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七十一話 〝伝承遺物保持者〟

* * * *


 それから、小一時間ほど話し込んだのち。


「時にお前達は、〝ゴッズホルダー〟と呼ばれる人間を知っているか」


 すっかり空の色が黄昏に染まりつつある中。

 ベスケット・イアリに対して半ば強制的に、協力の約束を取り付けていたローザは何を思ってか。

 ベスケットを宿から連れ出し、ギルドへと戻る最中、歩きながらそんな事を口にする。


 ————〝伝承遺物保持者(ゴッズホルダー)〟。


 そう呼ばれる人間がいる事については、知識としては知ってはいた。

 ダンジョンに潜む〝古代遺物(アーティファクト)〟にも、一応、格というものが存在しており、その中でも飛び抜けた能力を持つ〝古代遺物(アーティファクト)〟は、〝伝承遺物(ゴッズ)〟と呼ばれている。

 故、その保有者を〝ゴッズホルダー〟などと呼ぶ人間も一定数いるとかなんとか。


「ノイズという名前に心当たりはなかったが、シュガムという男になら恐らく、心当たりがある」

「……ここで〝ゴッズホルダー〟の話題を振るって事は、」

「ああ。私の記憶が正しければその男、〝ゴッズホルダー〟だ」


 だとすれば、失敗したなと思わずにはいられない。

 あの邂逅にて、俺とオーネストが得た有益な情報は、ノイズと呼ばれていた男が鎖のような魔法を使う事。

 彼らが〝闇ギルド〟に関係している人間だという事の二点のみ。


 ローザの言っている事が本当であるならば、シュガムが持つ〝古代遺物(アーティファクト)〟の効果についての情報を引き出しておくべきであった。


「だからこそ、潜入は〝武闘宴〟の本戦が始まる前日。つまり、二日後とする」


 遠回しにそれは、今すぐであると勝算が限りなく薄いと言っているように聞こえてしまう。

 否、事実そう言いたいのだろう。


 黙って聞いてはいたが、この中でも特に自尊心の強いオーネストの表情は、みるみるうちに不機嫌なものへ移り変わってゆく。

 ただ、彼が何かを言う前に、ローザは言葉を続けた。


「それまでに、オーネストはこのベスケット・イアリから戦い方を教えて貰え」

「「はあ!?」」


 オーネストとベスケットの声が重なる。

 どちらも、明らかにソレと分かる、ふざけんなと言わんばかりのものであった。


「……なんでオレさまがこんなやつに」

「確かに、見た目は少女そのものだが、知識のみで言えば世界でも五指に入る程の人間だぞ、こいつは。思考を覗く〝固有魔法(オリジナル)〟があるという事は、一子相伝の秘術だろうと、覗き見出来るという事」


 つまり、教えを乞う場合、これ程適した人間もそうはいないという事実に他ならない。

 成る程、無条件に使えないという縛りはあるらしいがそれでも、思考を覗けるという事はそういった利点もあるのか。


「特に、こいつが〝紫剣〟と呼ばれるに至った要素でもある『 紫霞神功(しかしんこう)』は、学んでおいて損はないと思うぞ」

「……〝紫剣〟って、『紫霞神功』から来てたのかよ。クソ野郎もびっくりの盗人だな」


 かつて御国の秘術である〝転移魔法(テレポート)〟を我が物顔で使用していたクソ野郎こと、ロキを引き合いに出しながら、オーネストはケッ、と言葉を吐き捨てる。


「……『紫霞神功』?」

「昔、〝槍鬼〟なんて呼ばれてたバケモンが使ってた技みてぇなもンだ」


 聞き覚えのないワードに首を傾げる俺に、オーネストが説明をしてくれる。

 特別、勤勉家というわけでもないオーネストがそれを知っていた理由は、恐らくその〝槍鬼〟と呼んだ人物が関係しているのだろう。


「……勝手に話を進めるな、ローザ・アルハティア。お前はわたしを好きに引き出せる知識の蔵か何かと勘違いしていないか。そもそもだ。協力はしてやると言ったが、そこまでしてやるとは一言も言ってない。だからわたしは、誰かに『紫霞神功』を教えてやるつもりは————」

