
「ええ、わかったわ。粉薬って苦手なのよね……」
お母さんはお父さんから渡された薬包紙に包まれた青色の粉薬と水の入ったグラスを受け取ると、嫌そうな顔をしながらも一気に飲み干した。
「ねえ、お父さん。薬の効果ってすぐあるのかしら……」
「ポーションと一緒ですぐに治るんじゃないか。病気が治ったか確認できるように、医療用の鑑定板を持ってきているから、早速確認してみるか」
お父さんがお母さんに鑑定板と呼ばれる魔導具を手渡し、お母さんがその板に魔力を込めると、お母さんの病状が板に映し出された。
板に表示された内容を確認したお父さんとお母さんが驚いた表情をしたので、私も恐るおそる板を確認すると、以前鑑定した時は、病名のところに【魔力欠乏症】と表示されていたのが、今回は【無し】と表示されており、お母さんの病気が治っていることがわかった。
「お母さん、治ってるわ!」
「ええ、そうね……本当に治るなんて思わなかったわ。この薬はフランが採ってきてくれた素材から作られたんでしょ。本当にありがとね」
そう言って、お母さんから抱きしめられた私は、お母さんの病気が治ったことが嬉しくてお母さんの胸の中で泣いてしまうのであった。
…
あの後、泣き疲れてしまった私は自室に戻り、お風呂に入って着替えた後、お母さんの病気が治ったことに気が抜けたのか朝までぐっすり寝てしまった。
「ほら、もう何ともないわ。だからもう心配しなくても大丈夫よ」
「そうは言っても、昨日までは病気にかかっていたのだから心配なんだよ」
翌朝起きてみると、庭から元気そうなお母さんの声とそれを心配するお父さんの声が聞こえてきて、昨日のことが夢ではなかったことがわかり安心した。
これもアタルのおかげね……
それにしても、お父さんの話を聞いた後だと、ポメラがサフロスの花を入手したというのはさすがにおかしいわよね……
拠点に生えていた木も気になったから、調べてみたらやっぱり世界樹と同じ特徴だし……
アタルは何か色々と隠しているのかもしれないけど、いずれ私にも教えてくれると嬉しいんだけど……
お母さんが治ったお礼もしなくちゃいけないから、近いうちにまた顔を見せにいかないといけないわね。
そんなことを考えながらも、アタルやポメラ達にまた会えるのを楽しみにしている自分に気付き、自然と頬が緩むのであった。




