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八十八話 ガネーシャ

「都市国家メイヤードに行きたいだあ?」


 ノースエンド王国に位置する迷宮都市で知られる街、フィーゼル。

 ギルドマスターを務めるレヴィエルは、声を上擦らせながら俺達の言葉を繰り返した。


 冒険者の中でもSランクに位置付けされるパーティーには、【アルカナダンジョン】と呼ばれる特殊ダンジョンの参加の権利が与えられる。他にも、特権と呼べるだけの権利が与えられるがその反面、制限というものも存在する。

 メリットがあるならば、必然そこにはデメリットが付き纏う。


 制限の内容は複数あるが、今回俺達がこうしてレヴィエルに話している理由こそがその内容に丁度当て嵌まってしまった。


・事情は問わず、国を出る場合にはギルドマスターにその旨と行き先を告げなければならない。


 有事の際、力のある冒険者が軒並み留守でした。という事がないように設けられた制限であった。


「……もしかしなくても、ロキの奴からなんか聞いたか?」

「ロキ? どうしてあのクソ野郎の名前がここで出てくンだ?」

「三日後にロキもメイヤードに行くんだよ。ガネーシャの奴を迎えにな。ったく、こんな事になるんなら、ガネーシャの迎えはおめえさんらに頼んだ方が良かったか……? いや、土地勘ねえと逃げられるだけだな。やっぱりロキは向かわせなきゃならんか」


 聞き慣れない名前。

 恐らくは女性だろうが、ガネーシャとは誰の事なのだろうか。


「ガネーシャさんは、〝ネームレス〟の四人目のメンバーよ。腕は立つけど、人間性に難があるの」


 眉間に皺を寄せ、どうにか記憶を掘り返して心当たりを探す俺を気遣ってか、クラシアが教えてくれた。


「ただ、ロキとはタイプが違うわ。ロキはあれで一応協調性はあるけど、ガネーシャさんに協調性は皆無だから。よく言えば欲望に忠実に生きてる。悪く言えば究極の自分本位」

「……メイヤードに向かうってんで、あの自己中に頼み事をしたオレが馬鹿だった……」

「どーせ酒でも飲んでたンだろ」


 まるで見てきたかのように口にするオーネストの言葉に、レヴィエルはぎくりとする。


「……既に散々、アイファに絞られた後だよクソッタレ」


 要するに、図星だったらしい。


 相変わらず、レヴィエルは副ギルドマスターに怒られていたようだ。


「でも、だったら〝ネームレス〟の面々を向かわせるのが普通じゃないのか?」


 言い方からしてレヴィエルは、ロキが所属しているパーティーごとではなく、ロキ一人を向かわせるつもりなのだろう。

 あの性格からして、ロキと特別仲の良い人間がいるとは思い難い。

 なのにあえて〝ネームレス〟の残りのメンバーを向かわせない理由は何だろうか。


「理由は三つある」


 三つもあるのか。


「一つ、あいつらに協調性はねえ。二つ、リーダーのルオルグが色んな意味で甘過ぎる。三つ、前回は連れ帰ってくるのに一ヶ月掛かった。もう二度とアイツらには頼まんと決めた」


 指折り数えながら、げっそりとした様子でレヴィエルは語ってくれた。


「で、ロキを向かわせる理由は単純だ。あいつは餌をぶら下げれば大抵の問題は解決してくれる。そんでもって、メイヤードはアイツの故郷だ。連れ帰る人間としては、これ以上ない適任者だろ」


