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八十七話 都市国家メイヤード

 海上に位置する都市国家メイヤード。

 古びた遺跡のような外観のダンジョンから、人影が二つ、姿を見せる。


「────〝神降ろし〟をしようとした馬鹿がいるって話。それ、本当かよ」


 黒曜石を思わせる髪色の男性────歳の頃は四十を過ぎたあたりだろうか。

 無精髭を生やすその男の風貌は粗雑で、一見すると冒険家を思わせる。

 何より、採掘員を思わせるライト付きの帽子が、その印象を特に強調させていた。

 砂塗れの煤けた衣類。

 どこからどう見ても、ただの採掘員か。

 はたまた、冒険家と誰も信じて疑わない事だろう。


 そして、その側で歩く女性は東方伝来の着物と呼ばれる一風変わった服装に身を包んでおり、あまりにミスマッチな組み合わせだった。


「……作り話をしに、わざわざメイヤードに来る程、妾も暇でないわ」

「でも、成功はしなかったんだろ。成功してたら今頃、あんたは此処にいねえ。対処に追われてただろうな。アリア(、、、)が張っておいた保険が発動した形跡もねえ……一体あんたは何の用でおれに会いに来たよカルラ・アンナベル。いや、外では〝魔女〟って呼んでおいた方が良かったか? 王立魔法学院現学院長殿?」

「……呼び方などどうでも良い。どうせ、お主が〝サイレンス〟の魔法を使っておる。余人がいたとて、何も聞こえとらんわ」


 カルラと呼ばれた妙齢の女性の言葉に、男は苦笑いをした。

 唱えた様子も、魔力を使用した形跡も皆無。

 まるで呼吸をするように行使していたその様子は、熟練の魔法師を思わせるものだった。


「────アレク・ユグレット」


 カルラが脈絡なくその名を持ち出すと同時、男の表情がぴく、と僅かに動き引き締まる。


「半神状態の人間を、止めた人間のうちの一人がお主の息子(、、)と言ったらどうする」

「……おいおい。まさか天下の〝魔女〟が、おれの為に息子の近況報告をしに来てくれたのかよ。ご苦労なこった」


 一瞬の動揺。

 しかし、それを言葉に言い表されるより先に、男は戯けた様子ではぐらかす。

 何事もなかったように、くつくつと喉を鳴らす。


 ただ、それが本心をひた隠そうとしているが故の虚勢である事は確かめるまでもなかった。

 なにせ、メイヤードにこの男がいる理由が、己が息子の為でもあるとカルラは知っているから。

 どうでもいいとこの男が思っている訳がない。そう見抜いた上で、彼女は鼻を鳴らした。


「ふん。嘘をつくならもう少しマシな嘘をつくか、態度に出さないよう気を付けろ。気になってるという本心が丸分かりだ。意地悪をする気にもならん」

「……ぐ。……でも、関与する気がねえのは本当だ。アレクの人生はアレクのもんだ。アイツにおれの都合を押し付けるのは行き過ぎだろう」


 自分で選んで、掴み取った選択ならば、それを尊重すべき。たとえ善意から来る行動であっても、助けを求めているならば話は別だが、そうでもないのに世話を焼いて良いのは子供まで。


 男は、そうやって格好良い言葉を並べてはいたものの、頻りに右へ左へと泳ぐ視線が「気になって仕方がない」と告げており、色々と形なしだった。


「それに、大抵の面倒事には対処出来るように育てて来たつもりだ」

「であろうな。剣の腕は父親譲り。魔法の才は母親譲り。惜しむらくは、剣の師が守る剣しか教えなかった事よな。のう? 元イシュガル王国王位継承権第三位、ヨハネス・ヴァン・イシュガル」

「……ったく、その名前は二十年以上も前に捨ててるっつーの。だから姓をアリアに合わせた事はあんたも知ってるだろ。恍けた件は謝る。だから、生い立ちを掘り返すのは勘弁してくれ」


