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七話 名ばかりの「腕試し」

* * * *


「もー、探しましたよギルドマスター。用事が済んだらすぐ帰ってくるとか言ってた癖に全然帰ってきてくれないんですから……って、あれ?」


 サイドテールに結った亜麻色の髪をぴょこぴょこと揺らしながら、疲労感を滲ませる物言いでフィーゼルのギルドで受付嬢をしている少女——ミーシャはそう呟いた。


 ————ギルドマスターなら、〝地下闘技場〟の方に向かってったよ。


 同僚に聞き回り、やっとの思いでギルドマスターであるレヴィエルのいる場所を突き止めたはいいものの、いる筈の場所に彼の姿は何処にもなくミーシャは困惑を隠せないでいた。

 それどころか、綺麗に整備されていた筈の〝闘技場〟にはそこら中に割れ目のようなものが幾つも点在。加えて隕石でも落ちたのではと思ってしまう複数の痕跡を前に、ミーシャは思わず手の甲で目を擦る。


 これは、夢か何かだろうか、と。


 そんな折、


「ギルドマスターなら、あそこにいるよ」


 声がやって来た。


 それはミーシャにとって聞き覚えのある声。


「ヨルハさん……?」

「うん。半月ぶり、かな?」


 端の方で突っ立っていた人物の名は、ヨルハ・アイゼンツ。

 ミーシャも知る冒険者の一人であった。


 そんな彼女が指を指した先は、不自然に砂礫が舞い上がり、砂煙が立ち込めていた。

 そこに時折、金属同士がぶつかるような耳障りな衝撃音と、苦悶に塗れた声が入り混じる。


 そして風を斬る音と、弾ける火花を前に、漸くミーシャは事態を把握した。


「————」


 ただ、おおよその事態を飲み込めはしたものの、しかしだからこそ、ミーシャは言葉を失っていた。


 砂煙に邪魔をされながらも辛うじて姿を視認する事が出来るが、目にも留まらぬとは正にこのこと。


 仮にもギルドマスターが。

 仮にもSランクパーティーの冒険者だった人物が、どんな事情があれば、こんな命のやり取りにしか見えない戦いを繰り広げる事になるのか、と。


 少なくとも、ミーシャの目には相手の姿こそ鮮明に見えてはいないものの、レヴィエルと相手の間に力量の差は一切無いように思えた。


 響く轟音。

 飛び散る火花。

 虚しい鉄の音が幾度となく場に木霊し、ミーシャの鼓膜をひっきりなしに叩く。


「何を、なさってるんですか」


 ぽかんと呆気に取られる事数十秒。

 それだけの間を置いて漸く、ミーシャは事情を把握しているであろうヨルハに尋ねる事が出来ていた。


「腕試し」

「……何の為に?」

「通行証の発行を特例で認めるか否かを決める為だよ、ミーシャちゃん」


 ……成る程と、ミーシャはそう思った。

 偶にあるのだ。

 レヴィエルが通行証を特例で認めろと煩い人間を黙らせる(、、、、)為にこの〝ギルド地下闘技場〟を使って取引を持ちかける事が。


 だけれど、これはヤバイ。


 姿は未だ見えていないが今回の相手は明らかにそこらの冒険者とは格が1つどころか、2つくらい違う。


 もう、十分じゃないですか。


 そんな言葉が真っ先に浮かんでしまう程に、殺し合いにしか見えない「腕試し」とやらは鮮烈に過ぎた。


「……止めないんですか、ヨルハさん」

「声を出したところで今、あの2人に声は届かないし、何よりボクじゃあ止められないよ。だってボク、〝補助魔法〟に特化してる魔法師だし」


 ミーシャちゃんだって知ってるでしょ?

