37話 液体石鹸
「えへへへ……幸せだわ……」
俺の目の前にはポメラの体に顔をうずめてもふもふを堪能しているフランがいた。
ポメラは嫌そうな顔もせずに、大人しく寝そべっており、イアンは新しい遊びだと思ったのか、フランの真似をしてポメラに顔をうずめていた。
俺はそんなフランを放っておいて、土魔法を使い、水浴び場に脱衣所を兼ねた目隠しを作った後、地下の拠点の拡張を行っていた。
最初は荷物置き場と寝床のスペースしかない小部屋を作るつもりだったのだが、普段は大人しめなニーアがもっと広く作れといわんばかりに、作った壁を前足でぺしぺしと叩いたり、何か作って欲しいのか、床を叩いたりしていたので壁を広げるのと同時にベッドやテーブル、椅子、棚なんかの家具も土魔法で作り、普通の居間と変わらないくらいの部屋になってしまった。
俺が部屋を作り終わると、ニーアは部屋の中をぐるっと一回りしながら部屋の大きさや家具を確認していき、満足な出来だったのか、俺に向かって「ワフン」と一鳴きした後、俺の足に頭をぐりぐりと押し付けて来た。
「ニーアが満足してくれて良かったよ。けど、この部屋はニーアのために作ったわけじゃないから、ニーアの部屋はまた今度作ろうな」
そう言い聞かせると、ニーアは「わかってる」といわんばかりに前足で俺の足を何度かぺしぺしと叩いた後、フランのところへ行き、今度はフランのことを叩きはじめた。
「うん……何? どうしたのニーア? そっちに行けばいいのね」
フランが足下にいるニーアに気付くと、ニーアはフランを連れて新しく作った部屋に戻ってきた。
「ここがフランの部屋ね。自由に使ってくれ」
「えっ……短時間でこの部屋を作ったの? 寝る場所さえあれば充分だったのに……こんなに広い部屋使わせてもらっていいの?」
「ぜひ使ってくれ。お礼はニーアに言ってくれよ。俺はニーアの指示に従って、この部屋を完成させただけだから」
「ふーん、そうなのね。ニーアありがとね。おかげでこんな広い部屋を作ってもらえたわ。せっかくだから、この部屋で一緒に寝ない?」
「ワフッ!」
それを聞いて嬉しそうに尻尾を振りながら、フランに体を擦り寄せるニーア。
フランはそんなニーアを優しく撫でてあげるのであった。
…
「アタルもありがとね。あれだけの部屋を作って疲れてない?」
「どういたしまして。結構魔力は使ったけど、体力的には疲れてないよ。それより、もう夕方だからさすがに魔境の探索は行かないだろ?」
「うん、さすがに夜動くのは危険だから行かないわ。明日の朝から探索してみるつもりよ」
「フランの強さを見たから大丈夫だとは思うけど無理はするなよ。さすがに脅威度4以上の魔物は俺には荷が重いからフランにはついて行かないけど、花については近くに生えている可能性もゼロではないから探しておくよ」
「無理をするつもりはないから大丈夫よ。すぐに見つかるとは思っていないから、慎重に進むつもりだしね。サフロスの花は魔力濃度が高い土地にしか咲かないみたいだから、たぶんこの辺には生えていないと思うけどお願いするわ。花の特徴は顔の大きさ程の青色の薔薇みたいな見た目をしているらしいから、見れば分かると思うわ。採取するときは花だけ採ってしまうとすぐに枯れてしまうみたいだから、周囲の土ごと採取してね」
顔の大きさ位の青の薔薇ね。花だけじゃなくて茎や根っこまで創る必要があるわけか……結構な大きさになりそうだけど【創生】スキルで創れるか……まあ、試してみるしかないな。
「了解。もし見つかったときには、そうやって採取しておくよ。俺は今から夕食を作っておくから、フランはその間に水浴びしてくるといいよ」
「申し訳ないから、私も夕食を作るのを手伝うわよ。それに拠点を貸してもらうための利用料についても決めなくちゃいけないし」
「それじゃあ、夕食はいいからニーアとイアンも水浴び場に一緒に連れて行って、洗ってあげてくれないかな。拠点を離れている間は洗ってあげられなかったから、綺麗にしてあげたいんだよね」
「わかったわ。それじゃあ、ニーア、イアン行くわよ。利用料については、後でちゃんと話し合うからね」