 ヨハネス・ヴァン・イシュガル。

 かつて剣の天才と謳われたイシュガル王国の元王子が、ヨハネス・ユグレットと名を変えて生きているという事実を知る者はこの世で三人だけ。

 カルラは、実の息子にすら明かしていないヨハネスの秘密を知る数少ない人間だった。


「それで、進展は」

「だめだ。数ヶ月程度じゃ何も掴めん。もう少し様子を見る必要があるな。向こうも事が事なだけに中々尻尾を出しやがらん。しかし、相変わらずアイツらの思考回路はどうなってんだか。〝賢者の石〟を引っ張ってくるたあ、狂ってるどころの騒ぎじゃない」


 遡る事、一年ほど前。

 その頃から、研究者が失踪する事件が世界各地で起きていた。

 そして半年ほど前に、その事件の原因が判明した。その原因こそが、〝賢者の石〟と呼ばれる錬金物を生成する事。

 ヨハネスは、それについてここ数ヶ月の間ずっと調べていた。


「ただの錬金物なら何も問題はなかった。だが、生成に多くの魔法師の心臓を必要とするアレは、そもそも存在しちゃ」


 ────いけないものだ。


 ヨハネスが言葉を紡ぎ終わる前に、筆舌に尽くし難い圧が場に降りた。

 どろりと変容する空気。

 明らかに尋常とは程遠い何かが、一瞬にして辺りを席巻し、張り巡らせていた〝サイレンス〟の魔法がバリン、と音を立てて破られる。


 その状況を前に、ヨハネスは黄金色の瞳を見開いて、そしてあからさまに溜息を一つ。


「……現時点で分かっているのは、このメイヤードで〝賢者の石〟の生成が行われている事。加えて、この件に〝闇ギルド(お前ら)〟のうちの誰か……幹部クラスが一枚噛んでいる事だけだったんだがな」


 季節外れのマフラーを首に巻き、被ったシルクハットがトレードマークの、マジシャンめいた風貌の壮年男性。

 彼の正体を、ヨハネスは知っていた。

 〝闇ギルド〟に属する〝怠惰〟の名を冠する名持ちの男────名をロン。


「鼠がこそこそと嗅ぎ回っている事は知っていたが……まさか、キミだったとは」


 ヨハネスとロンは知らぬ仲ではなかった。

 ただ、間違ってもそれは友好的なものではなく、この男が十数年前にアリア・ユグレットが命を落とす事になったあの場で、テオドールを除いて唯一の〝闇ギルド〟側の生き残りだったが故に、ヨハネスはその顔を知っていた。

 忘れられる筈がなかった。


「単刀直入に聞かせて貰おうかね。ヴァネサ・アンネローゼ(、、、、、、)をどこに隠した」


 帽子のつばで顔の半分近くが隠れており、感情が読み辛い。だが、声に滲む苛立ちめいた様子から、何かがあったのだと判断。

 そして、口にされたヴァネサ・アンネローゼという名前。


(……ヴァネサという名前に心当たりはないが)


