八話 オーネスト・レインとの再会
「それで、戦況は」
「五分五分ってところじゃないかな。でも、ギルドマスターは〝古代遺物〟を使ってるから長期戦になればなるほどアレクが不利」
————〝竜鱗蠢く〟。
レヴィエルが使用するその〝古代遺物〟は、籠手のような形状を取り、得物として扱う事の出来る能力を持つ他、使用者の疲労回復といった効果すらも見込める装備。
それを知るヨルハだからこそ、長期戦ともなると不利であると口にする。
「あー、それでか。あのジジイが焦ってる理由は。そりゃ焦るわなあ。元とはいえ、Sランクパーティーの冒険者サマが〝古代遺物〟を使っても尚、勝ち切れないとあっちゃまずいもんなあ」
ここぞとばかりにオーネストはケタケタと笑う。そこには愉悦と、ざまあみろ。と言わんばかりの恨みがましい感情が込められていた。
力量の差は少なくとも現時点では見受けられない。とすれば、拮抗状態はまだ続く。
しかし、いつまでもこうして「腕試し」とは名ばかりの戦闘を繰り広げるわけにもいかず、圧倒的有利な立場である筈のレヴィエルは焦りを感じずにはいられなかったのだろう。
現に、早く決着をつけようと言わんばかりに、度々、挑発するように叫び散らしていた。
「それにしても、よくアレクを連れて来られたな。言い出したのはオレだが、ぶっちゃけアレ、ダメ元だったのに」
「……あー、うん。ボクも半ば諦めてたんだけど、偶々運が良かった……って言っていいのかな。まぁ、うん。アレクにも色々あったみたいでね……」
ヨルハはオーネストから目を逸らし、遠い目で視線を地面に落とす。
そこには同情、というより、ハナから分かっていたと言わんばかりの呆れの感情が込められていた。
「ガルダナお決まりの選民思想か」
そして、頑張って取り繕おうとしていたヨルハの言葉でオーネストは全てを悟る。
4年前。
魔法学院を卒業する際にアレクの進路に反対の意を彼らが示した理由は決して共に冒険者になりたいから。だけではなかった。
ガルダナ王国は〝ど〟が付くほどの選民思想が強く根付いている。
だからこそ、何よりも血と地位を重んじる貴族が支配する宮中にアレクが進もうとするその道に彼ら彼女らは挙って反対していたのだ。
宮廷魔法師になど、なるものじゃないと。
「ま、分かってた事だろ。あそこは平民には厳し過ぎる。変なプライドを持ったヤツの巣窟だ。オレなんて1日でおかしくなるわ」
……だから、4年も耐え忍べただけ大したもんだろ。
そう言って、オーネストは普段の彼らしく無い賛辞の言葉を付け加えた。
「それで、アレクのヤツは何をやってたって?」
「王太子のお守り」
「お守りだあ?」
「そ。王太子の率いるパーティーで、お守りをやらされてたんだって。ちなみに言うと、剣と殺傷性高めの高ランクの魔法は軒並み使用不可。アレクの場合、手とか使って魔法の照準を合わせてたから、荷物持ちをさせられてるせいで両手が満足に使えず、味方に被害を出さない為にも害のない補助魔法しか使えなかったみたい」
「……三重苦どころの話じゃねえな。……というか、待て。今、補助魔法っつったか」
「うん。言ったよ」
「そりゃおかしいだろ。あいつ、補助魔法は一切使えなかった筈だろうが」
正確に言うと、補助魔法を魔法学院にいた6年間、1度も使っていなかった。が、正解であったのだが、アレクは魔法学院で補助魔法を一切学んでいない。それ故にオーネストのその言葉も強ち間違いではなかった。
「魔法学院ではボクがいたからね」
自他共に認める補助魔法に特化した魔法師、ヨルハ・アイゼンツ。
彼女の存在があったからこそ、アレクやオーネストは補助魔法を学ぶ必要が一切なかった。
どれだけ補助魔法を修練しようとヨルハにだけは及ばないと明らかに分かっていたから。
だから、補助魔法については彼女に任せきりだった。
なのに、あろう事かヨルハはアレクが補助魔法を使っていたのだと口にした。
そして王太子の率いるパーティーのお守りをしていたと。
「じゃあなんだ? あいつ、使えもしねえ補助魔法を独学で使えるように仕上げて、剣も得意の魔法も使わずにお守りやってたって言うのかよ?」
その上で、足手纏いでしかない王太子のお守りをやっていたと。
その役目を一応はこなせていたと。
————頭がおかしいどころの話じゃねえぞ、それ……!!