「ああ、わかったよ。二匹を洗うときはこの液体石鹸を使ってくれ。使い方はノズル付きの蓋を押し込むとノズルの先から適量の石鹸が出るから、それを軽く泡立てたら、マッサージする様に全身を洗ってやってくれ。タオルはこれね」
そう言ってフランに【創生】スキルで創っておいたペット用シャンプーとバスタオルを人数分渡した。
「固形じゃない石鹸って珍しいわね。それに変わった形の容器ね。使い方が間違ってたら困るから試しにやってみてもいい?」
「いいよ。それじゃあ、その容器の上にある蓋を下に押し込んでみて。片手は液体が出てくるノズルの前な」
「これを押し込むのね。へえ、本当に液体が出たわ。これを泡立てて洗ってあげればいいんでしょ。それにしてもこの石鹸いい香りね。人間が使っても問題なかったりするの?」
「うーん……大丈夫な気もするけど、人間用もあるからそっちを使った方がいいな。使うならこっちが髪の毛用、そっちが体用ね。使い方はさっきと一緒だから」
「うん、ありがとう。せっかくだから試しに使わせてもらうわ」
そう言って、フランはニーアとイアンを連れて水浴びに行った。
「ポメラは悪いんだけど、夕食の後に俺が体を洗ってやるからな。それまで我慢してくれよ」
「ワフ」
ポメラが了承とばかりに一鳴きしたのを見て、俺はフランが水浴びに行っている間に、収納リュックから買ってきた食材や調味料、野菜の種等の荷物を取り出しておいた。
夕食は何がいいかな? 帰ってくるのに疲れたから、手を抜いてパンと野菜スープでいいかな。ポメラ達には生肉と焼いた肉を多めに用意しとけばいいだろう。
ささっと夕食を作り終えると、水浴びからフラン達が帰ってきた。
「ふう、気持ちよかったわ。アタル、あの液体石鹸すごいわね! 匂いは良いし、普段より髪がさらさらになったの!」
嬉しそうに近づいてきて洗ったばかりの髪を見せてくるフラン。
髪を洗ったばかりだからか、髪型がサイドテールではなく、肩までかかるセミロングになっており印象が違く見えた。
また、髪をかきあげた際に柑橘系の爽やかな匂いが漂ってきて、ドキッとしてしまった。
服装もマント姿から、質の良さそうな白色シャツに黒色ショートパンツ、茶色のショートブーツ姿に変わっており、マント姿との違いについ見惚れてしまった。
「アタル、どうしたの?」
俺からのリアクションがないことに気付いたフランが声を掛けてきた。
「い、いや、何でもないよ! 液体石鹸なんかで喜んでもらえて良かったよ。夕食はもうできてるから食べる?」
「夕食は待っているから、アタルも水浴びしてきちゃえば。ポメラも水浴びしたいでしょうし。それより、この液体石鹸やバスタオルってどこで購入したの? 気にいったからできれば購入したいんだけど」
「うーん……市販では売ってない品なんだよな。一応、予備があるから、それをフランにあげるよ」
「やった! けど本当にいいの……市販品ではないってことは貴重なんじゃない?」
「まあ、貴重っていえば貴重だから、他人には言わないでくれると嬉しいな」
「うん、そうするわ。代金はいくら位かしら?」
「うーん、代金は要らないから、拠点の利用料も含めて脅威度4以上の魔物を倒したら、素材や魔石を少し分けてくれないか。むしろお金を払うから魔石が欲しいんだよな」
「ふーん、魔石が特に欲しいのね。そしたら脅威度4以上の魔物を倒したら持ってきてあげる。ただ、解体は苦手だから、そのまま持ってきても大丈夫かしら?」
よし! これで《魔石(中)》が楽に手に入るな。
それにシャンプーやボディーソープを作っておけば、町で購入するよりも安くフランから定期的に魔石を得られそうだ。ついでに魔物の素材も解体の手間賃として少しもらえないか後で相談してみるか。
「ああ、俺が解体するから問題ないけど、今日の戦闘みたいに消し炭にはしないでくれよ」
「なっ! もうしないって言ったじゃない!」
…
そんなやりとりを終えて、俺がポメラと水浴びをした後、みんなで楽しく夕食を食べたり、談笑しながら1日を終えるのであった。




