九話 ギルドマスターはサボリ魔?
————攻め、切れない。
そう判断したからこそ、俺はあえて腹をガラ空きにし、隙を見せて多少の傷を容認する事で決め手に訴えたものの、
「……耐久力高過ぎだろ」
容赦ない連撃を見舞ったにもかかわらず、場に巻き上がる砂煙越しに映る人影。
それは、相対していたレヴィエルがまだ戦闘不能になってはいないという事実に他ならなかった。故に言葉を吐き捨てる。
幾ら何でも、あれは耐久力が高過ぎだ。
……ギリギリのタイミングで腹部を庇うべく差し込んだ右手の状態を確認しつつ、ゲホゲホと咳き込みながらも、立ち上がろうとする俺に投げ掛けられる声。
————よお。元気そうで安心したぜ。なあ? アレク。
俺の鼓膜を揺らす親しみ深い声音。
視界不良の中でも存在感を主張する赤色の髪。
いつの間にこの場へとやって来たのか。それは分からないが、それでもそう言って声を掛けきた人物を俺はよく知っていた。
「……オーネスト」
「おう。オレさまだ」
嬉しそうに。楽しそうに声を弾ませながら、相変わらずの不遜さを一言で見せ付けてくれる。それがどうしようもなく懐かしくて。
4年ぶりに耳にしたその声を前に、気付けば俺の口角は微かに吊り上がってしまっていた。
「オイッ、ジジイ!! 実力は十分だってもう分かったろ。だからとっとと諦めろ!! こっちは明日にでもダンジョンの攻略を再開してえってんのに、これ以上アレクを無駄に疲労させたくねえ!!」
程なくオーネストは俺から視線を外し、少し離れた場所で仁王立ちするレヴィエルに聞こえるように、大声でそう叫び散らす。
「無駄はねェだろ、無駄は。途中から意地になってたのは否定しねェけど、こっちは仕事でやってんだ。ギルドマスターとしての義務を果たしてんだよ。意地悪なヤツ扱いしてんじゃねェ。心外だ、心外!」
次第に晴れてゆく砂煙。
やがて、うっせー。うっせー。と言わんばかりにいつの間に〝竜鱗蠢く〟と呼ばれていた〝古代遺物〟の装着を解除したのか。
素手となっていたレヴィエルは煩わしそうに左の小指を使って耳の穴をほじくっていた。
「あンの野郎……!!」
馬鹿にしているとしか思えないその行為に、びきりとこめかみに青筋をオーネストが浮かべる。
今にも飛びかかりそうであった彼を止めるべく、「やめろ、やめろ」と口にし、俺は慌ててオーネストを止めにかかった。
「……だが、まあ、こんだけやれんなら文句はねェよ。〝古代遺物〟使ってんのに攻め切れねェんじゃ実質オレの負けみてェなもんだしな」
そして何を思ってか。
脱力しているからか、だらんと垂れ下がる右の手を見せ付けるようにレヴィエルは力なく振ってみせる。
「それに、さっきのを受け止めんのは流石に無理があったのか、手の痺れが抜けねェ。だから、オレの負けだ、負け。んな大声で叫ばずとも、アレを受けて起き上がるようなら素直に負け認めてたっつーの」
だからいちいち、んな大声出してんじゃねー。
と、先のオーネストの行為を否定するレヴィエルと彼の関係はたったそれだけのやり取りを目にしただけで何となく理解出来てしまった。
これは、アレだ。
水と油な関係なやつだ。
例えるなら、クラシアとオーネストみたいな。
「……嘘臭え」
ぼそりと。
返ってきたレヴィエルの言葉に対し、そんな呟きを漏らすオーネストであったが、これ以上相手にする気はないのか。
珍しく素直に引き下がっていた。
「つーか、だ。何でミーシャまでここにいるんだよ」
「……ギルドマスターがいつまで経っても戻って来ないからです。だから、サボり魔見っけ。みたいな視線向けないで下さい。寧ろサボり魔はギルドマスターなんですから」
オーネストと同様に、いつの間にやら〝闘技場〟にやって来ていたもう一人の人物。
レヴィエルから今し方、ミーシャと呼ばれていた少女は、ジト目で呆れ混じりに言葉を紡いでいた。
そして、ミーシャからそう言われるや否や、悪戯が露見した子供のようにビクッ、と一度身体を震わせる。何か重大な事でも思い出したのか。
恐る恐るといった様子でレヴィエルは続く言葉を待つような姿勢を取っていた。
やがて、判決を待つ罪人のような態度のレヴィエルに対し、
「ついでに言うと、予定をすっぽかされた副ギルドマスターは御冠です。ブチギレてます。荒れ狂ってます。ギルドマスターの居場所を聞いた時、顔は笑ってたんですけど、目が据わってました」
「————だよなぁぁぁああああっ!!」
そっちを先に言おうなぁぁぁあ!!!
と、焦燥感に駆られた様子で叫び散らすレヴィエルは慌てて何処かへと向かって駆け出していた。
偶然、タイミング良くレヴィエルと会ったのかと思っていたが、その会話から察するに副ギルドマスターと呼ばれていた人物との予定の為にギルドに戻ろうとしていたレヴィエルが、偶々俺とヨルハを見つけ、すぐに終わるとタカを括って〝闘技場〟に誘った。
しかし予想外に時間を使う羽目となり、そのせいで予定をすっぽかされた副ギルドマスターは御冠であった。
……こんなところだろうか。
「はっ、ざまあみろ」
精々、こっ酷く怒られてこいとオーネストは笑っていたが、それに反応する時間すら惜しいのか、レヴィエルはその悪態すらも無視して突き進む。
だが、何を思ってか。
〝闘技場〟を後にしかけたところでピタリとレヴィエルの足が止まっていた。
「そ、そうだ。言い忘れるとこだった。おい、アレク! お前さんの通行証は今日中に発行しておくから、朝にでも取りに来い!! 分かったな!?」
「あ、ああ」
鬼気迫るその様子を前に、頷いてやるとそれで満足したのか。「じゃあな!!」とだけ言ってその大きな体躯からは信じられない程の俊敏さをもって駆け出して行く。
手が痺れてたから負けを認めるつもりだった。
そうは言われたものの、あの様子を見るとまだまだ余裕だっただろあんた。
と、思わずにはいられなかった。