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七十話 〝人工魔人〟

「でもさ、ローザちゃん。潜入についてはいいんだけど、俺とオーネストまでもが一緒ってのはマズくないか」


 そう告げる俺の頭の中では、シュガムが発していた言葉が思い返されていた。


 ————ここで俺が正体バラしちまえば、今後、外で何が起きようとおどれらはそっちに掛かりきりになるっつー選択肢を失うわけだ。その理由は単純明快。『武闘宴(こっち)』に、とびきりの危ねえ奴がいるから。放っては置けなくなる。そうだろ?


 端倪すべからざる技量。

 加えて、あの言葉一つとっても理解せずにはいられない得体の知れなさ。


 少なくとも、『武闘宴』に参加するであろう彼らを放置するという選択肢は俺の中になかった。


「案ずるな。『武闘宴』の本戦開始まではあと三日もある」

「……だから、それまでに終わらせてしまえば問題ないって事か」


 三日もあれば、解決出来るだろう。

 ローザの口振りから察するに、そんな考えを抱いているのだろうけれども、どう考えてもかなりの無茶振りである。


「だが、三日程度で内通者を見つけるなんて不可能としか思えないが」


 俺の心情を代弁するかのように、ベスケットがローザへ呆れ混じりの視線を向けながら告げた。


「幾ら思考を覗ける〝固有魔法(オリジナル)〟があるとはいえ、無条件で覗けるわけじゃない。わたしの能力をアテにしているのであれば、無茶としか言いようがないな」

「そこについては、問題ない。既に粗方の目星はつけてある。というより、絞り込めてある」


 絞り込めているのであれば、あとはもうローザ一人で事足りるのでは。

 あえて、ベスケットや俺達に協力をさせる事もなかったのでは。


 そう考える俺達の頭の中の疑問に答えるように、言葉が続く。


「ただ、今回の諸々の件に関わっていたという確たる証拠が欲しいことに加えて、そいつの考えが知りたい」

「……考えが知りたい?」

「ああ。そいつが、単に脅されているだけならいい。だがもし、私達が見落としている何らかの目的あって〝闇ギルド〟に協力を仰いだのだとしたら……その考えは明確にしておきたい」


 ————それこそ、手遅れになる前に。


* * * *


「なんて事をしてくれたのだ、貴様ら……ッ!!」


 『武闘宴』の優勝賞品のお披露目も終え、三日後の本戦にまた。

 と、締め括られたその日の黄昏時。

 質素な作りの部屋の中。

 そこには、人影が四つあった。


 そのうちの一つ。

 貴族然とした服装の男は、おどろに膨れ上がった血管を額に浮かばせながら声を荒げていた。


 しかし、部屋に居合わせたざんばら髪の男だけは、その発言が面白おかしいと判断してか。

 堪え切れぬとばかりに喉の奥を震わせ、破顔をしていた。


「ふ、ふふふ、ふふははは、ぶははっ!!」


 そして一頻り笑い声を響かせたのち、声のトーンを少しばかり下げて冷ややかに彼、シュガムは告げる。


「嫌だねえ、宰相(、、)さん。勘違いして貰っちゃ困るんだが、俺達ぁおどれと協力関係にゃあるが、あくまでそれは『協力』だ。それは対等なもんであって、おどれの奴隷じゃねえ。見返りの為に、おどれに『協力』はするが一から十まで従ってやる義理はねえわなぁ」

「……だからといって、よりにもよってギルドの人間に正体を明かすなど……ッ!! ローザ・アルハティアにこの事が露見すれば面倒な事になると何故分からん……!!」


 ぷるぷると、宰相と呼ばれた男の身体が怒りに震えていた。

 凄まじい憤怒の形相。

 しかし、シュガムはその怒りにあてられて尚、その表情にはさざ波すら立たない。


「仕方がねえだろ? だってあいつら、あの〝剣聖〟や、〝グロリア(憤怒)〟を倒してるんだぜ? そりゃ、戦ってみてえよなあってなるんだよ。それに、もう今更(、、)でしかねえ。何より、おどれには〝人工魔人(オグル)〟を与えてやってんだ。心配はいらねえだろ」


