八十話 テオドール
「しかし、本当にあれでローザ・アルハティアを封じ込められたのか」
懐古に浸っていたリクの耳に、懸念に塗れた声がやって来る。
それは、宰相と呼ばれていた男のものだった。
「ええ、あれで問題はないでしょう。少なくともローザ・アルハティアが古代文字に精通しているという話は聞いた事がありません」
「まさか貴様が、古代文字まで使えるとはな。つくづく恐ろしい連中よな、闇ギルドは」
文字を刻み、発動する魔法。
それが、古代魔法であり、その行使に必要不可欠となるのが古代文字────通称、ヒエログリフ。
文字の扱いは殆ど失伝しており、使える人間は世界全土を見渡せど、精々十数人だろう。
そんな存在を、リクは扱える稀有な人間でもあった。
今頃、ローザ・アルハティアは驚いているに違いない。
本来であれば、〝迷宮病〟を発症させて己の手駒とする為にここへ転移させる予定だったが、念には念をと一瞬で陣に細工を施し、封じ込める事を優先にしたのだから。
「これでも、研究者崩れの身でして。ある程度であれば古代文字も扱えるのですよ。ローザ・アルハティアを飛ばした場所は、ダンジョンから切り離した異空間。まさか、暴走した〝人工魔人〟を閉じこめる為に作った空間がこんなところで活きるとは。ですが、あそこは一度入ったが最後。脱出する事はほぼ不可能です。それこそ、私のように古代文字を扱える人間でもいない限り」
そう言って言葉を締め括る。
ここはレッドローグに位置するダンジョン。
その、最下層にあたる87層。
かつての古代都市だった────と思わせるような廃墟立ち並ぶその場所で、「もうこれも必要ないか」と呟いて、リクは己の姿を偽るオウィディの耳飾りを外した。
やがてあらわになる本当の姿。
身体中に火傷痕が刻まれた見るも痛々しいリクの相貌が真っ先に目に入り、宰相の男は言葉を失う。
それは、かつて研究所と呼ばれていた場所で火の海の中に飛び込んだ際についた火傷痕。
「宰相殿」
「な、なんだ?」
「このレッドローグに、夜がない理由を貴殿はご存じで?」
ゆっくりとした歩調で前に進みながら、リクは唐突にそんな問い掛けをした。
しかし、宰相の男は答えられない。
理由は、この国の中枢にいた人間であっても、その理由については謎めいた情報しか持ち合わせていなかったから。
宰相の男が答えられないと判断をして、リクはそのまま言葉を続ける。
「簡単な話です。レッドローグに夜がない理由は、ダンジョンに封じ込められたイヴの影響が特に強い場所であるから。だから、ここに夜は訪れない。そして、私がレッドローグを選ばざるを得なかった最たる理由です」
だから一番レッドローグが、己にとって都合の良い場所であったとリクは告げる。
「さぁて。準備は漸く整った」
十数年前より、リクの心には少年のなりをした悪魔の存在が巣食っていた。
今でも言える。
アレを倒すのは、土台無理な話だ。
十数年という時を復讐の為に費やして尚、その考えは変えられず、拭えなかった。
如何に復讐心を燃やそうと、アレには勝てない。犬死が関の山。
それがリクなりに出した答えだった。
だが、それは己の力のみの話。
そうでなければ、やってやれん事もない。
だから、これだった。
〝人工魔人〟と呼ぶ存在を創り出したのも、人造ダンジョンコアも、全てこの時の為。これを成す為に必要不可欠だった。
あの眼帯の悪魔を殺した後は、もう一柱の神を殺さなければならない。
こんな世界を創り出した神を、許す訳にはいかないから。
お前らの都合さえなければ少なくとも、グランという人間や、リクにとって家族にあたる他の人間達があんな死に方をする事はなかった。
そんな凄惨な末路を創り出したモノが、誰もの幸せを願い、願いを叶える『神』である─────そんな訳がある筈がない。
しかしその願望を遂げた果てには、世界の崩壊が待ち受けているかもしれない。
……だが、リクからすれば構わなかった。
彼が度々口にしていた世界を壊したいという願望は、決して取り繕いでもなく本心からの言葉であったから。
こんな間違いだらけの世界など、消えてしまえ。そう思っている人間であるから。
程なく周囲に浮かび上がる異形の怪物──百にものぼる数の〝人工魔人〟が姿を覗かせ、87層を支える地盤が、不気味に明滅を始める。
そして、彼方此方に設置されていた人造ダンジョンコアが一斉にピシリとひび割れる音を大気に刻んだ。
そこからは、不気味なまでに遠く深い黒色の靄が噴き出し始めた。
「始めようか。あの時の復讐を───〝神降ろし〟を」
* * * *