喉元付近にまで出かかったその言葉をすんでのところでオーネストは飲み込んだ。
「……何層だ」
「うん?」
「アレクのやつは、何層までお守りしてたって言ってたよ。もうヨルハは聞いたんだろ?」
「29層。ついでに言うと、高慢ちきな残りのパーティーメンバーから時折嫌がらせされた上でその階層だからね。2ヶ月くらい先に進めなくて、痺れを切らした王太子がアレクをクビにしたらしいよ」
「……えげつねえな」
その言葉は、それだけの制限を課した王太子に対してなのか。
はたまた、その上で宮廷魔法師という地位にしがみつけていたアレクの力量に対してなのか。
「……てめーがいたからオレは知ってるが、補助魔法は決して馬鹿にしていい代物じゃねえ」
補助魔法とは、身体能力を向上させる魔法の他にも、相手の行動を制限する等、様々な観点より味方を補助する為の魔法である。
そしてその効果は、使用者の腕次第で大きく上下する。
ここで一つ、疑問が浮かび上がった。
ヨルハ程でないにせよ。
補助魔法を一切学んでいなかったにせよ。
それでも、使っていたのはあの、アレク・ユグレットである。
オーネストや、クラシア、ヨルハを押し除けて首席で卒業したあのアレクが補助魔法に徹していた。
だとすれば、恐らくその効果は平凡とは程遠いものであった筈なのではないのか?
……何より、アレクは魔法学院時代に王都のダンジョンを幾度となく攻略している。
恐らくその経験があったからこそ何とかなっていた部分もある筈だ。
「……下手すりゃガルダナの王太子はダンジョンで骨を埋める羽目になるな」
「でも、アレクに非は何1つとしてないよ。勝手な都合で追い出したのは向こう側だからね」
だから同情の余地はこれっぽっちもなくない? と、ヨルハは平然と言い放つ。
「……あいつの親父さんはどうしてるって」
「他国で気ままに暮らしてるみたい。だから、心配はいらないと思うよ」
アレクが宮廷魔法師を志願した理由でもあった彼の父は既に王都を後にしていた。
だから、ヨルハは心配無いと言う。
もし、自分で追い出しておきながらも、何か自業自得で不幸に見舞われ、アレクにその怒りの矛先を向けようと、他国にいればおいそれと手は出してこないだろうと。
「そうかよ。なら…………なんて話してる間に、あっちはケリがつきそうだな」
メキリ。
そんな痛々しい音が幻聴される程にアレクの腹部にクリーンヒットしてしまう拳撃。
同時、一切の容赦なく展開された魔法陣に四方八方囲まれ、撃ち貫かれながらもその拳を振り抜こうと試みるレヴィエル。
————痛み分け。
正しくそう表現すべき光景がそこにはあった。
やがて、ビリ、と大気が振動し、その余波が小さな風となってヨルハ達の頰を撫でた後。
オーネストのすぐ側を通過して、勢い良く吹き飛ばされてくるナニカ。
それは砂礫を盛大に巻き込み、〝闘技場〟の壁へ衝突。ガラガラと崩れ落ちる音が続くように聞こえてきた。
程なくオーネストはヨルハとの会話を打ち切り、飛んできたナニカへと視線を向けて歩き出す。
常人ならば明らかに致命傷。
しかし、アレクならまぁ、なんか対策してんだろ。そんな考えを彼が抱いていたからこそ、特別急ぐ事もなく、ゆったりとした足取りで
「よお。元気そうで安心したぜ。なあ? アレク————」
ゲホゲホと咳き込みながらも、腹部を押さえて立ち上がろうとしていた人物に向かって、オーネストは声を掛けていた。