 〝人工魔人(オグル)〟とは、その名の通り、人工的に造られた魔人の事。

 そしてその生成方法に、深く関わっている事柄こそが————〝迷宮病〟だった。


 〝闇ギルド〟側は、意図的に〝迷宮病〟を引き起こす事で生成される人造ダンジョン。

 そこで手に入る人造ダンジョンコアを求めていた。


 だが、ダンジョンは基本的に国が管理を行なっている。故に、〝闇ギルド〟側は見返りを提示する事で、野心家であった彼へ交渉を持ち掛けた。


 ダンジョンを私物化させた事で生まれる不祥事を揉み消す代わりに、〝闇ギルド〟側が彼に提示した見返りこそが〝人工魔人(オグル)〟。


 〝迷宮病〟に犯された人間の事を、一部では〝魔人〟と呼ぶ。

 彼らは、ダンジョン内で〝迷宮病〟を引き起こした場合、魔物として殺傷が認められている事から分かるように、普通の魔物よりもずっと厄介で強力な存在であった。


 それをある方法を用いて従属させ、自由に扱える便利な手駒とし、彼にそれを提供した。

 全ては、三年に一度行われるこの『炎夜祭』にて、ある行動を起こす為。

 端的に言い表すならば————国家転覆。


 ……ただ、予想外の出来事といえば、意図的に変質させたダンジョンが限りなく【アルカナダンジョン】に酷似してしまった事だろうか。


「おどれもそう思うだろう? なぁ、グラン(、、、)アイゼンツ(、、、、、)


 そう言って、シュガムは己の側でつまらなさそうに腰を下ろしていたノイズ————の隣にいた黒髪の中性的な相貌の青年へと視線を向けた。


 黒と白が基調のテイルコートに身を包んだ彼の名を、グラン・アイゼンツ。

 知的感を漂わせる眼鏡越しに、鮮紅色に染まった瞳が映されており、所作一つとっても、どこからどう見ても貴族然とした青年にしか見えない。


 それが、


「私が手ずから完成させた特別製の〝人工魔人(オグル)〟です。そこのシュガムが言うように、一切の心配はいらない事でしょう」


 真っ当な人倫を蹴り飛ばし、非人道的行為に手を染める狂人であると誰が予想できようか。


 人懐こい笑みを浮かべてはいるが、それはあくまで表向き。

 見る人が見れば、それはまるで獲物を丸ごと飲み込まんとする蛇であると答えた事だろう。


「寧ろ、今回のシュガムのこの行動は好都合だったのではないでしょうか」

「……好都合、だと? 今回の一件のせいで、ギルドに寄越されたローザ・アルハティアに目を付けられる可能性を高めただけであろう!? どこが好都合だという!!」


 あからさまに宰相と呼ばれていた彼が、ローザを執拗に気にする事にはとある訳があった。


 人呼んで————〝天旋(てんせん)〟。


 かれこれ二十年近く前。

 国家間の諍いによって引き起こされたとある戦争にて、値千金の活躍をした魔法師。

 多勢に無勢という言葉を真っ向から否定し、多くの兵士、傭兵、魔法師を震えあがらせた人間。

 それが、ローザ・アルハティア。


 故、実際に二十年近く前にその出来事を耳にしていた人間は、ローザ・アルハティアの名を聞いて警戒せずにいられないのだ。

 それがたとえ、二十年近く前の昔話であったとしても。


「宰相殿。我々に限らず、生きる中で一番気を付けなければならない事は、一体なんだと思いますか? 答えは簡単です。先入観ですよ」


 奇しくもそれは、ローザがアレク達に告げていた言葉の一つであった。


「彼らは、シュガムという存在を知ってしまった。〝闇ギルド(我々)〟が一枚噛んでいる事実を知ってしまった。その時点で、ある程度の視野狭窄に陥る事は必至」


 少なくとも、〝迷宮病〟を発生させた理由の一つに、〝人工魔人(オグル)〟を手に入れるという思惑があった事なぞ、まず分からない。

 故に、宰相には寧ろ都合がいいとグランは告げていた。


「貴殿が下手を打たなければ、窮地に陥る事はまず、あり得ないでしょう。国を真に変えたいと願うならば、上手く立ち回って下さいよ。我々も一応、貴殿のソレは応援しているのですから」

「…………」


 グランのその一言に、宰相は訝しむ。

 助力を請うた相手が相手なだけに、最悪、トカゲの尻尾切りですらもある程度覚悟はしていたのだ。

 しかし、彼はまるで支持しているかのような言動をする。

 だから若干、眉間に皺が寄った。


「不思議だ、とでも言いたげですね。ですが、これは貴殿が頭を悩ませて思案する程の事でもない。極々単純な話です。貴殿の考えは、私の願いとある意味で合致する。ただ、それだけの話です」