「……だぁめだ、ローザちゃん。やっぱりここ、ダンジョンであってダンジョンじゃないよ。僕が散々、監視してきたダンジョンは、間違ってもこんな造りをしてなかった。これはどちらかと言うと」
「────ダンジョンから切り離された異空間、といったところか」
溜息を吐くライナの言葉に、これまた溜息を吐いて返事をするローザ。
かれこれ、十数分とローザが飛ばされたダンジョンらしき場所を歩き回っているが、どうしてかどれだけ歩いてもいつの間にか同じ場所に戻ってきてしまう。
ひたすら、その繰り返しだった。
「……うん。多分、その認識であってる。しかもこれは、魔法の仕業じゃない。きっと、何かしらの〝古代遺物〟による効果なんじゃないかな」
要するにライナは、詰んでいる。
明言こそしなかったから言外にそう告げたかったのだろう。
ただ。
「いや、多分これは違う」
「違う……? じゃあ、これは一体」
記憶の片隅に残っていた知識を、俺はどうにか引っ張り出しながらライナとローザの考えを否定する。
「多分これは、〝古代遺物〟じゃなくて、〝古代魔法〟によるもの」
「……もしかして、アレクは分かるの?」
世界にそれなりに存在する〝古代遺物〟ではなく、使い手がひと握りで圧倒的に可能性の低い〝古代魔法〟であるとあえて口にする。
ならば、そこには相応の理由があると判断をしたヨルハから問いが飛んできた。
学院時代に、俺が〝古代魔法〟行使に必要不可欠となる古代文字の知識があるという話は一度として行っていない。
それ故のものだったのだろう。
事実、学院時代は古代文字など一度も触れる機会すらなかった。
「宮廷魔法師時代に、少しだけ学べる機会があったんだ」
「そう、か。お前は宮廷魔法師だったか。なら、あれがあったか────禁忌書庫閲覧権限が」
すぐに言葉の意味を察したローザから、親しみの薄い言葉がやってきた。
「……禁忌書庫閲覧権限?」
「ガルダナの、宮廷魔法師を含む一部にのみ認められている特権だ。王城に存在する禁忌書庫と呼ばれる書庫に立ち入る権限が与えられていた筈だ」
クラシアの疑問に、ローザが答える。
流石に元王立魔法学院の教師というべきか。
その情報に相違はなかった。
宮廷魔法師だった頃、基本的に多忙とは無縁の生活を送っていた。
だから、補助魔法を身に付ける事が出来たし、書庫に入り浸る事も出来た。
「……だが、あれは物好きなガルダナの先々代国王によって集められただけのコレクションの筈だろう。古代文字の扱い方なぞ、間違ってもなかった筈だ。古代文字によって書かれた文献は探せばあったかもしれんが……いや、まさかお前」
「流石に使えないよ。使えるなら、とうの昔に使ってる」
少なくとも、俺が十全に使える人間であったならばシュガム程の相手を前にして、隠すなんて真似をする訳がなかった。
そしてローザの言う通り、禁忌書庫という大層な名前を付けられた書庫は、先々代の国王によって作られた一種のコレクション。
蔵書は稀少なもので溢れているが故に、閲覧出来る人間は限られてこそいるが、立ち入る人間など早々いなかった。
それこそ、何か役立つ知識が眠っていないかと暇潰しに赴く人間を除いて。
「ただ、これでもそれなりに時間を費やしはしたから法則ぐらいならある程度分かる。それの特徴も、それなりに」
この空間を作り上げたであろう人間のように自在に使える訳ではないが、それでも、少し弄るくらいなら。
「……その何でも屋なところは、母親にそっくりだな」
時間はない。
だから、すぐに解読を始めた俺の姿を前に嘆息混じりでローザが呟いた。
そのせいで、俺の手が止まる。
「ローザちゃんは、俺の母さんについて知ってるのか」
俺の母親の筈なのに、俺は母の事を何も知らない。
それこそ、シュガムよりもきっと知らないだろう。
「少しだけな。とはいえ、あまり関わる機会はなかったがな」
「……〝剣聖〟も、シュガムも、二人とも俺の母さんの事を知ってた」
「だろうな。その二人とも私が知る限り戦闘バカの類だ。戦闘バカには極上の獲物に見えた事だろうよ。そのくらい、アリア・ユグレットの才能は鮮烈なものだったから」
少なくとも、お前のその才能は母親譲りだ。
そう言葉が締め括られた。
隠形系の魔法で巧妙に隠されていた古代文字を発見。記憶をどうにか掘り返しながらこの仕掛けをどうにかする。
「少なくとも、流行病で命を落とすような人間には間違っても見えなかった」
いつだったか、ローザには伝えた事がある。
母親についてを、少しだけ。
でもどうして、当時はそう伝えてくれなかったのだろうか。
「じゃあ、なんで」
────今の今までそう言ってくれなかったんだ。
「お前の父親がどうしてそう伝えたのか。その意図が手に取るように分かるから、伝えられなかった」