 と、ヨルハが指摘した事で「……そうでした」と彼女がうな垂れる。


「……というか、ヨルハさん相手の方の事をご存知なんですか?」

「ご存知も何も、ボクが呼んできたからね。ここ半月、フィーゼルに居なかったのはそれが理由だもん」


 ふふん、と何故か鼻高々に、嬉しそうにヨルハが答える。


「名前はアレク・ユグレット。ガルダナ王国で、ついこの間まで宮廷魔法師をやってたみたいなんだけど、辞めさせられちゃったらしくてそこをボクが掻っ攫ってきた」


 どうだボクのこの手腕は。

 と言わんばかりにドヤ顔を決めるヨルハに、ミーシャは少しだけ呆れながらも、「ソウデスネ」と棒読みながらもその場逃れの肯定していた。


「……それは兎も角、とんでもないですね。その、アレクさんって方。多重展開どんだけやれるんですか……」


 魔法の同時展開は通常、2つ出来れば普通。

 3つで優秀。

 4つや5つで天才などと世間では評されている。


 ただ————。


「あれ、10は出来てますよね。それを避けちゃうギルドマスターは相変わらずの化け物ですけど、10も同時展開出来る人なんて聞いた事もないですよ……」

「ま、ボクを押し除けて首席卒業をしたんだからそれくらいはやって貰わないと」


 ミーシャも、随分と昔に話を聞いていた。


 フィーゼルにて頑として3人でパーティーを組み続ける一風変わった冒険者達。その彼ら彼女らが、3人でダンジョンに挑み続ける理由を。


 ただ、メンバーである3人全員がSランクパーティーの冒険者すらも認める規格外である為にあえて4人ではなく3人で挑もうとするその姿勢に、表立っての批判はなかった。


 そして何と、彼らは同期で魔法学院を卒業した仲である。

 その事実はフィーゼルでも広く知られていた。


 ただ、話にはまだ続きがあり、規格外と認められるその3人であるが、当時の魔法学院において3人とも一番ではなかったのだ。


 確かレヴィエルも当時は驚いていた筈だ。

 ————よりによって同期にお前らより更に上がいたのかよッ!? 冗談だろオイ!? と。



「とっととぶっ倒れちまえやッ、オラァ————っ!!!」



 刹那、割れんばかりのレヴィエルの怒号が響く。

 最早、それは意地であった。


 もし仮に、アレクの能が魔法だけであったならば、恐らく既に決着はついていた事だろう。

 しかし、彼の場合は剣の扱いにも長けていた。

 そして、その剣も尋常な腕では無かった。


 縦横無尽に繰り出されるレヴィエルの拳撃、拳撃、拳撃、拳撃。巨漢と形容すべき大きな体躯、その全てを使った一撃はまともに喰らえばまず間違いなく致命傷に至る。

 だが、その一撃があまりに遠過ぎた。

 故にこうして十数分もひたすら「腕試し」の範疇を優に超えた手合わせを敢行する羽目になっていたのだ。


「ところで、ミーシャちゃんってどうしてギルドマスターを探してたの?」


 自分では止められないからと割り切っているのだろう。

 そんな2人をよそに、ヨルハは平然とした様子で〝闘技場〟へやって来たミーシャに問い掛ける。


「あ、ああっ!! そ、そう! そうでした! ギルドマスターにしか対処出来ないからって事で私がこうして呼びに来たんでした!」


 目の前の現実離れした光景にすっかり気を取られてしまっていたのだろう。

 お陰でどうやら、本来の目的を忘れてしまっていたらしい。


「ギルドマスターにしか?」

「は、はい。えっと、ギルドの中でちょっと揉め事がありまして。その仲裁をギルドマスターに————」


 ————お願いしたくて、今すぐに呼んでこいと同僚から。


 と、本来であれば続いた筈の言葉であったが、それが最後まで紡がれる事はなかった。

 その理由は単純明快で。


「おいおいオイ。随分とおもしれーことやってんじゃねーか!! 帰って来たんならそうと伝えにこいよ。なあ、ヨルハ」

「……あーあ。面倒臭いヤツに見つかっちゃった」


 この〝闘技場〟に入ってきたもう一人の人物がミーシャの言葉を遮ったからであった。


 楽しそうに、嬉しそうに声を弾ませるその男の名を、オーネスト。


 ミーシャが〝闘技場〟にやって来る理由を作った元凶であり、それでもってアレクを迎えに行けと言い出した張本人であった。

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