 カルラもその名前には心当たりがないようで、その者が誰であるかの判別は不可能。

 ただ────。


「アンネローゼと言えば、あのアンネローゼか」


 その姓に、ヨハネスは覚えがあった。

 そこからの判断は迅速をきわめていた。


「二手に分かれるぞ〝魔女〟」


 名持ちの中でも、その実力は上位に位置する男、〝怠惰〟のロン。

 そんな男を前に、戦力を分散させるなど、愚の骨頂と誰もが認識するだろう。

 それこそ、実力が伍する人間がいない限り。


「……恐らく、こいつらが捕らえている研究者の一人が逃げ出した。保護して情報を聞き出せ。おれはコイツの相手をする。何より、個人的な恨みもあるからな」

「妾に指図をするなど百年早い……と本来は言いたいところだが、今回は従ってやろう。全く、最近は面倒事続きで嫌になるわ」


 直後、まるで初めからそこに居なかったかのように、跡形もなく霞のようにカルラは姿を消した。


 止められないと分かっているのか。

 はたまた、追う必要がないと判断したのか。

 ロンはカルラの行動を止める素振りすら見せなかった。


「……まさかとは思うが、そのピッケル(オモチャ)でワタシを止められると思ってるのかね」

「流石にそこまで馬鹿にする気はねえよ。あの時に殺し切れなかった(、、、、、、、、)相手だ。小細工でどうにかなる相手とは思ってないさ」


 十数年前に相対した男の戦い方は、ヨハネスの頭と身体が覚えている。

 故に、採掘員を装う為に背負っていたピッケルが邪魔でしかない事は言われるまでもなく理解していた。実力も見抜かれている以上、不意打ちにも使えないただの荷物である事も。

 故に手放し、地面に落下させた。


「……ただ、お前がみすみす他の人間を見逃したのは予想外だったが」


 一瞬でもそんな素振りを見せようものならば、その隙を突いて致命傷を与える腹積りだったヨハネスの考えは、実行に移される事はなかった。


「既に此方の目的は九割近く達成している。今更、一人に逃げられたからと言ってどうにもならんさ。万が一を想定して、捕らえて殺そうとしていたが、優先度は低い。故に、後回しでも問題ないのだよ、ヴァンとやら」


 家名を捨てたヨハネスは、冒険者として活動していた頃、ヨハネスではなく元々のミドルネームであった「ヴァン」を用いていた。


「……そうかい。なら、おれは〝魔女〟が保護するまで悠々と時間稼ぎさせて貰うさ」


 簡単に倒せない相手である事は、十数年前に身を以て思い知らされている。

 私怨もあるが、冷静さを欠いて倒せるほど、甘い相手でない事は承知の上。

 だからこそ。



「────霞剣時雨(アステール)────!!」

「影遊び」



 一瞬にして浮かび上がる濃密な魔力によって構築された〝魔力剣(ソード)〟。その大群。

 天を埋め尽くす程の物量に対して、ロンはたった一言。応手を打つ。

 足下に広がる影が蠢き、そしてロンの身体を覆うように膜となって広がった。


 そして、雨霰と降り注ぐソレが黒い膜によって防がれてゆく。


「……相変わらず、厄介な魔法だな」


 〝怠惰〟の名を冠する彼は、主に影を用いる魔法を使用する。

 その使用方法は、固定概念に囚われる事なく、変形させて盾として扱うことも。

 また、その影を使用して相手を意のままに操る事さえも可能としてみせる。

 だがしかし、


「が、その魔法はもう飽きる程見た」


 ヨハネスは、その魔法の長所も短所も手札も既に知っている。

 未知であったならば、恐ろしい事この上ない魔法だが、既知であるならば対処のしようがあった。


 その上で、立て続けの魔法行使。

 描かれる魔法陣。

 剣士であるヨハネス本来の戦い方を捨てる理由は、あくまで〝時間稼ぎ〟とヴァネサ・アンネローゼという人間を確実に逃す為。


「……もしかして、ヴァネサ・アンネローゼはキミの知り合いだったかね?」

 