口にするより先に、ローザによって言葉が被せられた。
「……親父が?」
「アリア・ユグレットが本当に命を落としているのかは知らないが、そうなるだけの出来事に見舞われた事は確かだろう。子を想ってあえて嘘を吐いた親の気持ちを無下にする程、私も人でなしじゃない」
知らなければ、首の突っ込みようがない。
知らなければ、変に巻き込まれる可能性も極めて低いものとなる。
だからあえて親父は俺に嘘を吐き、ローザもその嘘に乗っかった。
そう言われては、責められる筈もなかった。
「ただ一つ言える事は、十数年前に何かがあった。そしてその何かがあったが故に、エルダス・ミヘイラは貴族の地位を捨ててまで王の説得に時を費やし、ダンジョンの攻略を始めるようになった。恐らく、お前の父親とエルダスは事情を全て知っているだろうな」
ローザの言う通りだと思った。
でも、俺は親父やエルダスの性格を良く知っている。二人とも、底抜けに優しい事だって、勿論。だから、責められる訳がない。
だけど、知りたくないと言えば嘘になる。
親父達の気遣いを無下にする事になったとしても、母の身に何があったのか。
俺はそれを知りたくもあった。
「気になるのなら、聞けばいいと思うぞ。丁度、そのうちの一人はレッドローグにいるみたいだからな」
親父かエルダスがレッドローグに……?
一体どちらが。そもそも、どうして今、レッドローグに……?
「エルダス・ミヘイラさん、だよねローザちゃん」
「……まさか、会ったのか?」
「ううん。ボクは、偶々見ちゃっただけ。あの時、ローザちゃんが破り捨ててた手紙の差出人の部分を、本当に偶然」
「……あれか。確かに、名前の部分は普通の文字で書いていたな」
けれど、それは大した問題ではなかったのだろう。動揺する素振りを見せる事なく、呆気なくローザは肯定していた。
「とはいえ、聞くとしても全てが終わってからになるがな。少なくとも、私達に今出来るのは状況把握と、アレクの解読を待つ事くらい。あのリクって奴の様子を見る限り、あまり時間は残されていない。時間稼ぎはまあ、ベスケット・イアリに任せるしかないな」
本来の【アルカナ】としての攻略組は、ダンジョンに〝迷宮病〟が蔓延している事から軒並み遠ざけてしまっているせいで、他の可能性が見込めんしなと言葉が付け足された。
「……しっかし、王立魔法学院始まって以来の〝天才〟の名は相変わらずか。何が使えないだ。そう言うのを世間じゃ、使えるって言うんだよ、アレク君」
隠形の魔法によって隠されていた古代文字。
綿密に編み上げられた術式からして、これは────結界か。
勿論、魔法では壊せない仕組みに作り上げられている。
しかも、魔法を撃てばそれを燃料としてこの結界がより長く維持するように作られている。
挙句、万が一がないように古代文字の知識が多少持っていたとしても解読出来ないように、あえて複雑な術式として編み上げられている。
俺の考えが間違いでないならば、一部の術式を処理しながら、同時進行で解術しなければどうにもならない作りになっている。
本当に、難解過ぎて一周回って笑いが込み上がってくる始末だ。
「なあ、ローザちゃん」
「ん?」
明滅する隠形されていた古代文字。
これ以上、邪魔をする訳にはいかないからと考えてか、口を真一文字に引き結んでいたローザに俺は声を掛ける。
「結局、リクは何者なんだ」
「…………」
確証なんてものは、何もない。
だけど俺は、どうしてもリクが根っからの悪人には思えなかったんだ。
だから、問うた。
どうせ、その考えはローザちゃんに見透かされてる。それ故にすぐに返答をする事をせずに、言葉を探しあぐねていたのだろう。
「あいつは言ったんだ。俺達に、ダンジョンには入るなと。なんというかあれは、今思えば懇願に近かった」
────宮廷魔法師にだけはならない方がいい。
俺がこんなにも、気にしてしまう理由。
無視できない理由。
……あぁ、そうだ。あの時のリクの様子が何故か、あの時のエルダスに被るんだ。
容姿も、声音も、何もかもが違う筈なのに、どうしようもなく似ている気がしてしまう。
あれは間違いなく、懇願だった。
「……きっと、その理由は『情』だろうな」
「情?」
〝闇ギルド〟の人間とは、縁のない言葉が出てきた事で、真っ先にクラシアがその言葉に引っかかった。
「ああ。ヨルハに『情』があったんだろう。世界を壊す。神を殺す。そんな事を宣いながらも、捨て切れない『情』ってやつが。加えていうなら、その周囲にいる人間全てに。少なくとも私にはそう見える。お前らに託した代物が代物だけにな」
託した、代物?