「賭けをしよう。二日だ。二日でそこのオーネストが『紫霞神功』を習得出来なければ、私の頭にあるお前に対する不利益な記憶を、魔法を使って強制的に消してやる」

「————その賭け、乗った!!」


 意気揚々。

 自信満々。

 これ幸いにと、ベスケットは肯定する。


 実際に『紫霞神功』と呼ばれるものを使っている人間だからなのだろう。

 その様子はどこからどうみても、二日で習得など、天地がひっくり返ろうとあり得ないと信じて疑っていないようであった。


「交渉成立だな」

「おい、ローザちゃん。勝手に話を進めてンじゃねえよ。オレさまはこいつから『紫霞神功』を学ばずとも、その〝ゴッズホルダー〟とやらも〝剣聖〟の時と同じように、」


 ————倒してやる。

 本来、そう続けられたであろう言葉であったが、それを言い終わるより先にローザが発言を遮った。


「五月蝿い」

「いだっ!?」


 デコピンを一発。


 ぱちん、と軽く音がしたが、その威力はかなりのものだったのか。

 オーネストは反射的におでこを手で押さえながら、痛みに耐える羽目になっていた。


「何すンだよ……!!」

「〝剣聖〟を退けた事は聞いているが、そんなラッキーがこれからも運良く続くと思ってるのか。あの諸刃の剣を、これからもひたすら使ってく気か?」


 〝リミットブレイク〟。

 俺達が使用していたその限りなく〝固有魔法(オリジナル)〟に近いソレの存在は、ローザも知っている。

 知っているからこその、この言葉なのだろう。


 あれがどれだけのリスクの上で成り合っている手段であるのか。

 それを誰よりも分かっているからこそ、オーネストは返事に困っているのだと思う。


「かつて最強と呼ばれていた槍士が用いていた技すらも、使い潰してこその天才。私はそう思うんだがな?」

「…………」


 そして、オーネストは黙り込んだ。


 流石は俺達の担任をずっと務めていただけあってか。

 オーネストの扱いも相変わらず上手い。


「見え透いた挑発だな、ローザちゃん。だが、面白え(、、、)


 実際に、オーネストはローザの誘いに乗ってきた。


「いいぜ。そういう事ならやってやるよ。よし、ビスケット。オレさまに『紫霞神功』を教えやがれ。二日で覚えてやるからよ」

「……いい機会だ。二度とビスケットなどという美味しそうな名前で呼べないように、教育してやる」


 ベスケットとオーネスト。

 二人はすっかりやる気になっていたが、前衛も場合によっては行う立場である俺も、その『紫霞神功』とやらには少しばかり気を惹かれてしまう。


 そんな俺の内心を見透かしてか。


「お前達三人には、オーネストとは別に、して貰いたい事がある」


 ローザはそう口にした。


「無論、このタイミングでオーネストだけを別行動とした事には、ちゃんと意味がある」


 オーネストがいると不味い事情でもあったのか。はたまた、それ以外の何かの理由か。


「うん。ローザちゃんの事はボク達、信用してるから。単なる意地悪だとかそんな事だとは思ってないよ」

「でも良かったのかしら? あんな約束をしちゃっても」


 黙ってオーネストとローザのやり取りを眺めていたヨルハとクラシアが話に混ざる。

 四年の付き合いで生まれた信用は、未だ色褪せておらず、学院時代と変わらない信頼関係が俺達の間にはあった。


「構わんよ。それに、あの約束は別に無謀というわけでもないからな。『天才』のような鼻につく言葉はあまり好かないが、物理的な物覚えの早さで言えば、オーネストは間違いなく天才だ。いつだったか。あいつには言ったが、お前らが同世代じゃなければ、あいつは間違いなく首席だったよ。座学が相変わらずボロボロだったとしても、それでも、な」


 ————だから、敵側に〝ゴッズホルダー〟がいるのであれば、最低限、『紫霞神功』は覚えて貰う。恐らく、そのくらいしないと勝てやしない。あいつらは、伊達や酔狂で〝ゴッズホルダー〟などと呼ばれてない。