 ……それで土地勘だ、なんだと言っていたのか。


「まぁ、おめえさんらがメイヤードに向かうのは構わねえんだが、何の用でメイヤードになんか向かうんだよ」

「……遅れに遅れた卒業旅行を気晴らしにするかって話になってね」


 事前に話し合って決めた嘘であって、嘘ではない理由だった。


 当初、あの手紙を見てメイヤードに向かう事を決めた俺達だったが、やはりと言うべきか。

 クラシアは一人猛反対していた。

 姉とはあまり仲が良くないのか、必要ないと一刀両断。

 あの手紙も、ただの嫌がらせか何かと信じて疑っていないようだった。


 だが、三人でどうにか説得したこと。

 折角だし、俺が宮廷魔法師の道を選んだ事で叶わなかった卒業旅行でもここらでどうだ。

 というオーネストの意見もあり、名目としては卒業旅行。ついでに手紙の件を。

 それで決着がついていた。


「あー。ヨルハの嬢ちゃんらは三人でずっとパーティー組んでたくれえだしな。そういう事もしてなかったか。まぁそういう事なら構わねえよ」


 俺達が魔法学院に通っていた事はレヴィエルも知るところ。

 俺という人間の枠を空けて活動をする事を貫いていたヨルハ達の行動も知っているからこそ、レヴィエルはあっさりと信じてくれた。


「でも、だったら他に良いとこあったろうに。メイヤードなんてなんもねえぜ? 名物らしいもんはカジノくれえしかねえからな」


 都市国家メイヤード。

 海上都市で知られるメイヤードは別名、カジノ特区などとも呼ばれている。

 要するに、カジノの街。


 人を食ったような態度を好むロキの故郷としては、これ以上なくピッタリに思えた。


「ふ、ふふふふははは!!」


 不気味な笑い声が聞こえて来る。

 何処からともなくやって来たその声には、覚えしかなくて。


「……何の用だクソ野郎」

「話は聞かせて貰ったぁ!! メイヤードに向かうならこの僕が、途中まで案内を買ってあげようじゃないか」

「ああ、それと。最近、闇ギルド連中の動きが活発でな。一人でメイヤードに向かうのはちょっと不安だから護衛つけて欲しいってロキが五月蝿くてよ。途中まで付き合っちゃくれねえか」

「僕が格好つけてる隣で本音をバラすな!!」


 突然現れたロキの建前を、逡巡なく木っ端微塵に砕いたレヴィエルにロキが猛抗議を始める。

 とはいえ、ロキがそういう申し出をする場合、間違いなく裏がある。

 その共通認識が既に根付いているので、レヴィエルもこうして話してくれたのだろう。


「……Sランクの人間なのに、護衛いるの?」


 ロキの実力を認めているが故のヨルハの言葉。しかし、その言葉は鋭利な刃となってロキの心をぐさりと抉る。


「一応、僕補助魔法師だからね? 剣とかからっきしだから。アレク君と違って襲われたらヤバイから。あと、自分で戦いたくないの」

「……最後の本音が理由の九割くらい占めてンだろ」

「そんな事あるか。精々、八割五分くらいだよ」


 ────ほぼ変わらねえよ。


 俺達の心境は、ものの見事に一致した。


「ああ、それと頼まれてた件なんだがな」


 ロキの相変わらずの性格っぷりに呆れる中、レヴィエルから厚みのある紙を差し出される。

 一体これはなんだろうか。


「一応、調べて纏めてはおいたがよ、まさか戦う気じゃねえよな?」

「……気をつけた方が良いって言われたから、警戒してるだけさ」

「それなら良いんだがな」


 受け取る。

 中身を確認。

 そこには、〝嫉妬〟〝怠惰〟と呼ばれる闇ギルドの人間の情報が記載されていた。


 そうだった。


 レッドローグの一件の後、俺達はリクが残した言葉を信じ、レヴィエルに調べて貰っていたんだった。


 ──── お前ら、〝魔神教〟の連中には気をつけろ。特に、テオドールと名持ちの人間。〝嫉妬〟と〝怠惰〟には特にな。



「片方については噂だけ聞いた事があった。調べた上で助言を与えるとすれば、その二人と出くわしたら真っ先に逃げろ(、、、)、だな。おめえさんらとじゃ、相性が悪過ぎる」

「〝嫉妬(ブックメーカー)〟に、〝怠惰(影法師)〟だあ?」


 覗き込んで中身を確認するオーネストが、胡散臭そうに口にする。


「特に〝怠惰〟って呼ばれてる奴とは戦うべきじゃねえ。実際にオレが見た訳じゃねえから確証はないが、そいつは殺せない(、、、、)らしいからな」

「は?」


 言っている意味が分からなかった。


「……もしかして、人間じゃないって事?」

「そこまでは知らねえ。だが、〝怠惰〟は殺せねえんだと。〝嫉妬〟って呼ばれてるやつは更によく分からなかったが、幻術を使う人間っつー噂だ」


 一応、それっぽい記録や資料は纏めといてやったから、気になるならそれ見て勝手に予想してくれや。そう言葉が締め括られる。


「殺せない、か」


 レヴィエルの物言いを前に、脳裏に一人の男の姿が思い起こされる。

 レッドローグで相対した闇ギルドの男。


 ヴォガンに首を落とされて尚、絶命しなかったノイズと呼ばれていた人間。

 血飛沫をあげ、一切の容赦なく飛ばされた首が嗤い出したあの光景は忘れられない。

 何より、まるで時間を巻き戻すかのように元の状態へと肉塊と大地を濡らす血液が逆行したあの光景は、異様でしかなかった。


「その上、純粋に強えともなると……やってられねえな」


 影法師と呼ばれてる以上、〝怠惰〟と呼ばれる人間は、そういう戦い方をするのだろう。

 「死なない」という不死性が単に付随しているものと仮定すれば、オーネストの言う通りやってられない。


 強い人間を前にすれば、打ち勝ってやるという強い意志や気概を持ち、闘志を燃やすオーネストが珍しくやる気を見せないのも、アレが生理的嫌悪を催す得体の知れない何かであるからか。