リクから何かを受け取った記憶はなかったから、ローザのその言葉には違和感しかなかった。
「ヨルハのそのポーチに引っ掛かっているソレ。恐らく、お前らがリクと呼んでいる人間が託したものだ。見る限り、小さな文字が刻まれている。文字列からして、この空間に刻まれているものに限りなく近い」
指摘された場所に目を向けると、そこには確かに見覚えのない銀のリングが引っ掛かっていた。そこには、確かに古代文字も刻まれている。
文字列からして、空間系。
「そのリング本来の効果は知らないが、少なくとも閉じ込める系統のものだろう。隔離したかったんじゃないか。ま、予想でしかないが。神が降りればレッドローグ全域が灰になる事は間違いない。ただ、これのように空間ごと切り離して閉じ込めてしまえば、死ぬ事はない」
「……そう言えば、シュガムはリクの事をグランって呼んでた。まさか、」
「それは早とちりだ。あいつはグラン・アイゼンツではない。それは間違いなくな」
「……グラン、アイゼンツ?」
ヨルハが反応した。
当然だろう。
アイゼンツ姓など珍しい上、ヨルハの場合は家族の事を全く知らないという事情がある。
気になるのはどうしても仕方がない。
ただ、煙に巻く訳でなく、ローザは核心に迫る部分を容赦なく踏み込んでゆく。
「グラン・アイゼンツは、お前の兄の名前だ。少なくとも、これは間違いない」
「……って事は、証拠があったのね」
「あったさ。言い訳のしようがない証拠があったとも」
色々と抜けているところはあるが、ローザ・アルハティアという人間は間違っても適当な事を口走る人間ではない。
「なあ、アレクから受け取っていたあのバッグ。何が入っていたと思う?」
「……さあ? 道具か何かじゃないのか」
ガチャガチャと音は聞こえていた。
角張ったものもあっただろうけど、中身を勝手に見る趣味はないので、確認はしていない。
「グラン・アイゼンツの私物であろう物が詰め込まれていた。そこには、ヨルハの写真もあった。かなり、幼くはあったがな」
だから、リクの正体が誰であれ、グラン・アイゼンツは間違いなくヨルハ・アイゼンツの兄であるとローザは口にする。
「……ボクに兄、か」
ぽつりとヨルハが呟いた。
だけど大気を小さく揺らしたその声音には、兄がいたという歓喜の感情はなく、困惑のような、寂寥に似た感情が散りばめられていた。
「ああ、そうだ。そして恐らくだが、グラン・アイゼンツはもういない」
「……ローザちゃん」
辛うじて遠回しな言い方にはなっているが、これでは隠しているうちに入らない。
流石にもう少し、言葉を選んでくれても良かった事だろう。
隠したとしても酷である事に変わりはない。
だけど、今こうして畳み掛けるように言うのは流石にどうかと思う。
そんな想いを込めてローザの名を俺は呼んだ。
「ボクは気にしてないよ、アレク」
でも、その想いとは裏腹に側から気にするなと告げる声が聞こえてきた。
それは、ヨルハの声だった。
「正直、血の繋がった家族は物心ついた時にはもう誰も近くにはいなかったから、興味はあるよ。会ってみたいって気持ちもある。だけど、この歳になって兄がいるって言われても多分、他人行儀になってギクシャクするだけだったと思うし」
気丈に振る舞おうとする時のヨルハの癖が出ていた。
気にしてないと取り繕おうとする時、ヨルハはきまって前髪を一度だけ軽く触る。
「でも、だったらリクさんは私の兄の何だったんだろうね」
わざわざ、偽名として使うくらいだ。
ヨルハもそこは気になるのだろう。