 そう言葉が締め括られた。


「はっ、ンなら、そうと決まれば今からとっとと『紫霞神功』を教えやがれ、ビスケット」

「お前もうワザとだろ!? 直す気ないだろ!?」


 ぎゃーぎゃーと言い合いながら、ベスケットの開けた場所に向かうからついて来いという言葉に従い、その場を後にしてゆくオーネストであったが、


「ああ、忘れてた」


 何か言い忘れていた事があったのか。

 オーネストは肩越しに振り返る。

 そして、俺と目があった。


「つーわけだから、ヨルハの事(、、、、、)はひとまず頼むわ。まぁ、アレクがいるなら心配はしてねえけどよ」


 ヨルハの事とは恐らく、つい先日、レガス達から聞かされていたグラン・アイゼンツに関する事についてだろう。


「任せとけ」


 そう言葉を返すと、満足をしたようにオーネストは笑みを深めて今度こそその場を後にしてゆく。


「ねえ、アレク。ボクの事ってなに?」

「偶にヨルハは一人で突っ走る事があるから、ちゃんと見張っとけってさ」

「……二人ともボクをなんだと思ってるのやら」

「〝ど〟がつく程のお人好し」


 ぷくっ、と頬を膨らませて、不機嫌ですアピールをするヨルハにそう告げると、隣でクラシアがそれは確かにそうねと同意していた。


「それで、お前達に手伝って貰いたい事なんだが————」


 そして、オーネストを除いた俺達三人に、ローザから向けられる言葉。

 どこか神妙な面持ちで告げられたその一言は、思わず目を剥いてしまう程に意外で、呆気に取られるもので、漠然としていて。




「————王城とギルドを除いたレッドローグ王都のどこかしらに、ダンジョンに続く転移陣があるからそれを見つけて欲しいって、砂漠の中で1本の針を探すようなもんだろ」


 魔力に聡い魔法師であれば、出来ない事はない。


 ローザからはそう言われて頼まれたものの、まず間違いなく無理。

 到底、二日で見つけられるようなものではなかった。


 ローザ曰く、冒険者の立ち入りを禁じているにもかかわらずダンジョンに出入りをし、何かの細工をしている連中がいるらしい。

 そして、まず間違いなくその連中は独自の〝転移陣〟を用いてダンジョンに足を踏み入れているだろう、と。


「王城は、そこからの攻撃を防ぐ為に特殊な結界が張り巡らされているから、転移陣を備え付ける事は絶対に不可能。だから、王城を除いたレッドローグ王都の中で、って言われてもな」


 せめて逆だったら何とかなったものの、レッドローグ王都内ともなると絶対に無理と言い切れる。それでも、ダメ元で俺達はこうして三人で手当たり次第足を使って探し歩いていた。


「十中八九、秘匿系の魔法も掛かってるでしょうし、普通に考えて見つけられないわね。特殊な〝古代遺物(アーティファクト)〟や、〝固有魔法(オリジナル)〟を使える人間であるならば兎も角」