 魔力消費を度外視する怒涛の攻撃に、ロンは防御しながら嘆息を漏らす。

 ヨハネスがロンの戦い方を知るように、彼もまたヨハネスの戦い方を知っている。

 彼が、魔法師ではなく剣士である事も。


 剣での戦闘をメインに、魔法師としては若干心許ない魔力を織り交ぜ、敵を翻弄する。

 それがヨハネスの本来の戦い方だ。


 なのに、あえてそれを捨てて魔力を垂れ流しているのは周囲に潜んでいたロンの手下をこの大魔法で少しでも始末する為。

 魔法による衝突音に紛れて、時折苦悶の声が聞こえるのがその証左だ。


「さあ。どうだろうな」


 主導権を握られる訳にはいかない。

 舌鋒で弄し、相手の調子を狂わせるやり方こそがロンのやり口と知っているヨハネスは取り合う気がなかった。


「まあいいさ。彼女がキミの知己であろうがなかろうが関係はない。なにせキミは此処で今度こそ、死ぬのだからねえっ」


 ────〝影法師(ドッペルゲンガー)〟────。


 そして、ロンの代名詞とも言える魔法が行使される。


 影による防御膜が解除されるや否や、分裂するようにロンの姿が二。四。八。十六と増えてゆく。


 お互いに実力を知る相手だからこそ、そこに驕りが入り込む余地はない。

 十数年前と全く同じ魔法。

 似たり寄ったりの展開。

 一度戦った相手に既に見せた事のある戦い方で立ち向かう愚を犯す理由は、単純で明快だ。


 己の力量に対する絶対的な信頼がそこにあるから。そういう人間は、総じて厄介であると相場が決まっている。


「ハ、言ってろ。その言葉、そのまま返してやるよ、このちょび髭野郎」


 だが、弱腰になるほどの相手ではない。

 そう判断を下し、ヨハネスは嘲るように言葉を吐き捨て、直後。

 強烈な颶風を伴った衝突音が、その場に響き渡った。



* * * *


 レッドローグでの一件の後、迷宮都市フィーゼルへと俺達は戻っていた。

 ただ、【アルカナダンジョン】を逃した事で不機嫌になっていたオーネストは兎も角、問題は解決した筈なのに、連日何故かクラシアが浮かない顔をしていた。


 その事が気になって、クラシアの下を訪ねると丁度机と睨めっこをする彼女が映り込んだ。

 そこには、封蝋された手紙が一つ。

 だが、封を開けていないところを見る限り、内容で悩んでいる以前に、開けるか開けないかで悩んでいるのだろうか。


「クラシア?」

「……アレク? どうしたの。もしかして、オーネスト(バカ)との鍛錬のし過ぎでまた怪我でもした?」


 振り返りざまに、机に置かれていた手紙を隠すように仕舞いながらクラシアは答える。


「……いや、今回はそういう用件じゃなくて。最近、浮かない顔をしてる事が多いから何かあったのかと思って」


 訪ねたのはそういう用件故と伝えると、観念するようにクラシアは深い溜息をついた。

 そして、隠しても仕方がないかと言わんばかりに、仕舞った筈の手紙を俺に見せるように差し出す。


「……姉から手紙が届いたのよ。十年近く前に家を出て行った姉から、突然手紙が私に、ね。音沙汰なかった姉から急に手紙が届くのも不自然だし、仲もそんなに良くはなかったから」


 だから最近、浮かない顔をしていたのだと教えてくれる。


「そんなに身構えずとも、偶には顔が見たいとか、そういう用件の可能性もあると思うけど」

「アレクの言う通りの可能性もあるんだけれどね……どうにも気が乗らないのよ。だから、このまま内容を見ずに捨てようかと思ってたの」


 十年も音沙汰がなかった家族からの手紙だ。

 仲が良くなかった相手だとしても、折角届いた手紙である。中身を確認せずに捨てるのは、流石に送り主が可哀想だった。


「なんだ。潔癖症、お前そんな事で悩んでたのかよ」

「家族は大事にしなきゃだめだよ、クラシア」


 俺と同じで、クラシアの事が気になっていたのだろう。

 何処からともなく、ひょこんとオーネストとヨルハが顔を出し、二人してクラシアを責め立てる。


 リクの一件で一時期は落ち込んでいたヨルハだったが、立ち直ったのか。

 落ち込んでいた様子は既に鳴りを潜めていた。


「貸せ。そんなに抵抗があるンなら、オレさまが代わりに読んでやるからよ」

「……分かった。分かったわよ。読めばいいんでしょ。読めば」


 オーネストに読まれるくらいなら、大人しく観念して自分で読んだ方がまし。

 投げやりになりながらも、クラシアはそう言って封を開けた。


 中には、一枚の手紙。

 そして、折り畳まれた手紙には一言だけ。



『都市国家メイヤードには近づくな』



 差出人だろう、ヴァネサ・アンネローゼの名前と共に、それだけが書き記されていた。

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