「親友、と言っていた。私の主観でしかないが、恐らくそれは本当の事だろう。でなければ、あの時、あの言葉は出てこない」
「……話はなんとなく見えてきた。だけどさ、ローザちゃん。そんな真面な人間が、こんな真似をするかね?」
ちょっと待ってくれと言わんばかりに、口を閉じていたライナが話に混ざってくる。
「こんな真似とは?」
「この〝古代魔法〟や、古代文字の扱いを見る限り、僕をアフロヘアにしてくれやがった奴はそのリクって人間だ。そしてきっと、〝迷宮病〟を意図的に発症させる仕掛けを作ったのも、そいつだと僕は思う。情もある真面な人間がさ、するかね? そんな事」
少なくとも、これまで会ってきたシュガムやノイズといった〝闇ギルド〟の人間達と比べれば、リクの方がその可能性が高いというのは俺も理解出来るところであった。
「真面じゃない。世界を壊したい。神を殺したい。腐っている。間違っている。そんな事を口にするやつが真面であってたまるか。ただ唯一そんな真面でない奴に残った人間性が、ヨルハに対する『情』だった。それだけの話だろう。私達の知る〝闇ギルド〟の人間よりもほんの少しだけ真面である事は否定せんがな。でも出来れば、私はあいつがおかしな奴であって欲しいと願うばかりだ」
「どうして」
普通、ここは真面であってくれと願うところだろう。
何をしてくるか分からないおかしな奴より、ずっとやり易くなるだろうに。
「もし仮にあいつが真面であったならば、そうまでしなければならない『理由』があった事になる。これだけ古代文字の扱いに長けた人間が、非人道的行為に手を染めるだけの確固たる『理由』があった事になる」
「理由?」
「そう例えば、そうまでしなければ殺せない復讐対象がいた、とかな」
「……だから、それが神なんだろう?」
「何事にも過程はある。神を恨むにせよ、そうしようと思い至った過程というものが。それと、お前達はもう忘れたのか。私は、グラン・アイゼンツはもういないと言ったんだ」
リクという人間は、少なくとも『情』のある人間。とすれば、この狂行は『情』故のものとも取れる。
あぁ、成る程────弔いか。
「そして何より、グラン・アイゼンツは、ヨルハ・アイゼンツの兄だ。魔法の才能は基本的に遺伝。とすれば、グラン・アイゼンツもそれなりの〝天才〟であった可能性が高い。そんな人間が、一体どうして死んだのか。親友を名乗るリクという男の憎悪の具合からして、私は一つ最悪のシナリオが見えてる」
言ってみてくれ。
とは、流石に誰も言い出せなかった。
だけど、ローザの口は止まらない。
「神を殺すと宣う理由こそが、グラン・アイゼンツの死にあるとしたら。その死が理不尽そのものであり、こうまでしなければ殺せない復讐対象によるものであったならば、全て繋がるような気がするんだ」
「────うん。大体あってるよ。しっかし、君凄いね? リク君の自慢の〝古代魔法〟をもう五割くらい解読し終わってる。この調子だと、あと五分もすればここから抜け出せそうではあるね」
穏やかな声音だった。
聞いたこともない、子供の声。
一斉に俺達は振り返った。
肩越しに声のした方へと振り返ると、目が合う。眼帯の少年だった。
妙に薄っぺらく感じる笑顔を振りまく彼の様子は、異様でしかなくて。
敵意もなければ、害意もない。
そんなありきたりな子供の声。
その筈なのに、どうしてこんなにも俺は、彼の言葉一つ一つが恐ろしく冷ややかなものであるとも感じてしまっているのだろうか。
「初めまして、ぼくの名前はテオドール」
笑みを深めながら、テオドールと名乗った眼帯の少年は戯けた様子で名乗る。
「有り体に言えば……君たちの敵かな?」