「だよねえ。というか、ローザちゃんはボク達の事をなんだと思ってるのやら」


 ————面倒事を持ち込んでくる問題児四人組。


 心なしか、ローザのそんな声が聞こえたような気がした。


 とはいえ、ローザ自身も、見つける事はまず不可能と断じていた。しかし、それでもとこうして彼女が頼み込んできた理由。

 それは、


『お前らが、トラブルに巻き込まれやすい体質だからだ』


 という無茶苦茶な理由だった。

 犬も歩けば棒に当たる理論。


 常識的に考えて無理だと思う事であっても、その巻き込まれ体質が全てを覆す。

 だから探して来い。きっと見つかる。


 そんな無茶苦茶な説得を受け、仕方なく探してはいるものの、やはり見つかる訳もなくて。

 こうして、三人で当てもなく歩きながら駄弁って時間を潰していた。


虱潰(しらみつぶ)しにって言っても、この広さだしなあ」


 徒労に終わる気がしてならない。

 それもあって、やる気は皆無だった。


「いくら何でも、今回ばかりはどうしようも無いと思うんだけどな」

「いくら何でも、今回ばかりはどうしようも無いかもしれないな」


 ポツリと零した何気ない呟き。

 それがなぜか、俺の耳に重なって聞こえてきた。


「……うん?」


 恐らく聞こえて来たであろう方角に目を向けると、そこには貴族然としたテイルコートに身を包む黒髪の青年がいた。

 年の頃は、俺達と同世代くらいだろうか。

 大人びた服装を着衣している事もあって、ほんの少しばかり年上にも見える。


 ただ、如何にも育ちの良さそうな身格好にもかかわらず、ゴミ溜まりを素手で掻き分ける様子はあまりに不似合いで、違和感を抱かせる。


 そして偶然にも、黒髪の彼と目が合った事でお互いにその存在を認識。

 それもあってか。


「何か、探し物ですか?」


 先ほど、俺が〝ど〟がつく程お人好しと呼んだ張本人、ヨルハが歩み寄りながら声を掛けていた。


「……あぁ。これくらいのペンダントを探していてね。無くした日に通ったであろう場所を片っ端から探しているんだけど……中々見つからないんだ」


 親指と人差し指を使って、大きさを教えてくれる。大体、3、4センチといったところか。

 それだけ小さなペンダントであれば、確かに諦めてしまいたくなるのも、分からないでもない。


「ただ、思い出の品だから、諦めるに諦められなかったんだ。どうだろうか。このくらいの大きさのペンダントを何処かで見掛けなかったか」


 言葉遣いからしても、品の良さのようなものが感じられる。

 恐らく彼は貴族か。

 又は、貴族に仕えている人間だとか、そういった類いの人なのだろう。


 ペンダントといえば、一瞬、先日レガスが見せてくれたアレを思い出してしまうが、流石に違うかと頭の隅に追いやる。


「俺は見てないかな」

「あたしも見てない」

「ボクもペンダントの落とし物は見てないかなあ……あ。そうだ。もし良ければですけど、その落とし物のペンダント、ボク達も一緒に探しましょうか」


 学院の頃から幾度となく見てきたヨルハらしい光景。

 困っている人を見るとすぐに手を差し伸べようとするお人好しを前に、俺はクラシアと顔を見合わせて、苦笑いに近い笑みを向け合う。


「ボク達も探し物をしてるんですけど、中々見つかりそうもなくて。だから、折角なので一緒に探しませんか? 一人より、四人で探した方が絶対に見つかりやすいと思いますし!」


 良いよね? アレクも、クラシアも。


 肩越しに振り返りながら、そう言って確認してくるヨルハの言葉に、俺は否定ではなく首肯を返す。

 ローザからのお願いはどうせ見つからないし、ヨルハの言う通り、探し物なので一緒に探しても何ら問題はない。


 側にいたクラシアも、最早見慣れた光景だったからだろう。

 どこか投げやりにも見える頷きの動作を二、三回続けていた。


「やたっ。じゃあ、そういう事で!」


 両手をパチンと合わせ、満面の笑みを向けながら黒髪の青年の返答も聞かずにヨルハはどんどん話を進めてゆく。

 その段取りの良さに、青年も断るに断れなくなったのか。

 苦笑いを浮かべていた。


「気にしなくて良いと思う。本当に俺達も探し物をしてただけだったし、ヨルハの人助け癖は昔からなんだ。だから、迷惑じゃなければ一緒にそのペンダントを探させてくれ」


 困惑している様子だったから、俺がそう助け舟を出すと青年も納得してくれたのか。「……助かる」と、小さく感謝の言葉を述べながら屈んでいた体勢から立ち上がる。


「ボクはヨルハ。こう見えても、高位の冒険者パーティのリーダーをしてるんだ」


 だから、大船に乗ったつもりで頼りにしてね。と、言葉が続けられた。


「……ヨルハって言うのか。良い名前だ(、、、、、)。私は……、私の名前は、リクだ。気軽にリクと呼んでくれ」

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