 人間でもなければ、魔物でもなく。

 そもそも、生き物と形容して良いのかも悩んでしまうほど。それ程までに、気持ち悪く、吐き気を覚えた。


「つーわけで、戦うな。オレから出来るアドバイスはそんくれえだ」


 それを最後に、レヴィエルは俺達に背を向け、手をひらひらとさせて後にしてゆく。

 直後、仕事を溜めていたのか。

 副ギルドマスターのアイファから、怒鳴られる声が聞こえてきた。

 相変わらず締まらないギルドマスターだった。



「ギルドマスターも居なくなった事だし、もう良いかな」


 周囲に人がいない事を確認して、ロキは口を開いた。


「で。キミ達はメイヤードへ何しに向かうの?」


 会話は聞いていた筈だ。

 遅れに遅れた卒業旅行に向かう、と。


 しかし、こちらの心の奥底まで見透かそうとするような蛇を思わせる瞳は何もかもを見透かしているのでは。

 そんな錯覚さえもを此方に抱かせる。


「何か訳アリなんでしょ。僕は嘘吐きだから、他人の嘘も大体分かる。メイヤードは僕の故郷だし、これでもそれなりに顔が利くからさ。キミ達にとっても、決して悪くないんじゃない?」


 ロキの同行の件については恐らく、勘が鋭いからという理由で断るつもりでいた。

 オーネストは、気に入らないから。なんて理由だろうが、ヨルハやクラシアもきっと同じ考えだった筈だ。


 でも、それすらも見透かしてロキは俺達にメリットを提示してくる。

 狡猾というか、抜け目がないというか。


 目配せをして、確認する。


「…………人を探す予定なの」

「人?」

「ヴァネサ・アンネローゼ。あたしの姉よ」


 どうする。

 話すか、話さないか。


 当事者であるクラシアに委ねると、ロキにへたに隠し事をすると後々が面倒臭いからと割り切ってか、クラシアは話し出す。


「人探し、ねえ。なら、良い場所を知ってるよ。なぁに、僕に任せときなって。わはははははは!!」


 ロキの任せときな。ほど信用も出来ない言葉はなかったのだが、黙っておく。

 周囲の人間が、ロキが気分良く笑っているから何か碌でもない事が起こる。

 そう察し、そろりそろりと距離を取り始める行動は最早見慣れたものだった。

 そして、三日後。


 俺達はフィーゼルを後にし、都市国家メイヤードへと足を運ぶ事になった。



「────で」


 喧騒に機械音。

 耳を聾する音が絶え間なく聞こえてくる。

 目の前は遊戯を楽しむ人で溢れていた。


「なんで、ボク達までカジノに連れて来られてるのかさっぱりなんだけど」


 ジト目でヨルハがロキへ責めるような眼差しを向けていた。

 服も、ロキの言われるがままにフォーマルなものへ着替えさせられていた。


「顔が広いといっても、タダで情報を教えてくれる知人はいなくてねえ。ま、タダで得られた情報は得てして碌でもないから願い下げであるんだけども。そんな訳で、ここで金を稼いでついでにガネーシャの奴も見つけ出すってわけ」

「……そう言えば、あんたは〝ネームレス〟のメンバーを連れ戻しに来たんだったか」

「でも、ガネーシャはすぐに見つかるだろうけどねえ」

「というと?」

「ほら、見つかった」


 ロキが口にした直後、叫び声のような泣き言のような声が聞こえて来る。

 喧騒の中にあって尚、鼓膜に届くその声は、


「わぁぁぁあ!! ちょ、あと十万!! 十万ギル貸してくれ!! 次こそ大当たりがくる筈なんだよ!! な!? な!? いいだろ!? な!?」


 金をせびるただの碌でなしの声だった。


「アレク君は会った事はなかったっけ。あの緑髪の女が、ガネーシャ。まあ、魔法の腕は兎も角、性格を一言で表すなら、ただの碌でなしだねえ。あっはっはっは!! あ! 目は合さない方がいいよ。あいつ、平気で金をせびってくるから」


 ロキのその一言に、確かに系統は違うだろうが、周囲から〝クソ野郎〟呼びされているあんたが言える事なのかと思わずにはいられなかった。

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