 故に、支持をする。

 故に、応援をする。


「……願い、だと?」

「ええ。私の目的は————願いは、この世界。この、箱庭(、、)を壊す事」


 世迷言を口にしているのではないと、一目でわかるほど、真剣な表情であった。

 現実が見えていない空想家というわけでもなく、ただただ、理性的に考えた上で出した結論こそがソレであっただけ。


「私はかつて、研究者でした。そして、知ってしまった。気付いてしまったんです。この世界が、歪み切った世界であると」


 〝闇ギルド〟————それも、〝魔神教〟などと呼ばれる狂人集団に属する理由は人それぞれ。

 たとえば、シュガムのように己の闘争本能に身を委ねたいという理由をはじめとして、殺戮衝動を肯定したい。世界を壊したい。居場所を失った。己の正義を貫く為、等。

 その理由は千差万別。


 そして、グランの理由は、歪み切ったこの世界を壊す事。

 それが、唯一とも言える理由であった。


「何故、ダンジョンと呼ばれる存在がある? 何故、〝望む者〟と呼ばれる人間がいる? 〝迷宮病〟が引き起こされる理由は? 魔物が生まれた理由は? その全てが、私の言う歪みから来ています。言うなればこの世界は、アダムの為に生み出された〝箱庭〟。篩を掛けて選別する為だけの実験場。それが、私の出した答えです」


 まるで、痛い妄想だ。

 何も知らない人間からすれば、そんな発言を至極当然のように口にするグランの頭が正常かどうかを確認した事だろう。

 熱に浮かされているのか。

 何かに蝕まれているのか。


 だが、当の本人はそれが全てであると信じて疑っていない。それが真実であると、既に結論を出してしまっている。


「故に、私は壊さなければならないのです。それが、この世界の真実に気付いてしまった人間としての————そして、〝望む者〟と呼ばれるものに勝手に仕立て上げられた人間としての、復讐であるから」


 故に、何の罪も、関係もない冒険者に〝迷宮病〟を意図的に引き起こさせ、〝人工魔人(オグル)〟として己の手駒とする非人道的行為に手を染めて尚、呵責に苛まれる事はない。

 何故ならば、それが仕方がないと割り切れるだけの大義が彼の中にあるのだから。

 必要犠牲と断じているのだから。


 揺るぎない意志。使命感。義務感。


 だからこそ————その行為は肯定される。


 そんなある種、破滅的な思考を正気の瞳で告げられ、宰相と呼ばれた男は身震いをする。

 ぞくりと身体を這う悪寒に恐怖を覚えた。


 外見だけでも普通に見えるからこそ、内にある異常性が特に浮き彫りとなる。

 それはより強い恐怖心を煽った。



 ————この男は、壊れている。



 やはりこの男も〝闇ギルド〟の人間であるのだと、宰相の男は強く実感させられていた。


「〝人工魔人(オグル)〟とは、その為に私が造り出した切り札。故に、心配は必要ありません。たとえ相手がローザ・アルハティアであれ、他の誰であれ、我々の行動の邪魔はさせない。何より、シュガムの言う通り、最早今更です。既に、止められないところまで来ている」


 ダンジョンが、【アルカナダンジョン】擬きに変質した事は彼にとっても予想外であった。

 しかし、それはグランの計画が最終段階にまで到達した事をも意味していた。


 故に、今更。


 そう言葉を締め括り、グランは立ち上がる。


「何処に行くんだぁ?」

「探し物だ」

「あぁ、まだ無くしたっつーペンダントを探してんのかぁ」


 背を向けてその場を後にしようとするグランの行動に、シュガムは納得の意を示す。


 つい一ヶ月ほど前からだろうか。

 グランはペンダントと落としたからといって、暇を見つけては探し歩いていた。


 ペンダントの一つや二つ。

 シュガムやノイズは、買い直してしまえばいいだろうにと思いはしているものの、勝手にすれば良いと放っているのが現状であった。


「これだけ探しても見つからないという事は、もしかすると誰かが既に拾ってしまっているのかもしれませんねえ」


 ノイズが言う。


「ま、顔が一切割れていない貴方であれば、人伝てに聞いてみるのもありかもしれませんねえ。おれはどこぞの馬鹿のせいで顔が割れてしまいましたがね」

「ちっせえ事をいつまでも気にしてんじゃねーよ」


 今回、宰相と呼ばれた男が激怒した原因を生み出した張本人は、悪びれる様子もなく言葉を吐き捨てた。


「……確かに、一理ある。であるならば少し、街に出てみるのもありかもしれない、か」


 己の助言を素直に聞き入れるとは思っていなかったのだろう。

 再び、シュガムに苛立ちめいた感情をぶつけようかと思案していた筈のノイズは、予想外のグランの返事に、目をほんの僅か普段より大きく見開いていた。


 しかし、それも刹那。

 余程、大切なものなのだろうと判断をして、努めて平静を装う。

 グランは、ノイズのその様子に対して特に気にした様子もなく、一瞥をした後、そのまま場を後にした。

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